第40話

 


 睨むようにカナリアさまを見る父様の金色の瞳がとても鋭くて厳しい。

だけどこれは敵意とか誤解による厳しさではなくて、人の上に立つ者としての厳しさだ。


「自分が死んだあとがどうなろうと知ったことじゃねェってか? お前それ、全部捨てて楽になりたいってだけだろ」


 高位とはいえ、貴族は貴族。

根本的な考え方は、幼少より皇族としての教育を叩き込まれ、いままで過ごしてきた父様と、令嬢として育ったカナリアさまでは、どうしたって違いが出てくる。

特にカナリアさまなどの側妃のみなさんは、母様がいたからこそ誰一人として皇妃としての教育が受けられなかっただろうから、皇族としての振る舞い方や考え方は、最低限のものしか知らないだろう。

大国であるこの国の皇族として生きるには、二手先や三手先を読むだけでは足りないのだ。


 ここでも教育の問題が浮上してきて、なんというか頭が痛くなってくる。

とはいえ、今の僕にできることはたかがしれているので、問題提起するくらいしかできないだろう。なにもしないよりはきっと、いくぶんかマシなのだろうけど。


「…………では、ほかにどうしろというんです!?」


 声を荒らげ、怒りと嘆きに震えるカナリアさまに、父様はきっぱりと言い放った。


「んじゃあ、お前が責任持ってアイツを幽閉しろ」

「……え?」

「ほかの方法が欲しかったんだろ? まさか出来ねェとは言わねェよな」


 いつものようにワイルドに笑った父様に、カナリアさまはポカンと拍子抜けしたみたいな顔で固まった。

普段から他人に容赦ない父様の言葉とは思えない平和な解決策に、僕もあっけにとられてしまう。

いったいなにを考えているのか、なにか企んでいるんじゃないか、そんな事をぐるぐる考えてしまう僕をよそに、カナリアさまが放心したような顔で口を開く。


「あの子を、生かしてよろしいのですか……?」

「お前がそうしてェつったんだろ。ただし、離縁することになるが……」


 父様は決まりが悪そうに、カナリアさまから顔をそらした。

皇帝である父様だってひとりの人間だ。しかたないこととはいえ罪のない人を罰するのは不本意だろう。

しかも、いままで誤解していただけだった可能性がものすごく高いならなおさらである。


「……つまり、ワタクシたちを追放するということですね」


 問うのではなく決定事項の確認をするかのように断定的な言葉を返すカナリアさまは、普段の、自信たっぷりで堂々とした、いつもの美しいカナリアさまだった。


でもカナリアさまが兄上を幽閉した上で離縁となると、血筋の漏洩とかなんかいろいろと問題が浮上してくると思うんだけど、そのへんはどうするつもりなんだろう。

 ちらりと父様を見ると、俺にまかせろ、という意味がありそうなウインクが飛んできた。

かっこよくてめちゃくちゃ似合っているのがすごい。でも若干腹立つのは、さっきまでの態度とはまったく違う変わり身の早さと、僕がやるとかわいいといわれるだけだと僕自身がわかっているからだ。早く大人になりたい。

そしてそんな僕を放置して、父様はカナリアさまに一歩だけ近づいた。かつん、という靴音がやけに響く中、父様が口を開く。


「お前ら母子は、大鷲にまかせる」

「大鷲というと……、辺境伯ユークリッド・エイグルスさまですか!?」


 カナリアさまが驚きに目を見開いた。

辺境伯というと帝国の国境を護る、防衛の要をつかさどる重要な立場だ。ゆえに公爵と同等の権力を有していて、だからこそ公爵家とのつながりが強い。家同士の交流も多く、協力して国営に携わってきたといっても過言ではない。

たしかにそれならお目付役にピッタリだ。さすがは父様である。


「ヤツは小鳥ちゃんの元婚約者だ、悪いようにはしねェだろ」


 まってそれは初耳。


「それは、たしかにそうかもしれませんが、しかし、あの方がどう思うか……」

「あいつがいつまでも独り身なのが悪ィんだよ。つーかむしろそれで察せられるだろ」

「え、まさかそんな、18年ですわよ?」


 なにそのロマンス。

え、まってまって、監視させるとかじゃなく結婚させる気なの父様。


「いや俺に聞くなよ。自分で確かめろ」

「だって、そんな、まさか、えぇ……!?」


 なにもしないわけにはいかないとはいえ、しかたないことなのだろうけどなんとも平和である。まあ、僕だってみんな助かる方向に持っていこうとは思ってたけどさ。

でも、あの、なんか平和的解決すぎてだんだん不安になったきたんだけど。みんなしあわせになりましためでたしめでたし、っていう絵本みたいなのがものすごく不自然。

たしかにいろいろと問題は発生するだろうけど、でもすぐ解決するのが目に見えてるのが余計に僕の不安をあおる。


 大昔の賢者が言った『死亡フラグ』という不可視のわざわいは、だいたいそういうかたちで降りかかってくるらしい。つまりこのままでは今後、なにかしらの不幸が彼らに起きる可能性が高くなっているのだ。

父様ぜったいなんか企んでるよね? そうだと言ってよ、このままじゃこわいよ。善意と後悔だけで行動する父様もこわいよ。


「これであいつら俺に借りができたな」


 ぽそっと聞こえた父様の言葉に、心からホッとした。よかった、いつもの父様だ。

うんうん、そうだよね、辺境伯さまとカナリアさまの二人に父様に対しての借りができると今後の公務が楽になるもんね。それ以外にもいろいろとメリットがあるしね。


 これで完全な、めでたしめでたしである。

でもちょっと不安が残るので命の危険とかないように考えておこうと思う。僕に得は一切ないし本来は気にする必要もないんだけど、こんな一件落着した感じから絶望の死屍累々となった日には、キャロライン嬢の精神状態が心配になる。


 その証拠になるかはわからないが当のキャロライン嬢はというと穏やかに、だけど少し悲しげに微笑んでいた。

内心はきっと、ちょっと狙ってた好みの壮年の男性が……、とかなんかいろいろなことを考えているんだろうけど、それでも彼女の優しさがにじみ出たその表情はとてもかわいい。

これを壊すなんて僕にはできない。

というか、どうせならほかの誰かじゃなくて僕自身がなんかなったときに壊れてほしい。それまでになんとしても僕に依存してもらわなくちゃ。


 決意とともにそんなことを考えていたら、いつの間にか解散の流れに入っていたらしい。気づいたときにはカナリアさまがいなくなっていて、父様も隠し通路に消えていくところだった。


しかし僕は重要なことを確認しなければならないので、キャロライン嬢と次回の面会の約束を取り付けてから、後ろ髪引かれるような気持ちで隠し通路に身を投じたのだった。



 

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