8・託されたもの
壱太が遠出するって奴の弟から聞いてから何日か経ったある日。
いつものように食べ物を確保した俺は、雲から射してる夕日の色を眺めながら帰った。
「おかえり」
小屋ではイシュティが魔草を干したものを並べていた。俺がいない間は近場で魔草が取れて獣があまり出ない場所に行ってもらってる。何も盗れなかったらそれを食べればいいからな。
「今日も結構手に入れたぞ。ほら」
抱えていた食べ物を広げる。商人がりんごとか言ってた赤い果物。握り飯。焼き魚。鳥を焼いたもの。色々だ。
「すごい……!」
多分食べた事ないはずだ。目を光らせてるその顔を見ると、頑張った甲斐があったと思う。だけど、それはすぐに俺達がいつも見飽きてる空のように曇ってしまう。
「どうした?」
「本当にいいのかな? わたし達が食べても……」
「当たり前だ」
これは俺が手に入れたもの。戦利品だ。食べてもいいに決まってる。
「でもそれって売り物……なんだよね。でも盗んだらそれは……」
イシュティが何を言いたいのかわかる。でもそれは地べたの味を知らない奴の言葉だ。
「死にたくない。だから食べる。それが全部だ」
「……ごめんなさい」
「謝るな。お前が言いたいこともわかる」
「でも」
「だけど俺達はそうでもしないと生きていけねえ。なら、正しいかなんて事は二の次だろ」
静かに。悲しそうに頷く。イシュティもわかってるはずだ。俺が盗んできたものは大体こいつの為だってことを。
俺と違って魔草を食べることができないイシュティがそれでも生きるにはそうするしかないってことを。
「……いつか大人になったら」
「?」
「俺がもっと強くなれば、こんな暮らしともおさらばだ。そん時はお前がしたいようにすればいい。それまでは我慢しろ」
「……うん」
焼き魚を渡すと頷いて受け取ってくれた。それを見て俺も鳥の方を一口。火が通ってるおかげで旨みが溢れる。やっぱ久々のまともな食事は染みるな。
魔草が中心って言ってもそれだけじゃ何の為に命張ってるのかわからなくなるってもんだ。
――
その日の夜。なんとなく外に出ると、雲の中から月が鈍い光を放ってるのが見える。
厚くて、光なんてあまり通さないそれはいつも見慣れてる光景。まるで一番下にいる俺達にはそれすら惜しいと言ってるみたいだ。
「どうしたの?」
風に当たってると後ろからイシュティが声を掛けてきた。
「別に。ただなんとなくだ」
「そっか」
隣に座ったイシュティの横顔を見ながら考える。そういえばいつの間にかはっきり喋れるようになってた。こんな短い期間でここまでなれるなんて普通じゃない……はずだ。ま、だからどうしたって訳じゃねえけど。
「ここっていつも暗いんだね」
「……そうだな」
「なんでお日様もお月様も出てこないのかな?」
「さてな。俺にとっちゃ見慣れたもんだからよくわからねぇよ」
「あなたは、本当のお日様、見たことある?」
「知らねぇな。あれが本物かどうかすらわからん」
ふふふ、と楽しそうに笑う。今の会話の中で面白いことあったっけか?
「わたしが知ってる場所じゃね、お日様もお月様も雲の外から出てて、いっぱい光を出してくれるの。ここよりもいっぱいだよ」
「そうか」
両手でどれくらいの大きさか教えてくれる辺り、必死さが伝わってくれる。
「それじゃ、お前はそこに帰りたいのか?」
「――! ……ううん」
あんまり力強く話してくれたからつい意地悪を言ったみたいだ。イシュティの顔が途端に曇ってうつむいてしまった。何か言葉を掛けた方が良いのか? と思っていると、弱ったようんに笑う。
「わたしは……やっぱり君と出会えたからここがいいよ。どれだけ……恵まれてても……」
「そうか」
俯いたままのイシュティが何を考えてるのか、俺には全くわからない。ただ一つ。あいつが外で見たのはお日様だけじゃないってことだ。
「……一つ、聞いていいか?
「う、うん」
話を逸らそうと、俺はずっと疑問に思っていた事を口にすることにした。
「なんで俺と一緒にいる?」
「え、いや……だった?」
「そういうことじゃない。最初から俺から離れたがらなかったからさ」
「え、ええと……」
口ごもるイシュティを横目に返事を待つ。
「わ、わたし……誰かに優しくしてもらったの……初めてだったの」
ぽつり、ぽつりとゆっくり語る。
「言葉はわからなかったけど……君が悪い人じゃないってわかったら、嬉しくて……」
「は、悪者だったらどうしてたんだよ」
「そんなことない。ずっと一緒にいてくれた。わたしにとって、君は――あなたは、本当にお日様みたいな人。ちょっと違ってたって、それは変わらないよ」
僅かに差した月明かり。それに照らされて笑う姿がとても心に残った。
「……そうか」
「ふふ、今照れた?」
「んなわけねぇだろ」
見透かされて慌てて立ち上がる。そのまま何も言わずに小屋に戻ろうとすると――
「名前!」
「あ?」
「鬼だけじゃ味気ないから……今度考えておくね!」
「……わかった」
「それとね」
駆け足で来たイシュティは手に何か握っていた。それを何も言わずに突き出して来たから戸惑いながら受け取る。
握らされたのはなんかの羽を模した宝石がついた首飾りだった。
「これは?」
「わたしのお母様がくれたものなんだよ。えっと……何かの鳥の羽を形どってるって」
それをなんで俺に……と思ったけれど、イシュティの笑顔の前だと何も言えなかった。
「大切な人が出来たら渡しなさいって。だからあなたに」
「売っちまうかも知れねぇぞ?」
出来るだけ悪い笑みを作る。多分親の形見だろうし、そんなもんをもらうなんて出来ない。
「ふふ、必要になったならそれでもいいの。出来れば大事にしてくれると嬉しいけどね」
眩しかった。こんな地の底に落ちてもイシュティの笑顔は……なんて言えばいいんだろう。心に残る。
「……ちっ、わかった。大事にする」
「ふふふ、ありがとう!」
それは俺の言葉だ。でも目の前にいると……どうしても詰まる。たった一つ。それだけなのに。
「そろそろ寝よう? 明日も早いんでしょ?」
「ああ。先に行ってくれ」
イシュティを小屋の中に帰して、俺は一人で裏手に回る。そこの土を掘ると、昔見つけた箱があった。中には何も入ってない。本当に大切なものだけを隠そうと思っていたからだ。
もらった首飾りを箱の中に入れる。中はそんなにぼろい訳じゃないけどなんか寂しい。
……せっかくだし、今度これに合いそうな布をこっそりもらっていこう。包めば気にならないだろうしな。
今はとりあえずそのままで我慢しよう。そう決めて箱を閉めてみ埋める。誰にも見つからないように念入りに。
俺の初めて出来た大切なもの。誰にも渡したくないそれをしっかり隠すために。
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