第2話

 






 ウィルフェンスタイン帝国。

皇帝はロンギヌス・カイル・ウィルフェンスタイン。

民衆は親しみと畏怖、そして尊敬を込め、皇族をロンギヌスの槍と呼ぶ。

それは初代皇帝が槍一本でこの帝国を建ち上げたからだ。


 故に、代々皇族は槍使いだ。

他の武器を使えない訳ではない、何せ人間には向き不向きがあるのだから。

それでも槍が使えない人間はいくら皇族でも皇位継承権の序列が下がってしまうらしい。

とは言っても、よっぽどの場合だけだけど。


 それよりも一番重要視されるのは、母親が皇妃か、側室か、だったりする。


この帝国では常に皇妃の子が次代の皇帝と定められてきた。

それ以外の側室の子は、もしもの時の為のスペアで、補佐役でしかない。


僕はというと、母が皇妃、そして槍は、まあ嗜み程度。

同腹の兄弟は居らず、他は皆側妃が母だ。


 つまり皇妃唯一の息子であるが故に、槍の成績がそこそこでも皇位継承権第一位の皇太子なのである。


 そんな僕の名はロンギヌス・ヘルムート・ウィルフェンスタイン。

通称ヘルムート皇太子。

産まれる前から決められていた皇太子であるがゆえにロンギヌスの名を冠しているが、誰よりも遅く産まれた僕は、つまり末っ子であり誰よりも幼い訳で。

……それだけならまだ良かったかもしれない。


 長兄は現在18歳、長女は17歳。

次兄は16歳。


そして僕だけ、わずか7歳。


 兄弟達と二倍近く年の差がある僕だけど、それでも僕は次代の皇帝と定められていたから、誰よりも強く賢く、そして冷静で居なければならなかった。


 だとしても、同年代の子供よりも酷く大人びた子供だという自覚はある。

僕がこんなに色々と物事を考えられるのは、僕の母の血筋が関係していた。


 皇妃である母様は、ロンギヌス・セレスティニア・ライラック・ウィルフェンスタイン。

隣国であり、聖国とも名高いライラック公国から輿入れした、正当な血筋の元第二王女、この国でも皇帝に次ぐ高貴な女性だ。


 聖国とも呼ばれるライラック公国の王族は、聖属性の魔法の遣い手である。

そして、かの王族の血筋は万能という固有能力スキルを持つ。


 誰よりも優しい母様は、しかしその体質故に長く子が出来なかった。

聖属性が稀少属性だからなのか、子が出来にくいのは周知の事実であり、それは決定事項ですらあった。

そしてそういう血の定めなのか、それとも神々がかの王族に与えた恩恵なのかは分からないが、産まれる子は例外なく優秀だった。

それゆえ、母様は今の僕と同じくらいの歳でこの国に輿入れした。


 何故稀少属性の使える王族である母様がこの国へ嫁げたのかというと、隣国では近親婚の弊害で血が濃くなり過ぎて、このままでは滅亡寸前だったから、だという。

だから僕の子が隣国に嫁、または婿に行くのを条件に、帝国と公国は友誼を結んだ。


 それを聞いた時、僕の子がそんなに何人も出来るか分からないのに、思い切った事をするもんだと思ったものだ。

何せ、僕も子が出来にくいと言われる一族の末端になるのだから。

もしかすると、僕の知り得ない何らかの方法があるのかもしれないけど、皇妃である母にその方法を使用してないことから考えると、何か条件があるのか、もしくは。

嫌な予感はするが、いずれ知ることになるんだろう。


 問題があるとすれば、ここまでの情報に矛盾点が多いことだろうか。

例えば、子が少ない公国の王家が、何故優秀な子を産める王族の女性を隣国とはいえ外に出したのか。

何故、“僕”の子を必要とするのか。


 考えればキリが無いが、僕はまだ7歳。

誰も教えてはくれないだろうし、情報も少ない。

出来ることは限られている。


 だから考えなかったことにして、両親のことを整理しようと思う。


 母が輿入れした当時、父である皇帝はまだ皇太子で、年の差も二歳程度と何の障害もなく、むしろ二人は運命の出会いだったと惚気を語ってくれた。

それは余りの仲睦まじさに側妃を娶る事を何度も拒否されるほどだったという。

だがしかし、結婚して二十年が経ち、適齢期を過ぎても皇妃は一向に子が出来なかった。


 それが決定事項とはいえ、十年が過ぎたにも関わらずいつまでも子の出来ない王妃に焦らない人間など居るはずもなく、皇帝は渋々、本当に仕方なく側妃を娶る事を余儀なくされた。


 それが長兄、僕が産まれるまでは皇位継承権一位だったレインスター・ウィルフェンスタイン皇子の母で、元侯爵家令嬢のカナリア・ロクセリアン・ウィルフェンスタイン。

次兄、僕が産まれるまでは皇位継承権二位だったランスロット・ウィルフェンスタイン皇子の母、元伯爵家令嬢のシルヴィア・セイランダー・ウィルフェンスタイン。

長女、産まれた順番は長兄レインスターのすぐ後だが、女性ゆえに誰よりも皇位継承権が低くなってしまった、皇女ジュリエンヌ・ウィルフェンスタインの母、元公爵家令嬢カトリエンヌ・エルロンド・ウィルフェンスタインである。


 長い名前ばかりで訳が分からなくなりそうだけど、側妃の方々は、本人の名前・生家名・王家名と繋げてあるだけの手抜き仕様なので、皇宮では大体、側妃カトリエンヌ様、とかそんな感じで呼ばれている。

それから皇子達の呼び方だけど、僕が産まれた時に第一皇子とかそういうのが紛らわしいという理由で廃止されたので、レインスター皇子とか、なんかそんな感じで統一されました。


紹介した順番で、侯爵、伯爵、公爵と高い地位の貴族令嬢の側妃様達は、それなりに仲が良いように見えて、実は犬猿の仲と言っても差支えがない。

ちなみに地位高い順番にすると公爵→侯爵→伯爵である。


 特に公爵家と侯爵家は折り合いが悪く、たまの会合やお茶会では表面上だけ穏やかに、舌戦を繰り返している。

そんな犬猿の仲な元公爵令嬢と元侯爵令嬢に挟まれた、元伯爵令嬢であるシルヴィア様はさぞ居心地が悪いことだろう。


 この権力闘争はいつ激化してもおかしくない。

今はまだ口喧嘩だけで済んでいるが、何がきっかけで火蓋が切られるのか、予測出来ない程には絶妙なバランスで均衡を保っているのが現状。


 皇妃である僕の母様はというと、皇帝である僕の父に、大事に大事に隔離されているので、この権力争いには一切関わろうとしていない。

とは言っても、いつ巻き込まれるか分からないんだけど。


 これが僕の住む帝国で、僕の周りの状況と、僕自身の自己紹介だ。





 

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