第21話

 




 そんな訳で僕は現在、近況報告も兼ねて皇帝陛下おとうさまに会いに来ている。

十歳までは好きに来ていいと言われていたので、利用させてもらった形である。


「父様、いつもお仕事お疲れ様です」


 広々とした執務室の中央で大きな椅子に鎮座しながら、大きな机で書類とにらめっこしている父様に声をかけると、父様の顔が嬉しそうに顔が綻んだ。


「およ? ムーじゃん、どした? 寂しくなったん?」

「そういうわけじゃないんですが、ちょっとお願いがあって……お仕事中すみません……」

「いーのいーの、可愛い息子の為だかんな。で? お願いって?」


 書類がぺいってされたけど、それそんな扱いしていいものなんだろうか。大丈夫かな。

そう思うものの、これは一応必要なことだし、と割り切って口を開いた。


「いつでも持ち歩ける、アミュレットおまもりが欲しくて」

「アミュレット? なんでまたそんなモン」

「実はですね……───────」


 そして僕は、今まで何があったのかの説明をした。

父様のことだから思いっきり笑われたりするかと思ったけどそんなことはなく、むしろ、驚いたように目を見開いたあとに心配そうな顔で声を荒げられた。


「全裸で!? 隠し通路を!? ムーが!?」

「はい……、それで、それを回避する為の魔法式を開発したんです」


 その説明にホッとしたのか、溜息のような息を吐き出した父様は納得したように頷いた。


「はァ~……、なるほどなァ……それでアミュレット」

「そうなんです、いつ変化するか分からないのでそれを使って魔法具を作りたくて」

「分かった、おい」

「かしこまりました」


 僕の言葉が言い終わらないくらいで、父様が手を上げる。

すると、部屋の隅で空気のように待機していた父様付きの使用人が一礼して、執務室から出ていった。


「つーか、怪我とかしてねェ? あの通路罠だらけだったろ」

「はい、そこは父様から教えてもらった解除と設置を繰り返しながら進んだので」

「ならいいけど、なんかすげェタイミングで変化したんだな」

「そうなんですよね……」


 本当に、色々とすごいタイミングだったと思う。

結局のところ、彼女があの姿の僕と今の僕を同一だと思っているのかどうか、全然分からないままだったけど。


ふと父様が不思議そうに首を傾げた。


「そういや綿飴ちゃんはなんで皇城に来てたんだ?」

「そこまではちょっと……何か用だったんですかね?」

「もしかして、ムーに会いに来てたんだったりしてな」

「だったらすごく嬉しいんですが」


 でもきっと何か違う用なんじゃないかなと思う。

僕のせいでそれどころじゃなくなっちゃったみたいでだいぶ申し訳ないけど、今更どうしようもない。

せめて手紙で謝罪したいところだけど、そういうことしていいのか分からない。

筆跡が分からないようなひとじゃないしなぁ。


本当に、どっちなんだろう。それが分かればやりようがあるんだけど。


スッと音もなく現れたさっき居なくなったはずの使用人が、父様に手紙と小箱を渡した。


「歓談中申し訳ございません陛下、こちらを」


何も気配がなかったし扉開けた音もしなかったから、きっとすごく実力の高い人なんだろう。

護衛も兼ねてる人が使用人って、やっぱり皇帝って大変な立場なんだなぁ。



「ん、なかなか良いデザインじゃねェか……こっちは?」


 小箱から取り出したアミュレットを確認した父様は、それを箱に戻しながら器用に手紙を見る。


「そちらはエルロンド公爵様よりのお手紙でございます」

「へェ、やっと返事を寄越しやがったかあのカタブツ…………お?」


 ガサガサと乱暴に封を開け、読んだ父様がなんだか楽しそうにニヤッと笑った。


「喜べムー、婚約者交換、成ったぞ!」

「えっ、本当ですか父様!」


 父様に任せたことだから上手くいくとは思っていたけど、それでも本当に上手くいったらそれはそれで嬉しいものだ。

だけど、母様譲りの僕の勘が、何かあると断言していた。


「良かったなァ、これでこの国も安泰だ!」

「………………なんか妙な引っかかりを感じますが……」

「引っかかり?」

「いえ、こちらの話です、気にしないでください」


 これに関しては今はなにも出来ないことのような気がするから、置いておくしかなさそうだ。


「おゥ、ほんじゃ披露パーティを開催しねェとな」

「披露パーティ、ですか?」


 言葉を繰り返して首を傾げると、父様は僕の頭をわしわしと撫でた。


「正式な婚約者披露パーティはまだだったろ? 本当は来年する予定だったが、貴族間での混乱を鎮める為だ、浮気だなんだと騒がれちゃ面倒だからな」


 言われてみれば確かに、と納得する。

特にあのクソ兄は馬鹿なので、堂々と僕の元婚約者リズベット嬢を連れ回していた。

それを見た貴族達がどう思うかというと、まあそうなるよね、としか。

その上で僕とキャロライン嬢が一緒にいたら、色々な邪推が飛び交うに決まっている。


「なるほど、さすがは父様です。ありがとうございます。

 あの、……ただ、ひとつだけ問題があるのですが……」


「あァ、いつオッサンになるか分かんねェってやつか」

「父様、オッサンじゃなくて壮年です」

「安心しろ、近くにガルガーディンのじいさんを用意しとく。いざとなったらあの爺さんのパフォーマンスって事にしとくわ」


 一生懸命言ったけど、聞かなかったことにされてしまった。ちょっと悲しい。

でも、色々と考えてくれているのは嬉しかった。


「…………上手くいきますかね?」

「まァ大丈夫だろ、始めの言葉で面白い余興用意するって言っとけば」

「それはそれで何も起きなかったらどうするんですか……」

「あの爺さんになんかやってもらやァ良いンだよ」


 ニヤリと笑う父様は、なんというか、とてもかっこいい。

でも言ってる内容はガルじいに丸投げするってことなんだけど。

そして僕は応援することしか出来そうにない。

だって父様は僕が言ったくらいで考えを曲げる人じゃないから。

しかもすごく楽しそうだし。


「頑張れガルじい……」


 ぽつりと呟いたけど、誰にも届きそうになかった。



 

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