11・鬼哭

 目が覚めたら小屋の中だった。勢いよく身体を起こして汗が止まらない。


「……夢?」


 それにしてはやけに本物だった。感触、匂い、気持ち、それに――


「……イシュティ?」


 すんなりと出たあいつの名前。今までは言おうとしても出てこなかったそれはそのままどこかに消えてしまった。

 誰も、何も言わない。今から返事があってもおかしくないのに。


 よろよろと身体を起こして外に出た。不安もあったから。

 だから、その光景を見て本当に起こった事なんだと確信した。


 焼けた大地に焦げた匂い。そして……打ち捨てられたイシュティの死体をからすが食い漁ってる光景。


「やめろ!」


 急いで追い払う。これ以上傷つけたくなかったから。

 改めて見ると泣きそうなほど酷い有様だった。

 首がなくなったまま、からすに食われてる途中で……あまりまともに見れたものじゃなかった。


「……イシュ、ティ……」


 恐る恐る名前を呼ぶ。違うと思いたい。だけどあの時と同じ場所。同じ服の首なし死体が他人な訳がなかった。本物のイシュティだった。


「は、ははは……はははははははは!! あっはははははははは!!」


 どす黒い情が湧き上がってくる。自分を抑えられず、笑う事で誤魔化す。

 空に向かって精一杯、大きな声で笑う。そうする事で何もかも吐き出せる気がした。涙が流れる。可笑しくてそうなったのかわからないくらいに。


「は、はは、は……」


 ひとしきり笑って俺はゆっくりとイシュティの身体を抱きしめる。血で汚れるのも構わずに。


「……俺、お前のこと、大切だった。一目見てさ、なんか気になってさ……こんなん、初めてだった。もっと早く、それ伝えられてたらよかったのに……」


 立ち上がって小屋に向かう。短い間だったけれど、一緒に過ごしたあの場所へ。


「は、今更だよな。ああ……今更だ。お前が死んで初めて素直に言えるよ」


 抱きしめる力を強める。普段のイシュティなら痛いって言ってきただろうな。


「最初はそれでも変な女だって思ったんだぜ? なにせ後ろについてくるし、魔草は食べれないしさ」


 小屋の隅にイシュティを寝かせて、中心を掘り進めた。素手で掘るのは時間が掛かったけれど、そんなの気にすることもなかった。


「この国の生まれじゃないことだってすぐにわかった。だけど……それでも良かった。初めはあまり好きじゃなかった一緒の生活も、嫌じゃなかったし、だんだん楽しくなってきたしな」


 何とか掘った穴にイシュティを休ませて、少しずつ土を掛けていく。ここに何もかも置いていく様に。自分ごと全部埋めてしまうように。


「だから……ありがとう。一緒にいてくれて」


 ――そしておやすみ。二度と覚めない夢を。


 土がイシュティを覆い隠した後、そっと小屋を出る。見せたくなかった。例え死んでいたとしても。こんな気持ちに頭がおかしくなりそうなほど焼かれてる姿なんて。


「……リンブルス。……ホーグズ」


 あいつらの名前。絶対に忘れることはない。この二つだけがあの男への手がかりだから。

 いつものように街に向かって歩く。それと近づくにつれ臭いが強くなるのは、多分そういうことなんだろう。


 前まで嫌なほどに人が行き交ってたそこは、焼け残った家や店なんかが残ってるくらいで、昨日までのうるささが嘘のようだった。


「はっ、ここまでやるかよ」


 あいつらのやり取りからあまり人目に付きたくなかったはずだ。ここまで派手に――いや、あの男ならするかもな。まあいい。本当に全てを失った。それを噛み締める事が出来ただけでいい。


 もうふらふらとしてた俺はいなかった。自然と足は黒狼のいる森へと向いていた。

 前までは一匹狩るのだって難しかった。倒せたのだってイシュティを連れて戦ったあの時だけだ。おんなじように出来るかはわからない。


 でも、あんなざまであいつらには勝てねえ。獣と人とじゃ勝手が違うけど、ここら辺で強いと思えるのは黒狼くらいしか思いつかなかった。

 森に入り、いつものように魔草を集める。そんな変わらない行動でも、血がべっとりと付いたままなら話は別だ。

 強い臭いにつられるように黒狼が一匹。また一匹と姿を表す。


「……なんだ。二匹か」


 ついそんな言葉が溢れる。勝てるわけねぇのにな。


 向かってくる二匹の獣。飛びかかってきた瞬間を見計らって後ろに下がって蹴っ飛ばす。


「ぎゃん!?」


 情けない叫びと一緒に片方も巻き添えに倒れる。だけどそこは狼。素早く起き上がって威嚇しながら様子を見ていた。


「こねぇならこっちから行くぞ!」


 拳を握って走る。あまり振りが大きいと避けられてしまう上に反撃されかねない。まずは短く小さく。


 二発ほど目と目の間を狙うように殴って、三発目で重い一撃をあごに向けて繰り出す。それを素早く。自分が出来る限りの速度でやる……けど、実際は難しくて、一匹目を殴っている間に二匹目が邪魔をしてくる。


「やっぱ上手くいかねぇか」


 飛ぶように下がってる間に一匹目が襲ってくる。その牙をぎりぎり避けると、すぐさま二匹目が。

 そんなに多くないはずなのに、交互に素早く連携してくる奴らの息の良さに何匹もの黒狼を相手にしているような気持ちになってくる。

 最初は俺も上手くやっていた。だけどいつまで経っても死に損なってるのに苛立った黒狼が遠吠えで更に二匹の狼を呼ぶ。


「ははは」


 たった小僧一人殺すのにこんなに大勢とは犬畜生は違うな。合わせて四匹。それが二匹ずつに分かれて襲いかかってくる。足が裂かれて、腕が噛みちぎられて喉が潰れても俺は笑っていた。何かが切れたように意識が消える。俺にわかるのはそれだけだった。


 ――


 目を覚ましたのは見慣れた天井。ぼろっちい小屋の中だった。すぐ隣にはイシュティの墓がある。


「……やっぱり、か」


 あんまり可笑しくてどうにかなりそうだ。

 これはつまり、俺が。その証だからだ。


 最初はわからなかった。首を落とされて生きていられるほど、俺は強くない。それに腕も足も、まるで何もなかったように元に戻ってるんだからな。

 前から不思議だった。千切れた腕が元に戻ったり、折れた骨が次の日にはくっつくなんて普通はない。イシュティを助けに行ったときに脇腹刺されて血を流しすぎた時も死ぬのを覚悟してたけれど、それでも次の日には普通に動けていた。だからもしかしたら……と思った。


 あの一回だけ、生き返れたのかもしれないと思うと足が止まりそうになった。だから森に行ったのは一か八か。これで死んでおしまいだったら……そんな不安もあった。だけどそれ以上になんて言えばいいのかわからないけど、大丈夫だと思えた。


 この程度で死ぬようなもんじゃないってことが、心の奥底から伝わってくる感じがした。


 結果からしたら、俺は勝った。生きてる……と言えるのかはわからないけど、これなら何も気にすることなんかない。きっと神様の誰かが送ってくれたんだろう。望むように殺せと。


 なら、何度死んでも必ず成し遂げる。例えどんな手を使っても。


「あは、はははは、はは、あはははははははは!!」


 狂ったように笑った。吠えた。鳴いた。涙は出なかった。


 俺の心は本当に壊れたのかもしれない。

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