第39話
父様は僕の様子をほがらかに笑って眺めながら、いつものように飄々と口を開いた。
「さすがムー、俺に気付くんだもんな」
「父さまはこんな騒動が起きてるのをそのまま放置するような人じゃないですから」
「分かってるなァ。俺のこと大好きじゃん」
「えへへ」
なにか反論しようと思ったけど、いちおう間違ってないし、正直めんどくさいので適当に照れてごまかす。
すると父様は、まったく気にした様子もなくにこにこと笑った。
愉快犯というか、自分が楽しければそれでいいみたいに見える父様だけど、それじゃ皇帝なんて務まらないことを僕は知っている。だからといって僕が父様の真意を知っているわけじゃないけど。
ふと見れば、カナリアさまはこわばった表情で父様を見つめていて、そんなカナリアさまに父様はどこか困ったような顔で見つめ返していた。
「陛下……」
「よォ、小鳥ちゃん」
「その呼び方、やめてくださいませんか」
お互いを冷たく突き放すような、そんな声だった。
「んなこたァどうでもいいだろ。お前、自分が何しようとしてんのか、分かってんの?」
「むしろ、なぜここにいらしたんです? ワタクシのことなど、気にかけてすらいらっしゃらなかった方が」
カナリアさまの言葉で、父様の眉間にシワがよった。
それが、予想と違ったからなのか、痛いところを突かれたからなのか、僕じゃ判断がつかない。
「皇帝が、居城の出来事を確認しに来て何が悪い。それからもいっこは、そうしとかねーとお前と、お前の親父さんが俺たちに何するか分かんねぇからだろ」
なるほど。察するに、帝国貴族の頂点に位置する公爵家は、父様にとって危険だと思われるなにかがあるんだろう。
ただ、父様は過保護だから、それがどの程度の危険なのか、僕にはまったく予想がつかないのが問題かもしれない。
当のカナリアさまはというと、よほど嫌な話題なのか扇で口元を隠していた。
「えぇ、以前にもおっしゃってましたわね。ですが、妻として請われ、一人の子を産んだワタクシの気持ちは?」
カナリアさまの問いに、父様が無言で目をそらした。
待って父様、それはもしかして、母様以外の人全員ないがしろにしてたとか、そういうことなんですか?
さすがにそれは皇族とか以前に人としてどうなの……。
「色々と、考えましたわ。その結論がこれなのです。止めないで下さいませんこと?」
「お前なぁ……、いくら息子を皇太子に出来なかったからって……」
「ワタクシが、いつ、あの子を皇太子にしたいと言ったのです?」
気付けばカナリアさまは、扇で口元どころか顔を全て隠していた。
そのせいで表情はわからない。だけど、震える声がそのひとの感情を全部バラしてしまっていた。これは怒りではなく、悲しみだ。
「……いや、でもお前、アイツを野放しにしてたろ」
「あなたはいつもそう、ワタクシの話を聞こうともしない!」
涙混じりのカナリアさまの声に、さすがの父様も動揺を隠せず視線が泳ぐ。
「…………それは……」
「ワタクシは!」
悲痛な声が部屋中に響いて、どうしたらいいのかわからなくなった僕は、つい、キャロライン嬢に視線を送った。
彼女はというと、色々と言いたいことも思っていることもあるのに、無理矢理に押し殺しているような、無の表情をしていた。さすがは未来の皇妃、僕じゃないと察せられないくらいの、かすかな表情である。
とはいえ、僕だってここで表情を崩すわけにいかないので、いつも通りの顔を保つ。
「ワタクシは、あの子が幸せになることだけしか望んでいません!」
カナリアさまの声は、裏も表も、外聞すらもなく、そして誰よりも苦しそうで、つらそうだった。
「あの子が皇帝になりたいと言うなら、応援して当たり前でしょう!?」
無理だと分かっていても、夢を見るのは自由だ。
きっと、親としても人としても、とても純粋な気持ちだったのだろう。しかしその思いやりは、私利私欲に目が眩んだ心ない傲慢な人々の思惑に利用されてしまった。
そうでなければ兄上はあんな風に育たなかったし、このひとだってここまで苦しまなかったはずだ。
僕だって皇族として生きるために全てを疑え、と言われながら育った。だからカナリアさまの言動が演技じゃないとは言いきれない。
だけど、だとしても、損得が一切考えられていない点や、彼女の手駒以外の協力者が一人も見えないなどの矛盾点をいったいどう考えればいいのか。自分の未熟さに別の意味でも悲しくなってくる。
「……だとしても、止めることがお前の役目だったはずだ」
父様が眉間にシワをよせたまま、苦しげに告げる。
厳しいことだけど、父様の言葉は正論だ。皇族とは愛や感情だけでは成り立たないし、優しさだけでは生きられない。
しかし、それはカナリアさまだってわかっていることだったようだ。扇を持つ手をふるふると震わせながら、そのひとは声を荒らげた。
「えぇ、そうです! でも! 止める力などワタクシにはなかった! ならばもう、あの子を助ける道はこれしか残されておりません!」
パシン! という音を立てて扇を閉じ、隠していた顔を露わにする。涙に濡れたその表情は、決意と誠意、それから高潔なプライドがよく見えた。
「己が子を守れずして、何が母親ですか!」
顔を真っ赤にしてぽろぽろと涙をこぼしながらも、自分の意思をきっぱりと言い放つその姿は、たしかに高位貴族の元令嬢として素晴らしいものだった。だけど彼女はもう貴族ではない。皇族の一員だ。ゆえに、父様は苦いものを食べた時のような顔で口を開く。
「…………で? お前が身代わりに死んだとして、子供が同じ罪を繰り返さないと断言出来るのか」
「……っ!」
二人の距離は縮まらない。まるで大きな溝があるみたいに、二人ともが一歩も動かなかった。
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