9・始まりの終わり
中々いい布が見つからず、夜中にこっそり掘り返して空に掲げて楽しむ日々が続いていた。
あれからはイシュティも何も言わずに食事をしてくれるし、ちょっと遠出したりして油断してるやつから盗んでるから手に入るものも多かった。
全部上手く行ってる。そう思った。
――
その日はどこかおかしな空気を感じた。肌にはりつくものがあるというか……なにかがおかしい。前々から少しずつ出て来たそれが、一気に溢れ出したみたいだ。
町の連中も俺達が何か盗んだ時よりも怖い顔をしてる。一体何があったんだ?
気になったから適当に隠れて大人達の会話を聞くことにした。
「聞いたか? エリュシオンの連中が攻めて来てるって話」
「ああ。しかもこの近くでだってよ。嫌になるな。お侍様がなんとしてくれないもんかね」
えりゅ……しおん? こことは別の町のことか? いや、国か。
「さあな。ま、今のうちに避難するっきゃないだろうね」
「はあ……本当に嫌になるな。戦なんて」
ため息交じりに力なく歩いて行く大人を横目に俺は小屋に走った。
戦になる。しかもこの近くってことはもうすぐここに来るって事だ。そうなったら――
気付いたら走ってた。嫌な予感がする。あの黒狼の時よりも強く。
「わっ」
落ち着かなくて、どうすればいいかわからなくて、いきなり出て来た二人組に驚いて止まる。ちょうど目の前に出てしまった感じだ。
「おっと、危ないな。周りはもっと気にしないとダメだろう?」
思わずばっと顔を上げた。今までそんな言葉を掛けてきた奴はいない。それこそ……よそ者以外は。
「わ……わりぃ」
「ごめんなさい、だろう?」
俺に合わせるように屈んだ男は笑って叱るように言ってきた。それも普段大人たちが俺らに向けてるもんじゃない。余計なお世話な事には変わりねぇけど。
「そんな事はどうでもいい」
「ですが挨拶やマナーはしっかりと……」
「それの身なりを見ろ。まともな教育を受けた存在には見えん」
「……申し訳ございません」
何か気に入らない。二人ともここでは見たことがない。特徴的と言えば獣のような耳がついてるって事だけど……なにかおかしい。
どう言えばいいのかわかんねえけど、こいつらは不自然だ。
「そうだ。一応確認しておこう。おい、これについて何か知っている事はあるか?」
見下した話し方をする男が見せてきたのは一枚の絵だった。女の子供が描かれていて、耳がちょっと長い。イシュティそっくりだ。いや、多分間違いない。
なんでこいつらがイシュティを探してるんだ? あいつと同じ種族ならまだわかる。だけどこいつらはどう見ても違う。強いて言えば見下してる男の方は髪の色がちょっと似てるだけだ。
「……知らねえな。知っててもただで教えると思ったか?」
嫌な感じが強くなった。だから嘘を吐いた。俺を見下した男の方がじろじろをこっちを見てくる。気持ちのいいもんじゃねぇな。
「そうか。ならさっさと行け。目障りだ」
吐き捨てる奴には目もくれず、その場を走り去る。
なんだかわかんねぇけど、胸がどくどくうるさい。息が上がる。気持ち悪い。
「あいつら……」
このままじゃ何されるかわからねえ。すぐにここから離れた方がいい。今までこんな気持ちになったことなかった。
どんなに強いやつでも、危ないことでも、ここまで焦る事はなかった。
早く……早く帰らないと。
嫌な感じが収まらない。もっと足が速かったら……。
――
息を乱しながら走り続けた俺は、見慣れたぼろ小屋に体当たりするように入り込む。いない。
「はぁ……はぁ……くっ……!」
どうにか落ち着こうとしても治らない。これ以上走れないって身体中が悲鳴を上げてる気がする。それでも、ここで立ち止まってたら余計に悪くなるだけだ。急いで……どこに行ったのか……。
「――あああっ!」
ゆっくり息を吸って吐いてと繰り返していると、外から悲鳴が聞こえてきた。しかも聞き覚えのある声。
慌てて小屋から出ると、そこにはイシュティがいた。
足から血が出ていて、地面に座り込んでる。多分立てないほど深い傷を付けられたんだろう。
「ふふふ、はははは! やっぱりあの貧民を付けてきて正解だったな。貴様もそう思うだろう?」
「はっ……」
イシュティの前にはさっき会った男達がいる。いや、あれから一人増えてる。その中で俺を見下してきたは汚い顔で笑っていた。
「うおおおおおお!!」
力の限り叫んで走る。あいつがイシュティを傷つけた。見下して、命を奪おうとしてる。
「あ? ちっ……おい」
「はっ」
あの中で知らない男の方がゆっくりとこっちに近づいてくる。走りながら間合いを見て、男に合わせるように拳を振るう。
だけどそれは何の迷いもなく受け止められる。
「なっ……!?」
「素直な一撃だ。その年にしては速さも重さも申し分ない。だか、それでは届かない」
軽々と持ち上げられた俺は、男が手を離すと同時に回転して蹴ってこようとしたのが見えた。防ごうと腕を動かすけど、間に合わない。
「がっ、ああ……」
まるで自分の身体が風になったみたいに宙を浮く感覚。痛み。地面に転がって吹っ飛ばされたことがわかった。
「ふん、ガキが。誰に歯向かってると思っている」
吐き捨てられたそれを聞きながら立ち上がる。
多分、骨がいかれた。腹の中からぐちゃぐちゃに痛い。でも、動けないわけじゃねえ。こんぐらいなら……耐えられる!
「はぁ……! はぁっ!」
まだ戦える。大したことない。
「ほーう、こいつの一撃を喰らって立てるとはなぁ。……まさか、手加減したんじゃないだろうな?」
「……申し訳ありません。次は仕留めます」
「ははは、冗談だ。貴様が私の望むことを叶えてくれるのは知っている。そこのガキ……こほん、貧民が頑丈なだけだろう」
睨みつけても見下された目が返ってくる。それがまた苛立つ。
「オニ……」
「はぁ、はぁ……待ってろ。今――!!」
イシュティの言葉が消える。偉そうにしてる男が頬を殴ったからだ。それと同時にどくんと身体が熱くなる。
「大方そこの下賎な者と暮らしていたのだろう。哀れな娘だ。流れつかず、死ねば楽に逝けたものを」
「よくも……」
怒りで全身が燃える。震える拳が、熱い感情が押し寄せてくる。
「よくもぉぉぉぉぉ!!」
「はぁ……うるさいやつめ。殺せ」
「まっ、まって――」
「はっ」
またあの男が割り込んでくる。大きな体。普通の俺ならまず敵う相手じゃない。
だけど……それでも!!
「お前らに……お前らなんかに!! そいつは渡さねぇ!!」
腕が折れても、足がちぎれてもかまいやしねえ。
全部くれてやる。だからお前らに、何も奪わせやしねえ!
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