4・参上、鎌鼬の壱太

「この野郎! やっと見つけたぞ!」


 盗みが成功した帰り道。今日も問題なく過ごせそうだと確信していた時にそいつらに出会った。

 あのぶん殴られた一件から時間も経ったし、イシュティのこと以外ではいつもと変わらない毎日が戻ってきた……そう思っていた直後だった。


「……誰だ?」


 なんだっけか。両腕に鎌がついてて――


鎌鼬かまいたちの壱太だ! 名前くらい覚えとけ!!」


 そうそう、確かそんな名前だった。すっかり忘れてた。


「くそっ……こんなやつに……」

「で、何のようだ?」


 こいつとは仲良く話すような感じじゃなかったと思うんだけど、どうなんだ? 何をしたか全く覚えてねぇ。


「……弟達が世話になったから、その礼だ!」

「……そうか、なら早くかかってこい」


 なんか『え?』みたいな顔してるけど、つまりやり返しにきたってことだろ。


「どうした? 早く殴ってこいよ」

「はあ? ちげーよ。飯もらったお礼に来たんだっての!!」


 ……どうやら喧嘩吹っかけてきたわけじゃないみたいだ。だったら最初からそう言えっての。


「……本当に覚えてないのか?」

「ああ」


 大体、そんなこと一々覚えてるわけねぇだろ。面倒くせぇ。


「はぁぁぁ……、まあいいや。お前のおかげで弟達を飢え死にさせることがなくなった。だから、礼をしに来たんだよ」

「……ああ、思い出した。あの時のか」


 イシュティと出会った後にそういやこんなのに絡まれたっけ。


「やっとかよ」

「別に礼を言われる事はしてない。それより、まだあんなことしてんのか?」

「お前に殴られたくねぇからな。あれっきり盗むのは大人からにしてるよ」

「そっか」


 それなら俺がこいつに対して何かする事はない。決まり事さえ守ってくれりゃあそれでいいからな。


「まあ、それも含めて世話になったな」

「別に。用件はそれだけか?」

「ああ……いや、せっかくだからあんたの名前も教えてくれねぇか?」

「ねぇよ。そんなもん」


 親なんか知らねぇし、名前なんて付けられたことも呼ばれたこともない。まあ、通り名くらいはあるけど別にどうでもいい。


「はぁ? そんなわけ……」

「他の奴らと一緒で、好きに呼んでくれ」


 これ以上話すこともないし、さっさと帰るとしよう。

 あいつを待たせるとまたうるせえからな。


「お、おい! ちょっと待てって!」


 適当にあしらいながらいつものボロ小屋に戻る。それが余計に苛立つのか騒ぐのがより大きくなって、面倒だったけど……。


「なあ――」

「ちょっと黙れ」


 なんかおかしい。頭の中がざわざわする。飛び出したい気持ちを抑えて静かに、ゆっくり小屋に戻る。扉を開けると、そこにはいつもいたはずの姿がなかった。


「……どうなってる?」


 いつもならそこにいるはずなのに……。いや、いなくなっても不思議じゃねぇ。俺達はそもそも最低な生き方しか出来ないし、あいつも同じだ。だからいつまでも一緒だなんて……。


「ったく、ようやく帰ってきたかよ」


 後ろで声がした。

 振り向くとそこには……なんだっけか。俺より低いよくわかんねぇ一つ目の男がいる。


「誰だ?」

「ありゃ一つ目小僧の眼次がんじだな。隣の村を拠点にしてる連中だな」

「よく知ってるな」

「逆に何でお前が知らねぇんだよ。あいつらんことちょくちょくぶっ飛ばしてんだろうが」


 ……そうだっけか? 全くわからん。


「覚えてねぇな」

「……本当、そういうやつだよな」


「てめ……! まあいいさ。てめえと一緒に住んでた奴よ。あれは今うちで預かってんだよ」


 なんか怒ってるようだけど、今聞き捨てならない事を言ったな。あいつを預かってるってよ。


「どういうことだ?」

「は、てめえがいっつも俺達の邪魔ばっかしやがっからよ! そしたら最近女と一緒に住み出したって話じゃねぇか。よくよく見たら小綺麗な外国人だしよ。高値で売るつ――」


 自然と拳が動いた。楽しそうに話している奴の事が気に食わない。苛立つ。


「がっ、て、てめえ! あがっ、こ、がっ、や、ぎゃば、ぎゃめろぉ!」


 何度も、奴の顔が血に濡れても、一つしかない目玉を殴らないように工夫しながら延々と。


「おい! おい!! それくらいにしとけ! 話せなくなるぞ!!」


 後ろから肩に腕を回して止めようとしてくる奴のおかげで少し落ち着くことが出来た。


「……で、どこにいる?」


 自分のことながら冷めた声だ。いや、苛立ってるさ。頭がおかしくなりそうなほど熱い。どうにかなりそうだ。


「む、むらはずれの……きょ、てん……れす」

「連れて行け。その大切な目玉を抉られたくなかったらな」

「ひ、ひぃぃぃぃ!?」


 がくがくと体を震わせてるその態度が気に入らない。何もかも! 全部! 俺は――!!


「落ち着け。それじゃあいつも動けん」

「わかってる……! ……はぁ……」


 静かに息を吸って吐く。何度か繰り返すと相変わらず煮えたぎってるけれど、表向きは普段通りに戻った……はずだ。


「助かった」

「別に。あのままだったら殴り殺しそうだったから止めただけだ」


 そのおかげで奴はまだ生きてる。イシュティの場所を聞く事が出来るんだからな。


「それでも礼は言っておく。ありがとうよ、げん太」

「いや誰だよ!? 壱太!! 鎌鼬のい・ち・ただ!!」

「わかったらぎゃんぎゃん喚くな」

「ひっでぇなお前!?」


 頭ん中はまだ煮えくり返ってるけれど、話していると不思議と心が落ち着いてきた。これもあいつのお蔭ってとか。なんか気に食わねぇけど。


「……で、お前はどうすんだ?」

「はぁ、仕方ねぇからついていってやるよ。てめえには借りがあるからな」

「好きにしろ。その代わり自分の事は一人でなんとかしろよ」

「わかってるよ。お前もな」


 にやりと笑ってくるけれど、どうにも頼りない。こいつの事は全く知らないってのもあるしな。

 それでも一人で突っ込んだ時にずっと見つけられなかったってのもしまらねぇしな。


「なら行くぞ。お前も早く案内しろ」

「ひっ……わ、かった……」


 待ってろよ。必ず落とし前つけてやる。

 手前勝手な阿呆ども全員に、な。

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