6・血塗れ鬼

 まずはお互い拳で。

 あいつの方が腕が長い分先に仕掛けてくるけれど、近づけば俺の間合いにだってなる!


 拳同士がぶつかり合う音。さっきまで余裕な顔をしていた男は嫌な顔をして俺を睨む。


「ちっ……てめぇ、なにを……!!」

「ああ? 何もしてねぇ、よ!」


 ただ単に俺の方が力が強い。それだけだ。他の奴と違って、な。

 何度も拳をぶつけたからか、男の手から血が垂れてる。こっちがなんともいないのも、奴は気に入らないんだろう。


「くそっ……【狐火】!」


 男が距離を取ると、何もないところから炎が燃え始めて俺に襲いかかってくる。


「妖術か」


 単調な攻撃だ。そう思って避けて距離を詰めようと炎を横切った瞬間――いきなり爆発してふっとぶ羽目になった。


「――っ!?」

「は! ざまぁねぇな!! どんどんいくぜぇ! 【狐火】ィィ!」


 調子に乗った男がまた炎を出してきた。こいつ、こんな家でそんなもん振り回して引火すんのが怖くねぇのか馬鹿なのか。

 でも面倒な事になった。近くに寄ったら爆発されるし、直撃はもちろん駄目だしな。


「ちっ、仕方ねえ……」


 襲ってくる【狐火】を遠回りに避けながら適当に放り投げた棒を拾う。


「どうした! 怖くて避けるのが精一杯ってか!? あっはははは!!」


 こっちが近づけない事を良いことに適当に【狐火】ばらまきやがって……今に見ていろ。


「まだまだぁ! 俺の怒りはこんなもんじゃねぇぞぉ!」

「そんなに爆発させたきゃ……これでも喰らってろ!」


 奴が【狐火】を発動したと同時に棒切れをぶん投げてやる。当たってすぐに爆発するあたり、そこまで上手く扱えるって訳じゃなさそうだ。こんな狭いところで使うからには自信があると思ったんだけど……この程度なら……!


「このっ……舐めた真似を!」


 腕で顔を庇ったようで、火傷しているみたいだ。ま、自分でやってりゃ世話ねぇよな!


「まだまだたらふく食わせてやるよ!!」


 阿呆共の頭を床に突き刺した時に出来た木片を持って投げる準備だけしておく。俺のそれに動きが止まったところを見ると、また同じことが起きるのを嫌がってるようだ。


「くそがぁぁぁぁ……【幻声】!」


 また新しい術を使おうとしてるようだけど、不発したみたいだ。これなら――


『たす……け、て……』


 後ろから聞こえてくるイシュティの声に思わず顔を向けた。だけど何もいない。階段があるだけだ。


「がぁ……!?」

「は、ははははっ!! よそ見なんて随分余裕じゃねぇか! おい!!」


 脇腹に痛みが走る。奴を見ると嫌な笑顔が広がる。


「お……まえ……!!」

「卑怯とかいうなよ? これが戦いってやつなんだからよぉ!!」


 蹴りを喰らうと同時に短刀を引き抜かれた痛みでごろごろと転がる。


「あ……が、は……」


 痛みが頭いっぱいに広がる。腹が熱い。裂かれてはないみたいだけど……よくも……!!


「はっ、いい顔してるじゃねぇか。余裕そうな面、ようやく歪ませてやったぜ」


 笑い声が気に入らない。痛みに苛立つ。こいつの全てが……!


「……」


 何かが切れる音がした。頭の中が冷えていく。黒狼と戦った時みたいに……いや、違う。あんときはなんていうか、精一杯だった。だけどこれは……。


「ああ? なんだその目は? まあいいか。そろそろ死ねや」


 短刀を逆手に持ち替えて振り下ろしてくる。首を狙ったそれが突き立てられたら、間違いなく死ぬ。


 だから掴んで止めた。


「……あ?」


 まさか素手で刃を握るなんて思ってなかったんだろう。甘い奴だ。

 呆けた顔をしてる奴の腹に蹴りを入れ返してやると、簡単に短刀を話して数歩よろけた。


「あ、が……こいつ……わざと……!?」


 まだだ。ここで一気に押し通す。詰めて顔面に軽く一発。奴が考えをまとめる前に二、三発とたたみかけた後、床を思いっきり踏みしめて腰の入った拳を喰らわせてやる。


「がぁっ……!」


 嫌な音がした。多分、鼻が折れたんだろう。ざまぁみろ。


「くっ……【幻声】!」


『助け、て……』


 真の阿呆だなこいつは。目の前で術を使って同じ手に引っかかると思ってんのか?

