第11話
あれから一週間、僕達は意気揚々と魔法式を組み上げ、完璧な理論と計算の元、魔法式を完成させた……
「なんでだ……?」
「分かりません……」
────はずだった。
「理論も計算も間違ってない、なんで何も起きてねェ?」
「どうしてなんでしょう……」
先に魔法式を使うのは当初からガルじいの予定だった。
僕は皇太子だし、保険は必要だったから。
だけど、何も起きなかった。
「いや、魔力はごっそり持ってかれてるから、何かが起きたのは確実なんだよ」
「何も変わってないですが……」
「そうなんだよなァ……」
ガルじいが言うには魔力が持っていかれてるらしいけど、横から見てるだけじゃ全然分からない。
「……もしかすると、魔力の属性の問題かもしれん、ヘル坊、次はお前がやってみろ。なんかあったらすぐに強制終了させっから」
「本当に?」
「ここで嘘ついてどーすんだよ、いいからはよやれ」
僕的にはやりたくない訳じゃない。
なにせ今までの集大成として出来上がった魔法式だ、試してみたくない訳がない。
それでも、危険性はじゅうぶん理解していたのだ。
「分かりましたよ……、えーと、ここの文字をこうして、それからこっちをこうすれば加齢させる魔法式になるんでしたよね?」
「ん、合ってるな、よし」
ガルじいに確認して貰いながら式を書き換える。
自分でも間違ってないか確認してから、息を吸い込んだ。
「では失礼して……、発動!」
ずるっ、と自分の魔力が式を通っていった感覚があった。
だけど、たったそれだけだ。
「…………何も起きませんね……」
「なんも起きねェな」
肉体的な変化も、苦痛もなく、感覚も、何もかも普段通り。
なんというか、拍子抜けというか、肩透かしというか。
「っかー! こんだけ色々やって失敗かよ!」
がしがしと乱暴に短い白髪を掻き乱すガルじいを横目に、僕は自分の魔力残量が残りわずかだと認識した。
「本当に魔力はごっそり持っていかれてるんですけどね……」
「おいヘル坊、大丈夫か」
声をかけられて、ようやく体の変化に気付く。
といってもこれは魔法を学んでいた時にも感じたことのある変化だ。
「すみません、眠気が……」
「魔力が急に減ったから体が強制的に休息を取ろうとしてんだな、無理せずそこのソファで寝てろ。儂ァもう一回組立直してみっから」
「ごめんなさい……あとはよろしくお願いします……」
フラフラとソファへ向かい、ぽて、と転がった次の瞬間、僕は泥のような睡魔に意識を失った。
それからどのくらい経ったのか、気が付いたら夕方だったので結構寝てしまったのだろう。僕はパッチリと目を覚ました。
それに気付いたガルじいが、向かいのソファで腕を組みながら口を開く。
「さて、反省会だ」
「はい」
むくりと起き上がりながら、冷静に頷いた。
「ヘル坊は何が駄目だったと思う」
「分かりません」
「だよな、儂も全然分からん」
「式を組み立て直してたのでは?」
問い掛けてみるが、ガルじいは静かに頭を横に振った。
「理論上はなんも間違えてなかった」
「一つもですか?」
「一つもだよ」
そうなってくるともしかしたら、理論そのものが間違っていた可能性があるのではないだろうか。
でもその考えを口に出すのはどうにも無理そうだ。
だってそれは今までの全部が無駄だったということになるのだから。
「……一つ疑問がある」
「なんですか?」
ふと呟かれたそれに、いつの間にか俯いていた顔を上げる。
「普通、魔法が失敗すると何らかの害が発生するもんなんだよ」
「……だとすると、僕達には既に何かが起きている可能性が?」
ちょっと嫌なんですけどその仮説。
「あんだけあった魔力が一気に消えるだけの何かが起きたんだ、何もねェ訳がねェんだわ」
「でしたら、理論よりも先に何か変化がないか調べるべきでは?」
「それがマジでなんもねェんだわ」
「は?」
調べた上で、何もない?
「え……あの、それ、大丈夫なんですか?」
「……正直わからん……、どれだけ調べても、分からん事しか分からんかった」
「えぇ……怖……」
凄く怖いんですけどそれ……嫌なんですけどそれ……。
「そうなんだよ、怖ェんだよ」
「ど、どうするんですか?」
「どーもこーもねェよ、やっちまったモンは仕方ねェんだから」
確かにそれはそうなんだけどさぁ、もうちょっとこう、安心させるようなこと言ってよ。僕これでも子供なんですけど。
「でも、もし今後何か起きたら……」
「……まずは経過観察だな」
「…………そう、ですね」
空気が重い。
なんかもうどんよりしている。
完全にやらかしてしまったあとという感じがする。
とはいえ、これ以上は何も分かってないのだからどうしようもない。
「まず、一週間は魔法を使わねェ事。そんで、なんか変化があればすぐにここに来る事。分かったか」
「はい、分かりました」
「それまでは普通に過ごすしかねェな」
「……もし何かあれば、どうするんですか?」
似たような質問だけど、一応の確認である。
「分析して、それを反転させる事で解除するしかねェ」
「どうして今しないんです?」
「どういう効果になったか分かんねェと対処出来ねェからに決まってんだろ」
「…………あぁ、なるほど」
改めて考えれば当たり前のことだった。
「お前さんもだいぶ混乱してんなァ……、ま、儂もだが……」
「長年研究して来たんですもんね……」
「そうなんだよ……苦節五十年……またやり直しかァ……」
ガルじいのあまりの落ち込みように、僕だってショックだったけどそれどころじゃなくなってしまった。
心優しい僕はなんだか可哀想になってしまったので、フォローに回ることにする。
「そうとも限りませんよ、ここから何か分かるかもしれませんし」
「………………儂もう隠居したい……」
「とりあえず、経過観察してからにしましょうよ」
「……儂疲れた……」
あ、これもうダメなやつだ。
こうなったらしばらく動けないんだよな、ガルじい。
でも気持ちはよく分かるから今はそっとしておこう。
「……お疲れ様です、では僕はこれで失礼しますね」
そう言ってソファから立ち上がり、歩き出す。
扉が閉まる直前に見えたのは、力尽きたように机に突っ伏したガルじいが、そのままの体勢でヒラヒラと手を振る姿だった。
気の毒だけど、僕はまたイチから頑張ろうと思います。
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