第41話

 


 隠し通路はとても入り組んでいる。

だけど父様の通った後をたどればそんなに迷うことはない。皇族の通った後には何の痕跡も残らないようにされているので、逆に全くなにもないほうへ進めばいい。

なによりついさっきのことだから、罠に気をつけながら少し走ればすぐに追いつくことができた。


「まってください父様、少しお時間よろしいですか」

「ん? ムーか、どした?」


 威厳を漂わせながら歩く父様の後ろ姿に声をかけると、皇帝の証のようにすら見える深紅のマントが通路のほんのりとしたろうそくの灯りに照らされて、それが振り向きざまにふわりとひるがえる。めちゃくちゃかっこいい。僕も将来こんな風になりたい。

頭の中だけでそう考えて、表情には一切出さないようにしていたけど、たぶん父様にはお見通しなんだろう。いつものようにニヒルに笑っているのがその証拠だ。


なんかちょっと地味に腹が立つけど、かっこいいから許す。

いや、今は父様のかっこよさに憧れている場合じゃない、本題に入らないと。


「じつは父様に聞きたいことがありまして、……父様は、こうなった原因をご存知ですか」


気を取り直して問いかけると、父様は困ったように笑った。


「…………まァ、十中八九、……俺だろう」

「あ、すみません、今回の件の原因じゃなくて、根本的な原因のほうです」

「あ、そっち」

「はい」


 やっぱり父様、自分が悪いと思ってたんだなぁ。

ことの発端はそんな簡単なものじゃないんだけど、今回の件に関してはたしかに父様が悪い部分が多いから何も言えないや……。

拍子抜けしたみたいな顔をした父様はきっと僕に責められると思っていたんだろう。それでも僕の質問に答えるために、腕を組みながら考え始めてくれた。


「んんんー……どう考えても教育じゃね?」

「さすが父様、原因のひとつを的確に理解してるんですね!」


 少し考えただけでそれが出てきたことから、父様もなにかしらの疑問を感じていたのかもしれない。

父様の受けてきた教育環境から考えると本当にすごいことだ。さすがは父様である。


「まあ俺だしな、……まて、ひとつ?」

「はい、継承権争いをさせるような隙のある法律も悪いですし、それから環境も悪いです」

「まてまて、環境はそこまで悪くないだろ」


 ですよね、父様からすればそう思っちゃいますよね。僕だって母様が隣国の人じゃなかったらきっと、いや、確実にそこまでは気づけなかったことだと思う。だから、父様が教育という難点に気づけたのは本当にすごいことなのだ。


「いえ、この瞳を持つものだけに継承権を与えればいいのに、それをしていない法律。まったく統一されていない教育。どう考えてもトラブルが起きるような環境に仕立てられています」


キッパリと言い放つと、父様は不思議そうに眉根を寄せたあと、顎に手を当てて思案を始めた。


 ちなみに母様の住んでいた隣国の教育環境や内容は、王族に限り統一されているらしい。

理由としては、短命に見えて長生きする者やその真逆など、王位継承権を持つ者の序列変動が激しいから、だそうだ。

どの子供が王になってもいいように、という考えだったのだろう。この国とは正反対である。ほかにも理由はありそうだが、今は放置しておこう。


この国だって隣国と同じことをしてもいいはずだ。優秀な人材を育てられるという得はあっても、その他にそこまで厄介な損はない。なにせ皇位はいつも既に決まっていて、それは揺らぎようがないから、裏切るとかそういうのは初めから意味がないからだ。なのに、どうしてそれをしていないのか。


書庫で読んだ歴史書は作者によって見識が違うからあまり当てにはならないが、それでもたしかに“ある人物”が関係していることは理解できた。


「……まさか」


僕の予想と同じことを考えたのか、父様の表情が固くなる。


「法律も、教育体制も、誰から始まったかというと……」

「初代皇帝……、か」


 建国の父にして、国の英雄。そんな人間がこんな後世に響くようなミスをするとは考えられない。むしろ、子孫に対して憎しみすら感じる。そうでなければ、こんなふうに皇族だけが問題だらけの国になってないはずだ。


「……はい、鍵はそこにあると思うんです」


「……なるほど。つまり、レインも実は被害者というわけか。…………だが罪は罪だ、今回の決定は覆らん。……お前も、それは分かるな?」

「はい、兄上は皇族として、してはならない罪を犯しました。それを庇うつもりはありません。僕はそれよりも第二、第三の兄のような人間が出てくることを懸念しています」


 僕の代でも、父様の代でも似たようなことがあったのなら、僕とキャロライン嬢との子供の代にだって同じことが起きる可能性が高い。そんなことでキャロライン嬢を煩わせるなんて言語道断だ。気が早すぎるとかは知りません。


「ふむ」

「父様も不思議に思ったことはありませんか? なぜ、あたりまえのことができない人間がいるのだろう、と」

「そりゃまァ、ない、つったら嘘になるが……、個人差だろ」


父様の言葉はたしかに正論で、間違ってはいない。だけど。


「それは同じ教育を受けていれば、という前提が必要になります」


たしかに得意不得意は個人差だ。でも、教育でさらにそれを広げる意味はあるのかというと、ないと思う。


「理想論だよ、そりゃ。全員に同じ教育とか、教師が違えば無理に決まって……、いや、まてよ?もしかしてそれが……?」


初めは諭すように話していた父様もそれに気づいたのか、はっとしたような顔をした。

そう、一番の問題は“これはこういうもの”という固定観念だ。


「……帝国市民や一般の貴族ならそれでもいいとは思います。ですが僕らは皇族です。こんなこと、ないようにしていくのが義務のはず」


国民を混乱させないためにも、僕たちの平穏のためにも、こういうことなんてない方がいい。


「なるほどな……、こうなってくると初代が何をしようとしてたのかは気になるが……、今必要なのは法と教育の見直しか」

「そうですね、思惑は気になりますが……また落ち着いてからにしましょう。僕もできる範囲で調べておきます」


真剣に伝えると、父様は微笑んで僕の頭を優しくなでた。


「ん。なんかわかったらすぐ報告な」

「はい!」


少しは、この国じゃなくて父様の役に立てたのではないだろうか。

そんなふうに考えながら、僕は笑ったのだった。



 

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