 間抜けな顔をしてる奴に問答無用で一発。そのまま倒れたから上に乗って何度も殴る。


「が、や、き……ぎゃっ!?」

「これくらいで死ぬなよ? まだまだ殴りたんねぇからよ!!」


 奴が脇腹に空いた傷口を抉っても、殴り返してきても止めない。その分だけ顔面への一撃が強くなるだけだ。


「ぐ、ぞ……!」


 よくもイシュティの声で騙してくれたな? 二度とそんな考えが浮かばないほどやってやる。あの世に逝っても忘れられないくらいにな!


 ――


 殴り終えた時には奴の顔は見られないくらい変形していた。辛うじて息があるのは気に入らないが、こっちは苛立ちを感じた分まで殴ったからまあ、いいか。


「本当に怖い奴だよお前は」


 立ち上がった時に少しふらっとしたけど、壱太の声で持ち直す。こいつに弱ったところを見られるのも嫌だからな。


「とりあえず水汲んできてやるから身体拭け」

「いらねえ」

「……お前今どんな姿してんのかわかってんのか? 返り血浴びて気持ち悪いんだよ。探してる奴とそんな格好で会うのか?」


 言われて気付いた。こんなんでイシュティに会いに行ったら逆に怖がられるかもしれない。あんま気にすることはねえだろうけど、仕方ない。


「安心しろ。上には誰もいないことは確かめてる」

「……早くしろよ」

「はいはい。ちょっと待ってろ」


 疲れたような背中を見送ると、どっと疲れが湧いてきた。壱太も結構ぼろぼろだったし、あいつがいなかったらもっと不味い事になってたろうな。


 しばらくして桶に水を汲んできた壱太から手拭いを投げて寄越される。三枚くらい乾いた血の色に染まった辺りで大体拭き終わった。


「着替えはどうする?」

「別にいいだろ。こいつらも大したもん持ってないだろうし」

「お前の着物も大分血塗れてんだが……」

「気にすんな」


 こいつらの着物なんざ、死んでも使いたくねぇしな。

 それに……思った以上に刺されたところが痛む。さっきは気にならなかったけど……気が緩んだみたいだ。

 上に行く足取りが重い。こんなにも自分の身体が上手く動かせないなんて今まであったか?


 イシュティがいる部屋は閉まっていて、戸を開けるのもやっとだ。


「大丈夫か?」


 壱太の言葉に返事をせずにゆっくりと開ける。汚い場所に目と口に布。手足を縄で結んで動けないようにされていた。

 ……ていうか、様子見たんだったら外してくれりゃあいいのによ。


 気の利かない男だと思いながら布を外す。縄は……。


「おい、壱太。縄を切れ」

「はあ? そんなん自分で……ああ、そいやお前じゃ無理だったか」


 お前と同じ種族じゃねぇんだよ。全く……。


 手足が自由になってもイシュティは動こうとしない。むしろ怖がってるようにも見えた。

 布を外すと恐る恐る目を開けてこっちを見る。半分泣きそうな顔が笑顔に変わる。


「あ……」

「大丈夫だったか?」

「う、うん」


 なんでかじろじろと俺を見てくる。口が半開きになったり閉じたりはっきりしない。

 震える手をゆっくりと伸ばしてくるもんだからぎゅっと握ってやる。


「ほん、もの……?」

「他に俺がいるのかよ」


 ははっ、笑ってやると、いきなり抱き着いてきた。


「う、ううぅぅぅ……ひっく、うわぁぁぁぁん……」


 泣き出したイシュティは俺にしがみついて涙と鼻水で俺の着物を濡らしてくれた。

 ……まあ、よっぽど怖い思いしたんだろうし、しばらくはこのままにしておいてやるか。

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