第19話
「ガルじい、入りますよ」
「おう、よく来たな!」
次の日、僕はいつものようにガルじいの研究室へと訪れた。
妙にテンションの高いガルじいに首を傾げながら扉を開けると、目に飛び込んで来たのはめちゃくちゃニヤニヤしているガルじいの姿だった。なんだこれ鬱陶しいな。
「一体どうしたんですか? ずいぶんと機嫌が良いみたいですが」
「どうもこうもねェよ、儂の望みが叶ったんだ!」
ドヤ顔で堂々と言い放つガルじいの姿は、なんというか、地味に鬱陶しい。なんで仁王立ちしてるんだろうこのじじい。
「……言ってる意味がよく分からないのですが、つまりどうなったんです?」
「なれたんだよ、子供に!」
「えっ」
物凄く嬉しそうに笑いながら、近寄った僕の両肩を掴むガルじいの目はキラキラしていた。
じじいのくせに子供みたいな顔してるけど、この顔のガルじいは嫌いじゃない。
「儂らの研究は、理論は! なんも間違ってなかったんだ!」
じわじわとよく分からない嬉しさが込み上げる。
何も間違ってなかった。それはつまり、あの研究は無駄じゃなかったということ。
じゃあ僕も、知らせておかなくちゃ。
「…………なるほど、そんなガルじいに、僕からもお知らせがあります」
「お? なんだなんだ」
「僕も突然、大人になれました」
「なんだと!?」
それはさすがに予想外だったのか、ガルじいが驚いたように目を剥いた。
「母様が言うには、『成功していないが、失敗もしていない』と」
「ふむ、そりゃつまり、不完全だが出来上がってるってことか……」
顎に手を当て、ウロウロと歩き回るガルじい。
どうやら思考のスイッチが入ってしまったらしい。
「しかし、何故急に変化したんでしょう、時間差だったとか?」
もしかすると、魔法を使ったあとにだいぶ時間が経たないと発動しないのではないかと思っての問いだったが、当のガルじいは首を横に振った。
「いや、時間差だとすれば今も変化していないのはおかしい」
「そうなんですか?」
「そりゃだって儂しばらく子供でいようと思っとったもん」
「ふむ……」
言われてみれば、確かにそうだ。
あれだけ望んでいたガルじいが、今も子供の姿でないのはおかしい。
立ったまま考えるのはアレなので、ガルじいの横のソファに腰掛ける。
「気付いた時にゃ元に戻っとったわ」
「実を言うと僕もです」
「ふむ……」
残念そうなガルじいに同意するように頷くと、正面のソファにガルじいが座った。
二人ともが似たような状態ということを考えると、二人が使ったのは同じ魔法、ということで良いとは思う。
まだちょっと情報が足りないから仮定の段階から出せない域ではあるけど、今はこれだけ分かっていれば良い。
「何かキッカケのようなものがあったのでは?」
目の前のガルじいをじっと見詰めながらの問い掛けである。
理論が間違っていなくても、効果などに差がある。
僕達の考えた魔法だと、起動すると変化し、己の意思で自由に戻れるはずだった。
このあたりが全く出来ておらず、だからこそ失敗だと思ったのだが、もしかすると変化することだけは出来たのではないだろうか。
それなら、きっとなにか起動スイッチのようなものがあったのでは。
「んにゃ、なった時と同じようにしてみたが、なんも変化がなかった」
「困りましたね……、しかしなるほど、だから『成功していないが、失敗もしていない』のか」
本来僕達が指定した式での魔法は、発動、変化、解除までをセットとしていた。
つまり、炎の魔法と同様に、魔法式を使えば一度だけ発動する、いつでも使える変化魔法、のつもりだった。
「とはいえ、成功してねェんなら何かしらのリスクがある筈だ。儂らの意思で戻った訳じゃねェ以上、いつまた変化するか分からねェ」
発動、変化、解除のセットが破綻したのなら、確かに成功はしていない。
ガルじいの言葉の通り、何らかの危険性を孕んでいてもおかしくなかった。
「そうですね……、もう少し様子を見なくては」
「仮定は色々出来るが、総当たりで潰していくしかねェな、一個ずつ検証していくか」
「はい」
こくりとひとつ頷いて、僕はソファから立ち上がり、自分の机に向かった。
椅子に腰掛けて紙と羽根ペンを用意、それから要点をまとめていく。
ええと。
・成功していないが、失敗もしていない
・短時間だけ変化←細かい時間の測定重要
・理論は間違ってなかった
・自分の意思で戻れない?←要検証
うーん、やっぱり情報が足りないなぁ……。
「……ガルじいには、なにか分かっていることはないんですか?」
「今のところねェな……、お前は?」
ウロウロと歩き回るガルじいに声をかけてみるが、心当たりはなかったらしい。
僕はというと今以上のものは……、あ。
「もし大人になったらどうなるかと思ってましたが、まず服の心配しなきゃいけないことに気付きました」
なにせ全裸だったからね僕。
「……あぁ、大人から子供になった時も結構困ったな、服」
「もしかしたらまた突然変化するかもしれませんし、せめてそうなった時に大丈夫なようにしませんか」
「それもそうだな……、色々検証するにしても服無いのキツいからそっち優先するか……」
「……はい」
新しい紙を用意して、別の式を開発することにする。
とはいえ、あの魔法の発動を条件とするので、そこまで難しくはない……と思う、多分。
「新しい服を出すだけだと、不都合があるので、発動した瞬間に服を入れ替えるとかですかね?」
「それだと場合によっちゃ大事故が起きるからな、服そのものを変化させた方がいい」
「大事故……、あぁ、首がもげたり?」
「そうそう、手足もげたりな」
うーん、それはちょっと困るよね。
手足ならなんとかなるだろうけど首はなぁ。
「そういう服を作るのはダメなんですか?」
「その服着てねェ時に変化したら全裸になるだろが」
「……それもそうですね」
全裸はちょっと。
「これに関しては魔術のが適任か……」
「魔術じゃ悪用されません?」
「んァ? あー、なるほど、それもそうだな……魔法でやるか……」
「はい」
そうやって結論が出たところで、カリカリと羽ペンを紙に走らせながら、僕達にしか使えない魔法式を組み立てていくのだった。
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