第25話

 




 その後、僕は普段着用の赤い紐のアミュレットを常に持ち歩くことにした。

いつあの姿になるのか検討もつかないし、何が条件かもよく分かっていないのだから。

まぁ、その為に作ったわけだし、持っていないよりは安心感も違う。


 なくさないようにする為に、首飾りにしたり足輪にしたり腕輪にしたり、色々と出来るようにもした。

ちなみにこの加工はガルじいにお願いした。


 魔術式なので少ない魔力で運用が可能だけど、悪用されないように決まったパターンと長さにしか変化しないタイプの術式を使っている。

ガルじいレベルの魔導師でないと理解すら出来ないはずだ。

理解出来てもこんな繊細な魔術式を他の人が出来るのだろうか。


 ゆくゆくは紐が劣化しても勝手に直るように自動修復を付けたいとか、無くしても勝手に戻って来る自動帰還も付けたいとか言ってたけど、やっぱりガルじいって色んな意味で頭がおかしい人なんだと思う。

ていうかそんなことが出来るようになったら、また論文発表しなきゃいけなくなるのにね。


 なお本日アミュレットは首飾りの形態だ。

母様の手配によって僕の私室に仕立て屋さんが来ているから、手首や足首じゃ邪魔になるだろうから。


「皇太子殿下、少し身長が伸びましたねぇ」

「はい、七歳になりましたから」

「月日が経つのは早いですねぇ」


 ふくよかなマダムがおっとりと笑う。

皇家専属の仕立て屋さんの、マダム・ロッチェーノさんだ。

赤ん坊の頃から僕の服を仕立ててくれているので、僕の成長をずっと見てきたような感覚なのかもしれない。


 肩幅や背中、様々な場所の採寸を終えたマダムは、様々なデザインの載った紙束から僕に合いそうなものを選び始めた。

ちなみに皇太子の色は白なので、決めるのはデザインだけである。

主に白を使っていれば、金糸だろうと銀糸だろうと宝石だろうと好きにつけていいらしい。親切。


「これだとちょっと地味だから……これかしら~?」

「キャロライン嬢と並んだときに違和感がなければなんでもいいですよ」

「駄目ですよ皇太子殿下、パーティは殿下と令嬢が主役なんですから~」


 どこかのんびりしつつも拗ねたように唇を尖らせるマダムだけど、どうしてか可愛らしい印象を受けてしまう。

きっとマダムのこの人柄も皇家御用達になった要因なんだろう。


「でも、兄とリズベット嬢もいますよ?」

「だからこそ負けちゃ駄目なのです、あなたさまは皇太子、格の違いを見せる必要があるんですから!」

「あの兄のことだから、きっと白服で来ると思いますけど」


 苦笑まじりにそう言うと、マダムは驚いたように口元を手で隠した。


「……え、それはさすがにないのでは……?」

「ないとは言いきれません、あの人バカなんで」


 本当にバカなんで。


「えぇ……、そんなに……なんですか? レイン皇子殿下って……」

「まぁ、婚約を破棄した上で交換交換したいとか言い出すヤツですし」


 困ったものですよね、と付け足しながら溜息を吐くと、マダムはドン引きした様子で口を開いた。


「……あの噂、本当だったんですのねぇ……」

「噂ですか?」


 しみじみと呟かれたそれに、不思議そうな顔で聞き返す。

するとマダムは呆れたような表情で言葉を続けた。


「皇太子殿下の婚約者に横恋慕して、浮気を正当化する為に婚約者を交換してもらった、という……」

「何も間違ってないですね」


 うん。なんか噂流してやろうと思ってたけど、すでに流れてたや。しかも一番不名誉なやつが。

もっと色々流したいけど、逆に怪しいかなぁ。流すにしてももう少し時期を考えないと。


「とはいえ、これは貴族の間でも秘密裏に流れているもので、表では皇太子に返り咲く為にどうこうみたいな、そんな感じでございますの」

「つまり表では美談なんですね」

「皇族を悪く言う訳にはまいりませんもの……」

「ですよね」


 不敬罪で捕まるもんね。むしろよく僕に話してくれたよ。もちろん探すような真似しないけど。

むしろ見つからないように手助けしたいくらいだ。 


「そういえばマダム、レイン兄上の仕立てはしないんですか?」

「ワタクシよりも新進気鋭の仕立て屋の方がよろしいのですって。たしかにあの店は流行ってますが、質はそんなによろしくありませんのに……」

「……じゃあ確実に僕とデザインすらも被せてくるでしょうね」

「まぁ、なんて恥知ら……ンッンン゛! 図々し……ンッンン゛! 申し訳ございません、大変失礼いたしました、おほほ」

「かまいませんよ、僕もそう思ってますし」


 本当にレイン兄上含めて恥知らずで図々しいよね。

全然尊敬出来ないけど。


「でしたら、なにかひと工夫することにいたしましょう」

「なるほど、じゃあおまかせしてもいいですか?」

「はい、おまかせくださいませ」


 ちなみにだけど、僕に関しての悪い噂とかは一切無いらしい。

皇太子殿下の悪い噂を流すなんて、そんな恐れ多いことをその辺の貴族がする訳ないと言われたけど、それを含めても予想外だった。


 だって後継者蹴落とそうとしてるヤツがいるんだから、悪い噂の一つや二つや三つや四つあってもおかしくないだろうに。

だがむしろクソ兄だったら腐るほどあるらしくて、どうやらその理由が『優秀で人当たりが良くて、まるで天使のような皇太子と、人目を気にせずそんな皇太子を虐めるレイン皇子とでは、どう頑張っても大衆は皇太子に味方する』だそうで。

なんというか、自分で自分の首を締めているレイン兄上はだいぶ滑稽に見える。


そんな中、母である側妃カナリアさまは、一体なにを思っているのだろうか。

憶測ですら予想は出来ないけど、警戒だけはしておかないと。


「殿下、こちらのデザインとこちらのデザインでしたらどっちがよろしいかしら~?」

「……うーん、じゃあこっちで」

「かしこまりました、こちらで仕立てさせていただきますわね」

「よろしくお願いします」


 まぁ、少しだけでも情報が入手出来たので良しとしようと思います。うん。


 

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