第27話

 



 振り上げられたレイン兄上の手は、僕の顔に届く前に止められた。

ぱし、という乾いた音で腕を掴まれたレイン兄上はその相手を睨みつける。


「いい加減にするのはレイン殿下の方だ」

「っ貴様……!」


 キャロライン嬢だ。


どうしよう、カッコイイ。綺麗でカッコよくて可愛いとか、僕の婚約者本当に完璧すぎない?

きりっとした真剣な表情がとても好きです。結婚して欲しい。あ、婚約者だからいつか結婚するんだった。


「一体誰に手をあげようとしているか理解していないなど、皇子として短慮にもほどがあるのでは?」

「短慮? 意味を理解して言っているのか? 一介の婚約者風情が、皇子の邪魔をしていいと?」


 僕をかばってレイン兄上に堂々と意見してくれてるキャロライン嬢が、誰よりも素晴らしくカッコイイ。すき。


「立場を考えればそうでしょう。しかし婚約者というものは相手を守るためにも存在している」

「はっ、何を言うかと思えば……男は女を守るものだ! 女に守られる男など男ではない!」


 兄上がキャロライン嬢の手を振り払いながらグダグダとなんか言ってるけど、ほとんど頭に入ってこない。

どうせ慣習はいらないとか常々言っておきながら守られる男は男じゃないとか、頭悪いこと言ってるんだろうから別に聞かなくていいや。


「その守るべき女を邪険に扱っていた殿下とは思えない言葉ですね」

「リズベットへの醜い嫉妬で彼女を貶めておきながら同じ待遇を望むなど図々しいな」


 は? 貶めた?

いや、キャロライン嬢なんもしてないですけど。

僕の知る限りでもなんもしてないですけど。

嫌がらせされてるとかリズベット嬢見てても一切その片鱗なかったですけど。


「なるほど、つまり皇太子殿下を貶めるのは良いとおっしゃるので?」

「揚げ足取りばかりが達者だな? こうやってリズベットを虐めていたのか、なんとも悪質な女だ」


 悪質なのはどっちだよ。さっきからキャロライン嬢は正しいことしか言ってないのに。


僕は確かに兄上達の言うように子供だ。それは覆りようのない事実で、どうしようもない現実だ。

でもその前に僕は男で、そして今は彼女の婚約者なのだ。


 彼女をかばうように前に出て、レイン兄上の前に立ちはだかった。


「兄上、そろそろいいかげんにしてくださいませんか。これ以上彼女を悪く言うのでしたら、僕も黙っていられなくなります」

「ハッ、だったらどうする? 父上にでも告げ口するのか?」

「それをさも卑怯であるかのようにおっしゃいますが、何が悪いんですか?」

「っ開き直るんじゃない! この卑怯者め!」


 殴る事が出来なかったからか、今度は蹴り飛ばす為に脚を上げるレイン兄上。周囲から悲鳴のようなどよめきの声が上がる。

さすがにこんな大勢の人の前でそこまではしないと思ってたけど、自分が正義だと信じてる兄上にはそういう世間体とかどうでもよかったらしい。


それよりも予想外だったのは。


「ヘルムート殿下!」


 必死な顔で僕を抱き上げ、兄の二度目の暴挙を華麗に回避したキャロライン嬢だ。


まるでダンスを踊っているみたいに正面から密着して、くるりと最低限の動きだけで回避したことから、彼女の技量の高さがうかがえる。


一体どれだけ僕をときめかせるつもりなんだろう。

さすがにかっこよさが限界を越えてしまって、ドキドキが止まらない。めちゃくちゃ近いし、いい匂いするし、カッコイイし、もう頭が────


「またしても邪魔立てするか! キャロライン・エルロンド!!」


 レイン兄上がそう言って激怒したその瞬間だった。


「っな、なんだ!?」


 僕のまわりを、花びらが包み込む。


「これは……!?」

「何が起きてるの……!?」


 動揺する兄やその後ろで驚くリズベット嬢、傍観していた人々からのどよめきが聞こえる。

そして、一瞬の白い光のあと、あの時のように花びらは跡形もなく消え去った。


残ったのはあの姿で、パーティ用の服を着た僕と、呆然とした顔でこちらを見るキャロライン嬢の姿だった。


 どうやらアミュレットは正常に動作したらしい。

ガルじいデザインの衣装はとてもきらびやかで、そして、白かった。


「あ、あなたは……あの時の……!?」

「はい、キャロライン嬢」


「こ、皇太子、殿下、だったの、で……すか?」

「はい」


「あ、あああ、あの、わ、わたし……」

「はい」


 うれしくなって笑ったら、キャロライン嬢がものすごく真っ赤になって、自分の頬をつねりはじめた。


「キャロライン嬢!? いけません、お化粧がくずれてしまいます」

「いひゃい……、ゆめじゃにゃい……?」

「現実ですよ、諦めてください」


 顔を真っ赤にして、涙目で僕を見上げるキャロライン嬢がとてもかわいい。ものすごくかわいい。かわいいしか出てこない。どうしよう。


「ハッハッハ! 稀代の大魔導師ガルガーディンの魔法は素晴らしいな! なァ、セレス」

「えぇ、本当に素敵な大人の男性です」


 大きく通る声が響き渡る。

どうやら、傍観していた父様と母様がようやく会話に割り込むことにしたらしい。

とはいえ、めちゃくちゃキレているのがここからでも分かるほど、機嫌が悪そうだ。

ちなみに、母様の目がものすごく悪いことは世間には知られていないことなので、公式の場では全然そんなことないように振る舞っていたりするのだが、それは今は置いておこう。


「ガルガーディン、無事に魔法を完成させたこと、褒めてやろう。褒美は何がいい?」

「予算だけですな、他には何も望みません」


 待ってガルじいめちゃくちゃ面倒くさそうな顔してるんだけど。


「なんと無欲な……、まァ良い。皆も見ての通り、これが皇太子ヘルムートの将来の姿だ!」


 おおぉ! と感嘆するようなどよめきが周囲から上がり、あちこちから僕が皇太子であることを喜ぶような賛辞が飛び交う。


「皇子達も皇太子の引き立て役、ご苦労だったな。お陰でとても良い余興になった」


 ニヤリと悪い顔で笑った父様はそう言って、レイン兄上達を眺める。

ものすごく悔しそうに表情をしかめたあと、レイン兄上は引きつった顔で笑った。


「……いえ、お役に立てたのでしたら、……幸いです」


 ここでちゃんと演技出来てないあたり、本当にこの兄は皇族向いてないな、としみじみ思う。


「さァ皆! 余興は終いだ! 残りの時間は楽しもうぞ!」


 父様の呼びかけに、周囲の人々からは歓声が上がったのだった。



 

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