3・それでも共に
森で黒狼と戦って何日か過ぎたある日。俺は腕いっぱいに抱えた戦利品を手にぼろ小屋に戻った。そこにはすっかり居ついたあの女――イシュティがいた。
「あ、おか、えり」
舌足らずな言葉でにこっと笑うそいつはちょっと前まで訳の分からんことを話してた時と別人のようだ。
ま、まだあんま喋ることは出来ねーからすぐにボロが出るんだが。
「ちっ、まだいたのか」
「ふふっ」
邪険にしても何故か笑われる。何でこうなったんだか……。
森からなんとか帰った次の日、俺の傷はすっかり良くなっていた。自分でも嘘のようだ。確かに普段から治るのが早い俺だが、右腕があんな酷い有様になっていたのだから最悪失う事も覚悟してた。
それがどうだ? 何事もなかったようにいつもと同じ。これがイシュティの仕業じゃなかったら誰がやるってんだか。
しかもその後も必死に身の回りの世話をしてくれるもんだから……そのままなし崩し的に一緒に住んでいた。
「ごはん……」
適当におにぎりを渡したんだが、なんでか寂しそうな声を出される。不思議に思ってるとイシュティの視線を見て気づく。
「……は、俺は別にいいんだよ。お前とは違ってな。さっさと食って出ていけよ」
面倒くさい。こんな場所にいられるかとさっさと出て行く。俺の手元には森で仕入れてきた魔草が一握り。
あれ以来イシュティは俺が草を食べるたびに悲しい目で見てきやがる。
ったく、誰のせいでこんな生活してると思ってんだか。それもこれも盗みが出来ないくらいとろそうな性格してる癖に魔草を食べれないあいつが悪い。
苛立ってきてそのまま魔草を口の中にいっぱいに放り込む。噛むたびに頭がおかしくなりそうな程の不味さが支配する。帰ったらまた面倒なままのあいつと顔合わす事になりそうだから適当に時間を潰すか。
……そうだ。せっかくだからもう一度やってみるか。同じ場所はまだ奴らがうろちょろしてるだろうから今度は少し遠出することになる。丁度良い。
――
……そう思っていた少し前の俺をぶん殴ってやりたい。
「この餓鬼が! いうもいつも盗みやがって……!!」
へました結果がこれだ。盗みにしくじって捕まっちまった。好きなように痛めつけてくれるもんだ。せっかく治った腕も腹も蹴られて踏まれて、痛いどころの騒ぎじゃない。
「おらぁ!」
「がっ……」
つま先が腹にめり込んで息が出来なくなる。ごろごろと転がって土と砂と血の味が口に広がる。
「はぁ……はぁ……」
荒く息を吐いてる男が棒を片手にふらふらと歩いてくる。
ああ、今度はそれで打ちすえるってか。まあ好きにすればいいさ。どうせ逃げることなんて出来ねぇんだからな。
周りの連中も見世物を楽しんでるようだし、参加しないだけましか。
「そこまでにしなさい」
近づいて棒を振り上げたところで声が掛かる。
「邪魔を……! こ、これは月白様……」
「何をしておる。まだ童ではないか」
「へ、へえ。ですがこいつは店の食いもんに手を出したやつでして……もう何人も被害に遭ってるんですよ!!」
「ふむ……」
覗き込んできたそいつは爺だった。まあ、声でわかってたけど、二つの尻尾ととんがった猫耳が特徴的だ。
何も言わずに見下ろすそいつと目が合った。他の大人とは違う何を考えてんのかよくわかんねぇ。
「今回はこれで許してやってくれぬか?」
爺が懐から取り出した小袋の中身を確認した男は下手に出て――
「こ、こんなに……!?」
「不服か?」
「いえそんな……滅相もございません」
そそくさと離れた男と一緒に周りで見てた連中も歩き出して見なかったフリをしていた。残ったのは俺と爺の二人。
「何故逃げなかった」
「あんだけボコボコにされて逃げれっかよ。もーろくしてんじゃねぇの?」
「はっはっはっ、面白いことを言うな。ならば何故大人しく殴られていた? わっぱ程我が強ければ一矢報いようとも思うであろう?」
何を言いたいんだか。
「どうでもいい」
「ふむ、答えたくない、か。まあよい。主のお陰で他の仲間は飯の種にありつけたわけだからな」
この爺……気付いてやがったのか……!
「そう警戒せんでもよい。それも含めてあの金なのだからな」
楽しそうに笑う爺の姿が気に入らなかった。あれは強い奴が見せる姿だ。俺が気に食わないもんだ。
「……ちっ、満足かよ。こんなのを助けて」
「ふふっ、面白いものも見れた故な。主のような男も見れた」
少し話してみても全くこいつの考えがわからない。強い奴が面白がってやったことかと思ったけどそうじゃない。あれは……この国じゃ見ないものを手に取る商人のような目だ。
「これもまた何かの縁……というものだろうて。どうだ、儂の元に来ぬか? 少なくとも野良犬のような生活からは抜け出せるぞ」
「はんっ、何考えてんのかわかんねぇ爺のところになんか行けっかよ。嫌だね」
いきなりそんな話が信じられるわけない。というか、急すぎるだろ。怪しい。
「ふむ。確かにいきなりすぎたな。どうにも芽を見ると育てたくなる。いかんな。はっはは」
嬉しそうに笑う爺はそのまま背中を向けてゆっくりと歩き出した。一切振り返らないそれを見送って、俺もよろよろと起きる。早くここから離れないとまた面倒な奴に目を付けられるだろうからな。
しっかし、本当に変な爺だった。だけどあの話……普通なら受けていただろう。
俺だって好きでこんな暮らししてる訳じゃない。爺のところに行けば魔草を食って飢えを凌ぐことなんてしなくていい。我慢してあの頭がおかしくなりそうなほど不味い草を食べなくていいんだ。それならやっぱ――
――わ、たし、いしゅ、てぃ……
爺の話を聞いた時、イシュティが初めて喋れるようになった時のことを思い出した。
たどたどしくて満足に喋れてないけど、一生懸命さがそこにあった。眉を下げてうんうん悩みながら喋ってるあいつの顔を思い出したら……何でか断っていた。
「ちっ、どっか頭打ったかな」
こんなに誰かが気になることなんてなかった。あいつを見てるともやもやする。なんだこれ? わっかんねぇ。
気持ち悪いような、そうじゃないような……俺は何であいつのことが気になるんだろう?
……苛々する。だけど嫌じゃない。
やっぱあの男に殴られ過ぎたのかも。まだ身体もあちこち痛いし、限界が来る前に帰らないとな。
――当然、ボロ小屋に帰った俺はひたすらイシュティに心配されることになった。結局出ていかなかったのはいいけど、あんまりにも鬱陶しいそれを振り払うと悲しい顔されて面倒くさくなる。
……なんであいつは俺にまとわりつくんだか。俺以外……適当な大人を頼れば、運良ければ拾ってもらえるだろうに。
そう思うと腹ん中が煮えそうになる。
……本当に、なんでなんだろうな。
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