第22話

 



 その後、父様は僕の衣装の為の仕立て屋の手配と、各貴族に招待状の手配をする為のリストを作る為に母様に会いに行った。

そういう社交系のお仕事は母様が主に取り仕切っているからだ。


 母様が大好きな父様だから、仕事中に母様に会いに行ける口実が出来たととても嬉しそうだったけど、その後ろを使用人が死んだような目をして付いていったのが印象的だった。

その気持ちはなんとなく分かる気がする。

甘々な空気を浴びせられるのは身内の僕でもしんどい時があるから。


 そうやって父様の執務室から出た僕の手元にあるのは、僕の掌にとっては少し大きい小箱が一つ。

中には父様から貰ったアミュレットが入っている。

なんか妙に重いと思ったら、三つも色違いで入ってた。


 赤い紐、黒い紐、白い紐でそれぞれに青い宝石が装飾されたアミュレットは、シンプルだけどとても綺麗だ。

オシャレにうとい僕でもいい物だと分かるのは、きっと父様から貰ったものだからなんだろう。


 三つもあるのは、とてもありがたい。

普段用とパーティ用とお出かけ用と使い分ける事が出来るから。


「そんな訳で、もしもの為のパーティ用とお出かけ用衣装のデザイン下さい」


 ガルじいに会った瞬間から簡単に状況を説明した僕は、そのままの流れでお願いした。

当のガルじいはというと、なんとも言えないって顔で溜息を吐く。


「何がそんな訳だよ、ったく、じゃあお前儂にも衣装のデザイン寄越せよ」

「……僕の持ってる衣装や僕の考えた衣装で本当にいいんですか?」

「…………やっぱやめとくわ、自分で似合いそうなの考える」


 僕の問い掛けで掌を返すように発言を撤回しながらペンと紙を手に取るガルじいは、なんというか、失礼なんだけど慣れてしまった。

だってこの人、偏屈と言っても差し障りない人だから。


「それが懸命だと思います」

「何が懸命だ、そこは多少反発しろよ。お前の考えた服ダセェかもしれねぇって思われてんだぞ儂に」


 何故か心配されてしまったが、何をそんなに気にしているんだろう。


「正直、子供がデザインするものですし」


 どうなってしまうのか検討もつかない。

どうなっても良いんなら僕は止めないけど。

ちなみに僕は嫌です。


「あァ……そういやお前さん子供だったな……」

「七歳です」


 忘れてたのかなこのじじい。


「こんな七歳いてたまるか」

「目の前にいますよ?」

「知ってる」


 真顔で言わないで欲しいんだけど。


「つーかお前他の勉強どうなってンだ? 魔導ばっかやってっけど」

「父様から許可は得てますし、正直勉強簡単すぎてやってる意味ないです」

「お前七歳だよな?」

「はい」


 サラサラとデザインを描き始めたペンを止め、改めて確認するように僕を見てくるガルじいが地味に鬱陶しい。良いからけよ。


「まァいい、だが槍の鍛錬とかあンじゃねーの?」

「身体の出来上がってない子供に毎日の鍛錬はまだ早いんだそうですよ」

「なんでそんなとこだけ子供らしいんだよ」

「子供ですし」


 描き始めたかと思えばまたペンを止め、じっと僕を見てくるガルじいは、ことの他冷静に呟いた。


「いやだからこんな七歳いねェよ」

「いますってば目の前に」

「知ってる」


 だからなんで真顔なんだよ。


「ほい、こんなモンだろ」

「わぁ……すごい、かっこいい。ありがとうございます」


 いつの間にこんなに描いたのか、気が付けば僕が頼んだ通りに、パーティ用の煌びやかな衣装と、お出かけ用のシンプルな衣装、両方のデザインが出来上がっていた。

受け取りながら、しみじみと思う。この人やっぱり才能無駄遣いしてるよなぁ、と。


「フン、褒めてもなんもねェぞ」

「いや素直に褒めてるんですからそれは受け取って下さいよ」


 ぷいと顔を背けながらもチラチラとこちらを見ていることから、これは照れ隠しなのかもしれない。地味に鬱陶しいけど。


「……チッ」

「あ、そうだ、パーティ頑張ってくださいね」


 褒められて嬉しかったのに何故か舌打ちをしてしまう子供みたいな行動のじじいに、激励をしておくことにした。


「やだ、頑張りたくない」

「……そんなこといわれても」


 キッパリ断言されてしまったが、僕にはどうにも出来ないので諦めてほしい。


「なんで儂が尻拭いせんといかんのよ」

「すみません……」


 とはいえ、僕のせいじゃないとも言いきれないので謝るしかないのが現状だった。

だがしかしガルじいは盛大に溜息を吐きながら手を伸ばして、僕の頭を撫でた。


「お前さんは悪くねェわ、謝罪すんのは皇帝じゃろどう考えても。なんなのあの皇帝」

「……父がすみません……」

「だからお前さんが謝るんじゃねェての。なんかもうとっとと皇帝になれ頼むから」


 ふいっと姿勢を戻したガルじいが、サラサラと自分の分のデザインを描きつつしみじみと呟く。


「いや、僕まだ七歳なので」

「こんな七歳いてたまるか」

「目の前にいるのに何度も存在を否定しないでください」


 あとやっぱ真顔でこっち見んな。


「儂が七歳の頃なんて近所のガキ共とつるんで鼻垂らしながら走り回ってたわ」

「そうなんですか?」

「嘘だよ」


 嘘なのかよ。


「うし、こんなモンか、さァてやるぞ。どうしたヘル坊」

「……なんでもないです。魔法具ってどう作るんですか?」


 どうやら自分の分のデザインを完成させたらしいガルじいが、さわやかに笑った。地味に腹立つ。

色々と釈然としないけど、それでも頑張って言葉を飲み込んで、心を落ち着けるために息を吐いた。


「そういやお前さんはまだ作ってなかったか。式を刻み込むのは知ってるな?」

「はい」


「この時注意しなきゃならんのは───────」


 そしてようやく、本格的な魔法具作りが始まったのだった。


 

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