第17話
さて、『アレ』とはなんなのかというと、答えは簡単。
隠し通路である。
皇城には長い歴史がある。つまりそれは、戦乱の中を歩んで来た歴史だ。
時には、城にまで敵軍が攻め込んで来ることも過去に何度かあったらしい。
その度に増改築を繰り返し、その結果、戦えない者を逃がす為の隠し通路が城の中を縦横無尽に張り巡らされたのである。
巧妙に隠されたそれは、皇族を確実に安全に逃がす為、皇族のみにしか伝えられない。
あの兄すらも知っている筈だが、全部覚えているかというと否だろう。
ちなみに僕は半分まで覚えた。
まだ皇城全ての隠し通路の地図が手に入れられていないからだ。
さすがは重要機密である。そう簡単には見つけられない。
なお、この地図は禁書庫にあったものだったりする。
「この部屋の構造……あの部屋と似てる気がする……だとするとこのあたりに……」
部屋の隅、角に置いてあるチェストの裏に入口のスイッチがある可能性が高い。
ズルズルとシーツを引きずりながら向かって、まずは正面の壁を指で軽く叩く。
それから横の壁を叩くと、微妙に音が違ったので僕の推測は正しかった。なんてありがたい幸運だろう。
そのままスイッチとなっているチェストの裏の壁、ある一部を押し込むと、ズズズ、という石が擦れるような低い音を立てながら小さな隠し通路の入口が出現した。
さて、この道はどこに繋がっているんだろう。
若干不安に感じながら、僕はその通路に侵入したのだった。
その後、皇族に伝聞だけで伝えられる罠の解除と設置を繰り返しながら、なんとか覚えた区画まで来る事が出来た僕は、通路から自室へと帰還した。もちろん、服を着て本日僕には何事もなかった、とするためである。
こういう時に侍従や専属の使用人が居ないのはありがたい。
使用人が居ないのは兄のせいだけど。
ともかく、土埃で汚れてしまったので備え付けの風呂にて温水で軽く洗ってから着替えて、やっと一息ついたのもつかの間、僕は本日の次の予定に取り掛かることにした。
ちなみにそれは勉強ではない。
なにせ僕は皇太子だから、皇太子としてやらなきゃいけないことが勉強以外にもあったりするのだ。
それが
もう少し大きくなったら執務の手伝いをさせて下さるそうなので、それの為の下準備も兼ねている。
皇太子は皇帝と皇妃の仕事の中から、比較的重要でない書類や外交、その他視察などを任されるからだ。
本格的に任されるのは15歳あたりからなので、今から八年後。
準備出来るならしておいた方が良いのは、どんなお仕事でも共通なんじゃないだろうか。
そんなこんなで僕は本日の予定として、
通されたのは母様の宮に入る前に設置されている応接室だ。
この部屋を通過しないと母様の宮には入れない。
僕も去年までは母様と一緒に暮らしていたので、勝手知ったる、という感じではある。
前から予定として組まれていたからか、母様は応接室で優雅に寛いでいた。
「妾の可愛いムー、よく来ましたね」
「お久しぶりです、母さま」
僕の姿を見た途端に華のように破顔する母様は、母というよりも少女のようだ。
僕と同じ
「あまり時間が取れなくてごめんなさいね」
「いえ、それより体調はどうですか?」
そんな母様の瞳は濁っている。見えていない訳ではないが視力はとても低く、色彩が判別出来る程度だ。
よほど近付かなければ相手の顔すら判別出来ないほどだが、これは母様の一族が近親婚を繰り返して来た結果なのではないか、というのがこの国の医者の見解だった。
「大丈夫よ、最近は風邪もひいてないわ」
「それは良かった」
しかし、その濁った瞳がまるで精巧に作られた美しい銀細工のように見えるのが、母様の、父様を惹き付ける魅力のひとつだ。
父様はよく、この瞳はどんな職人にも再現出来ないだろうと、豪語していたがそれは確かにそうだろうな、と思ったものだ。
なにせ、その瞳は生きているからこそ輝くのだから。
「それで今週は何があったの?」
「今週は───────」
ちなみに、母様にも僕が何を研究しているか、何を望みどうしたいのか、全部打ち明けていたりする。
それは母様を信頼しているからでもあるのだが、そうしておかないと不都合だから、というのが大半の理由である。
「嘘偽りはありませんね?」
「はい、ありません」
「ふふ、確かに真実のようですね」
母様は真実が見えてしまう方であるからだ。
銀細工の瞳は、欺瞞や詐称、誤魔化しや嘘偽りが全て見えてしまう。
ゆえに、隠しごとはすぐにバレてしまうのだ。
「全裸で隠し通路を歩き回ることになるとは思いませんでした」
「ふふふ、なんとも、不思議なこともあるものです」
くすくすと楽しそうに笑う母様に頬が緩んだ。
嘘はすぐにバレてしまうけど、僕が母様に嘘をつきたくないというのもある。
それはひとえに、僕が母様を大好きだと思っているからなんだけど。
「魔法が失敗していなければもう少し違ったかもしれません」
「そうね、あら、そろそろ次の予定かしら、本当はもっと話していたいのだけど……」
ふと母様に近寄った侍従に、時間切れを悟った母様が残念そうに眉を下げた。
父様がこんな母様を見たら、すぐにこの侍従を斬って捨ようとしてしまいそうだ。
どうせ、母様が悲しむから絶対しないんだろうけど。
「いえ、良いのです、週に一度でも母さまと話せるのですから」
「本当にムーは可愛い子ね、あの人の子なだけはあるわ……最後にひとつ、成功もしていなければ、失敗もしていない、それが今のあなたの状態よ。それ以上は分からないけれど」
真実を見る銀細工の瞳で僕を見た母様は、にっこり笑ってそう言った。
どっちでもない状態、ということなんだろうけど……イマイチよく分からない。
「……なるほど、では先生にも報告しなきゃいけませんね」
「頑張ってねムー、あなたの恋、応援しているわ」
「ありがとうございます、母さま」
その応援が嬉しくて、僕も笑顔を返したのだった。
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