第16話

 



 大混乱な頭の中、それでも必死に思考を巡らせた。

このままここに彼女を留めている理由はないけど、これで本当に口止め出来たのだろうか。単なる口約束になってはいないだろうか。


改めて彼女を見ると、ぱっと目線を逸らされた。

ちょっと傷付く。

表情を見る限りは照れが大半で首まで真っ赤になっていることから、多分、僕に対する嫌悪感がないのが救いか。

彼女が内心で鬱陶しいとか嫌いだとか思ったら、目が一切笑わなくなるから僕には分かりやすい。


姿は違えど、色彩は僕のままだろうから半信半疑か建前、といったところか。

そのあたりはちょっとよく分からないけど、どうやら彼女の反応を見るに、僕は念願叶い大人の男性になれたようだ。

彼女の好みの壮年の男性になれたのかは分からないけど。


姿見とかあれば確実なんだけど、この部屋にそんなもんあるのかな。洗面所の方ならあるかな。


しかし、なんか凄く調子が狂っている。

普段よりも二倍近く身長が高いし、体も重く感じるからだろう。

生来の万能でさっきはなんとか動かせたみたいだけど、長時間はしんどそうだ。気を抜いたらすぐに転倒する予感しかない。


彼女にそんなカッコ悪い所なんて見せたくないし、確かめたい事もある。


「キャロライン嬢」


 呼び掛けてみるが反応がない。

一体どうしたのかと思えば、頬を染めうっとりしたような顔で僕を眺めていた。なにそれ可愛い。


なんとなくだけど、これもしかして僕、彼女の好みの年齢なんじゃないだろうか。


え、これそうだよね? だって彼女その辺の男性には見向きもしないもん。唯一、皇帝陛下おとうさまとかでギリギリ反応があるというか、そんな感じだもん。


「キャロライン嬢」

「はっ! え? あ、はい!」


物凄く動揺している彼女の姿が愛らしすぎて、言いたかった言葉を忘れた。

何か言いたかったんだけど、それより。


「…………あなたは本当に、可愛らしい方ですね」

「はぇっ!? あっ、えっ、あのっ!?」


彼女の隣に腰掛けながら、ついそんな事を言ってしまった。

顔を真っ赤にしてアタフタする彼女の姿は、普段の凛々しい姿からはかけ離れているが、だからこそ愛おしい。


「どうかされましたか?」

「ち、近くありませんか!?」

「いけませんか?」


じりじりと距離をとる彼女は、武人らしくいつでも反撃出来るよう、何かあった時に逃げられるよう、身体中に力を入れている。それでも、顔は真っ赤なんだけど。


「だっ、だだだダメです!」

「だめですか」

「ダメったらダメです!」

「わかりました」


本当はもう少し近くにいたいんだけど、この体じゃ色々と危険すぎる。


「あ、あの、あなたは……」

「キャロライン嬢、申し訳ございませんが、僕はこれから用があります」


言い淀む彼女の言葉を遮るように、僕は笑った。


「あ……は、はい、おおお忙しいんですね! それではワタクシは失礼致します」

「いえ、お見苦しい格好で申し訳ございませんでした」

「あっ、いえ! では失礼致しました!」


慌てたように淑女の礼、いわゆるカーテシーをして、優雅に部屋から出て行くキャロライン嬢を見送ってから、ふう、と息を吐き出した。


「……よし」


じゃあ次は確認だ。


 僕は洗面所の方へ向かうことにした。


ドアノブを捻り、扉を開ける。すると真正面に大きな鏡があった。


普段の僕なら、この高さの鏡は少しの背伸びをしなければ顔が全部見えなかった。

しかし今はそんなこともなく、むしろ、顔以外もよく見えた。


立派な胸筋と、太い腕。余分な筋肉も贅肉も一切削ぎ落とされた肉体美、僕の性格を表したような筋肉の付き方だ。

母様に似ていたらそんなに筋肉が付かなかっただろうけど、幸運なことに僕の体質は父様似だったらしい。


しかし一番の変化は顔面だ。


あれだけ大きかった目はほどよい大きさに、ついでに長くて邪魔だったまつげが、体が大きくなった分普通に見えた。

高く鼻筋の通った鼻に、細い顎。

年齢は30代後半から40代、だと思う。顔面が整い過ぎて詳しい年齢が推測できない。

だが、僕が大人になって歳を重ねたら、確かにこうなっていたかもしれないという外見だ。


なんというか、絵画に出てくる天使様を人間にして歳を取らせたらこんな感じなのかもしれない。


……これが未来の自分なのかと思うととても感慨深いのだけど、それより困ったことに気付いた。


どうやったら戻るんだろう、これ。


あの魔法が僕とガルじいの計算通りに成功していれば自分の意思で戻れる筈だった。だが、これはきっと予期せぬ失敗での産物だ。つまり、ちゃんと元に戻れる保証はない。


さすがに戻らないのは困る。何せ僕は皇太子だ、今のままじゃ不審者だとそのまま斬って捨てられてもおかしくない。

逃げれば良いんだろうけど、同時に皇太子が行方不明になってしまうわけだから、皇城だけでなく、国も大混乱してしまうだろう。


どうしたものかと思案し始めたその時、ぽふんという気の抜けた音と共に、元に戻った。前触れも一切なく、唐突に。


ぺちぺちと顔を触って確認するが、完全に元に戻ったようだ。体調も特に悪いところがないし、一部分だけが戻らないとかそういうのもない。いつもの、女の子にしか見えない僕だ。

……ずいぶん色々と考えてしまったが、どうやら杞憂だったらしい。


問題があるとすれば、僕が今全裸だという事か。

シーツまとっててもいいけど、それ、大丈夫かな。


僕が誰かに襲われたみたいになっちゃわないかな。

その場合はこの部屋から出ていったのキャロライン嬢だけだから、犯人が彼女にされてしまいそうだ。


それはちょっと、嫌だな。

これを上手く利用すれば、確実に彼女を僕のものに出来るんだけど、それって凄く卑怯だし、なにより色々と矛盾が出てしまう。

外堀を埋めるにしても正攻法じゃないと、きっと彼女は僕を軽蔑するだろうから。


「この部屋にもアレがあるといいんだけど」


決意を新たに、溜息を吐き出したのだった。



 

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