第20話

 



 紙の上にカリカリと走らせていた羽根ペンを止め、首を傾げる。


「うーん、無機物だから簡単だと思ったんだけどなぁ……」

「ッたりめェだろ、魔法式はそんな簡単にポンポン出来るモンじゃありませんン~」


 隣の机で子供のような憎まれ口を叩くガルじいだが、僕はちょっと意味が分からなかった。


「え? でもここまでは出来ましたよ」

「いやなんで出来てンだ」


 ぺらり、と途中まで出来た式を見せると真顔でのツッコミが返ってきた。


「問題は服の大きさと、デザインなんですよね」

「服の質量増やすンだぞ? 普通簡単に出来ねェだろ……なんで出来てンだよ……」

「なんか出来ました」

「なんでだよ」

「わかりません」

「分かれよ」


 えぇー……? と心の底から疑問に思っているような声まで出ている。いやそれよりなんでドン引きしてるの。心外なんだけど。


「それよりも、どうしたらいいと思いますか?」

「……ここまで出来てりゃ、あとはそれっぽい感じにやりゃ良い、儂の持ってるそれなりな服と、ヘル坊の持ってる中で一番地味な服を用意しろ」


 めちゃくちゃ大きな溜息を吐かれたけど、頑張っただけなのになんでそんな態度取られなきゃいけないの。酷くないかこのじじい。


「……僕の持ってる服だと、今着てるのみたいなのばっかりですよ」

「ならそれでいい、儂のは……大体こんな感じだな」


 よく分からないけど僕が悪いみたいだから頑張って納得して答える。

するとガルじいは、まだ何も書いてなかった紙に自分の持っている服のデザインを描き始めた。

流れるようにサラサラと描き出されたそれは普通に上手くて、なんか腹立つ。


この人そんな才能もあるのかよ。僕だって歳の割には結構描けると思ってたけど、それよりも上だった。

僕に無いものをたくさん持ってるガルじいは地味に腹立つけど、凄い。

でも、凄いからこそ僕はこの人を尊敬できるのだ。


「服の大きさ、合わなくないです?」

「そこは問題ない、身体の大きさに合わせるようにする式はこっちでやってた」

「さすがはガルじいですね!」


 こういうのを適材適所って言うんだろう。示し合わせなくても役割分担出来ているんだから、きっと僕達は良いパートナーだ。


しかし、ガルじいは微妙に不満そうだった。


「一番問題だった部分をお前がなんでか完成させてたけどな?」

「え? そんなに問題ですか? ここのところをこの式でこうやったらこうなるじゃないですか」

「なんでその式がそうなるんだ……」

「それはほら、ここの式が干渉してくるので」

「なんでそんな部分がこっちにくるんだよ……」


 簡単に指し示して説明すると、何故か頭を抱え始めたガルじいに、つい首を傾げる。


「なんか知らんけど干渉してきたんですよ」

「はー、マジか……、通りで上手くいかないワケだ…………ん?」


 ふと、ガルじいが何かに気付いた。


「どうしましたか?」

「まさか、あの理論もこういう事が起きたのか!?」

「えっ、あ、そうか、もしかしたら、予期せぬ部分が干渉して……?」


 それは、あの魔法式の突破口になるかもしれない仮説だった。


「儂は今からあの式を見直す、お前はこれを完成させとけ。どうせすぐに出来るだろうから終わり次第参加すること」

「わかりました」


 ちゃんと指示に従うのは、こっちも必要なことだからだ。

まずガルじいに任せて、僕は目の前の魔法式に取り掛かかることにした。





 それから暫くして完成させた僕は、改めてガルじいに声をかける。


「ガルじい、こちらは完成しましたが、そちらはどうですか?」

「うーむ、分からん……」


ボリボリと乱雑に頭を搔くガルじいは、真剣な表情で紙面を睨みつけていた。


「予期せぬ部分が干渉しているなら結果を見れば……」

「結果の情報が足りねェんだよ」

「……それはつまり、結果には、変化、短時間以外の情報がいくつかある、と考えていいんですね?」


 改めての問いに、ガルじいは真剣な表情のまま僕に視線を返しながら、紙面のとある一点を指で示す。


「短時間変化、だと式はこうなるからな、照らし合わせるとそういうことになる」

「なるほど……確かに、ふたつほど余りが出ますね……ということは僕の使った魔法式だと違ってくる可能性が?」

「ん? あぁ、そうか、ここの文字をこうして、それからこっちをこうすれば加齢させる魔法式になるんだったか……」


 別の紙面に魔法式を書き込んだガルじいは、結果がどうなるかの予測を始めた。


「うーん、……こっちもなんだかよく分からない結果の文字がふたつ出ますね」

「こっちの文字は若干似てるから、同系統なんだろうな」

「こっちは全然違いますね……」


 なんというか、全然分からない。一体どこからこんな文字が出て来たんだろう。いや、僕らが作った式なんだけどさ。


「……禁書庫の本は全部読んだが、こんなモン見たことねェし、全然意味が分からん」

「禁書の式を使った弊害ですかね……」

「禁書は過去に消えた魔法式や魔術式の書物だからな、載ってない情報なんてろくに残ってねェだろ」

「情報不足が否めませんね……」


 つい、しょんぼりしてしまったが、ガルじいは明るく笑った。


「まァいいさ、今はここまで分かりゃ及第点だろ。今後の課題にしときゃいい。それより服変化の魔法式を見せろ」

「あ、はい、これでどうでしょうか」

「…………ん、よし、出来てるな、さすがはヘル坊だ」

「えへへ」


 わしわしと頭を撫でられて、つい頬が綻んだ。

やっぱり褒められるのは嬉しいものである。


「あとはこれをどう発動させるか、だが……ペンダントかアミュレットに式を刻んで魔法具にしといた方が良さそうだな」

「なるほど、それなら魔力さえ込めておけばいつ身体変化しても対応出来ますね」


 そういうアイデアがポンポン浮かぶガルじいは、やっぱり凄い。僕だと多分あと五年は経たないと応用とか無理だと思う。


「そうと決まったら、なんか良さげなやつ探さねぇと」

「じゃあ僕は父様に相談してみます」

「おゥ、またあとでナ」

「はい」


 そんなやり取りをして椅子から立ち上がり、研究室の出口へと向かう。


 僕はいつかガルじいに追い付いて追い抜くんだろう。

だけどきっと、ガルじいならそんな僕を見ても気にしないんだろうな。


そんな風に思いながら、研究室の扉を閉めたのだった。


 

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