第26話

 




 早いもので、とうとう本日が婚約者披露パーティである。

その間僕は全然あの姿になることはなかった。

なので、何がきっかけであの姿になるのかすら、いまだに不明なままだ。

あの時と今までで違うことといえば、彼女の存在があったかどうかくらいなので、もしかすると彼女が鍵なのかもしれない。


 もしそれが真実だとすると、彼女としか行けない披露パーティなんて危険度がものすごく高いのではないだろうか。


そんな予想もあって本日はパーティ用衣装の魔法式を組み込んだ白い紐のアミュレットを首飾りとして装備している。

なお本日の衣装は、おしゃれに詳しくない僕でも分かるくらいにとてもいい物が使われている。

服なんてどれも同じだと思っているので、正直こんないい物ばかり使われてしまうと、別に困りはしないけど勿体ないと感じてしまう。

どうせ何を着てもだいたい似合うのに。


 というか、僕はこれがどういう名前のデザインで、なんと呼ばれる服なのかすらよく分かってない。

皇太子たるもの、知っておいた方がいいかもしれないから、今後は少しだけでも勉強しておくことにしようと思う。


だが今それよりも重要なのは、今日をどうやって乗り越えるかである。


「皇太子殿下、どうかされましたか」

「いえ、少し考え事を」

「そうですか……」


 今日のキャロライン嬢は、いつもよりも格段に美しかった。

皇太子の婚約者であることを示すために白がメインで、誠実さを表すために作られた専用のドレスは、銀髪のキャロライン嬢によく似合っていた。

皇太子の婚約者のドレスは色もデザインも型が決まっているので、リズベット嬢も同じドレスを着ていたのだが、比べるべくもなく、ものすごく綺麗だ。


 しかし、その表情は固い。

それはそうだ、ぜんぜん好みじゃない僕との婚約が決まってしまったのだから。

この様子だと、僕とあの姿の僕が同一人物ということには気付いてなさそうだ。

優しい彼女のことだから、きっと家族の今後を考えてしかたなく了承したんだろう。


「皇太子殿下、エルロンド公爵令嬢、お時間でございます」

「……わかりました」


 ここからは、ちょっとした戦争だ。

権力と、プライドとなんか色々が混ざりあった、綺麗でもなんでもない戦争。


身長差のせいで手をつなぐしかできない僕達は、まるで兄弟姉妹のようだ。

だけど、僕は負ける気なんてなかった。


「ロンギヌス・ヘルムート・ウィルフェンスタイン皇太子殿下と婚約者キャロライン・エルロンド公爵令嬢が参られました!」


 その声と共に会場へ入ると、すでになんかやばい空気だった。


集まった貴族達の表情は固く、困惑したような顔で目をそらす。

いちおう、なにごとかといった顔で視線を前方へやれば案の定、レイン兄上とリズベット嬢が仲睦まじくイチャイチャしていた。

予想通りに、皇太子とその婚約者にしか許されていない白をふんだんに使った衣装だ。


 というか、あのバカ兄が着てるの僕が最初に決めたデザインとほぼ同じだ。

僕達皇族はそれぞれ誰かと衣装デザインがカブるのを防止するためにデザインを公開するんだけど、僕のそれとわざわざカブせてくるあたり、自分の方が皇太子にふさわしく素晴らしいと人々に思わせたかったんだろう。

まぁ、僕はマダムの機転、金色の糸で大量の刺繍をほどこしたおかげで丸かぶりは避けられたんだけど。


問題はキャロライン嬢とリズベット嬢のドレスが使われた宝石以外ほぼ同じということだ。


その度胸だけは賞賛に値するような気はする。腹立つからしないけど。


とか考えていたら、レイン兄上がオーガみたいな顔で僕達を睨みつけて、なぜか僕じゃなくてキャロライン嬢の方を見た。


「キャロライン・エルロンド!! なぜ貴様がそのドレスを着ている!?」


 この人何言ってんだろう。


「白はリズベットの色だろうが! しかもデザインまで……! かわいそうに、晴れ舞台でもこんな仕打ちを……!」

「いえ、いいえ、よいのですレインさま、キャロラインさまは悪くありません……! ワタクシがこのドレスを着たいと言ったから……!」

「そんなわけがあるか、リズがいつもパーティで着ているドレスだと知っていて、同じ色を使い、デザインまで同じにするなど! 悪意がなければ出来ることではない!」


 なんかイチャイチャしはじめる二人に納得する。


 あー、なるほど。そういうことか。


「何を言っているか分かりませんが、彼女が着ているのは皇太子の婚約者に定められた色とデザインのドレスですよ?」

「はっ?」

「なので、兄上、今すぐその服を脱いでくださいませんか。リズベット嬢もです」

「ヘルムート、貴様、無礼だぞ!」


 今一番無礼なの自分達だろうになんで気付いてないのこの人達。


「兄上、教養の授業で習うはずの初歩中の初歩、皇族やその関係者に定められた色や型をご存知ないんですか」

「な……っ」


 いやなんでそんな驚いた顔してんの?


「もしかして、今まで僕が彼女に合わせて仕立てていたと? そんなわけがないでしょう、たまたまリズベット嬢の好きなドレスと着なきゃいけないドレスが重なっただけですよ」


 バカとは思ってたけど、もしかしてこの人ろくに勉強してないな?

その証拠に、レイン兄上の目がちょっと泳いでいた。


「ふ、ふん、教養など時代遅れの古臭い慣習でしかないだろう! そんなものは不必要だ!」

「そんなんで外交どうするつもりなんですか」


いちおう皇子も外交とか任せられることあるのに。


「うるさい! どちらにせよ、皇太子にふさわしいのはこの俺だ! なんの問題もない!」

「ありますよ問題、兄上は皇太子じゃないんですから」

「貴様……っ!」


 いやなんでそこで怒るの?

反省しなきゃいけないところだよそこ。


「皇太子殿下、もうやめてください! レイン殿下は悪くないんです!」

「君に発言を許した覚えはないんだけど、立場分かってる?」

「えっ?」


 ものすごくきょとんとした顔をされてしまったけど、誰かなリズベット嬢の教育したの。


「兄上は皇子、僕は皇太子。君の立場は以前のキャロライン嬢と同じ。つまり君、降格してるよ?」

「え……っ」


 考えたこともなかったんだろう。

顔を引きつらせながら、リズベット嬢は後ずさる。


「ヘルムート! いい加減にしろ!! 弟の分際で、兄とその婚約者を愚弄するな!!」


 よほど頭に来たのか、そんな大声とともにレイン兄上の腕が振り上げられる。

僕はそれを冷めた目でただ見つめていた。



 

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