第3話

 




 そんな僕なんだけど、皇太子であるがゆえに婚約者がいる。

僕が優秀過ぎるからかは分からないけど、少し頭の弱い女性だ。まだ14歳だからかもしれない。

僕とちょうどいい年頃の高位貴族の娘が居なかったから仕方ないとはいえ、僕を弟とすら見てくれない女性である。


 めちゃくちゃ子供扱いして来るので正直こいつも好きじゃない。


 まぁ、それもそのはず、彼女の本当に好きな人は僕の兄だ。

しかも、レインスター・ウィルフェンスタイン。つまり長兄、18歳。

父譲りの赤髪と、側妃譲りの緑色の瞳をした美青年。

14歳の子供な彼女からすれば、大人の色気のある素晴らしい人物だと思えているのだろう。


 だが、長兄は僕にとって意地の悪い、とにかく嫌いな人だ。


 槍の授業に勝手に乱入して来ては僕を立ち上がれなくなるまで叩きのめしたり、座学の授業では突然やって来たかと思えば何故か持って来た紅茶を僕の頭にぶっ掛けたり。

何かあれば無能だ、子供だ、王家に相応しくない、罵詈雑言。


僕さえ産まれなければ皇位継承権第一位の皇子だったんだから、そりゃ腹も立つだろうけど、いたいけな幼児に何してるんだろうね?


まったく、どっちが子供だか分からないよ。

そんな事したって継承権は僕のままで変わらないのに。


 それでも、同じ歳の頃の兄上達の全部の成績をぶっちぎって優秀な僕を見て、腹が立たないかと言われると難しいんだろう。


 皆まだまだ子供だから仕方ないか。

皇族たるもの、上下関係に私情を挟むのは下策中の下策なんだけどな。

毛虫みたいな矜恃よりも大事にしなきゃいけないことがあるのにね。


 結局、僕は皇位継承権第一位の皇太子。

そんな僕の婚約者として宛てがわれた可哀想な少女の名前はリズベット・アルミラン伯爵令嬢。

金髪碧眼のお人形さんみたいな可愛い人。


 対して僕は母譲りの白金髪プラチナブロンドに、父譲りの金眼という目が痛くなるキラキラ具合。

顔立ちは、なんかもう女の子にしか見えない。

無駄に睫毛まつげが多くて瞬きのたびにばさばさ鬱陶しいから、出来れば引っこ抜きたいと思ったりする事さえある。


 そんな僕と並ぶリズベットは、明らかに見劣りしていた。

婚約者おんなのこより可愛くて綺麗な皇子って、どう考えてもダメでしょ。


 とはいえ政略の為の婚約なんだから、文句を言っても仕方がない。

何せアルミラン伯爵家は皇家との繋がりが薄い家、だからこそ、国の安寧の為に皇太子の婚約者として娘を請われた。


 そう思ってたんだけど、当の婚約者リズベットはそうは思ってないらしかった。


「なんでワタクシがあんな可愛げのない子供と婚約しなければならないの……! このまま結婚なんて嫌よ……!」

「お嬢様、いけません、そんな事を誰かに聞かれたら……!」

「分かってるわ、でも思ってしまうのよ、あんなのが皇太子じゃなければ、レイン様と婚約していたのはあの年増じゃなくてワタクシだったのに、って……!」


 ………………本当に、頭の軽い女だ。

よりにもよって皇宮の貴賓室でそんな心情を吐露するんだから。

婚約者が来ていたら顔を見に行かなきゃいけないからわざわざ足を運んだのに、聞こえて来たのがこれである。


 なんていうか、隠す気無いよねこの女。


 恋情を長兄に寄せるのは勝手だけど、そんな長兄にだって婚約者が居る。

リズベットに年増と言われていたけど、長兄の18という年齢を考えれば、16歳はまだ若い方だ。


 ジュリエンヌ姉上の母、側妃カトリエンヌ様の生家、エルロンド公爵家の三女、キャロライン嬢。

教養、振舞い、知識、外交手腕、どれをとっても一流、まるで皇妃になる為に産まれたかのような女性。

婚約者であるレイン兄上と比較すると兄上の方が負けてしまうほど優秀な彼女は、僕が生まれる前、兄の婚約者となった。

それは、僕が産まれないと高を括っていた側妃や兄の周りの貴族が無理矢理に結んだものだ。


 当時皇妃である筈の母様の力は、子を産めなかったが故に落ちていた。

結果として僕は産まれたけど、それでも長兄の婚約者がキャロライン様のままなのは、年齢が離れすぎているというマトモそうな理由があるのと、僕をいつか廃嫡させてレイン兄上を皇太子にしたい派閥が頑張ってるから、だろう。


 リズベットが脳みそお花畑な恋に恋する夢見がち乙女なのに反して、キャロライン嬢の性格は、厳格、生真面目、曲がった事が大嫌いな、まるで騎士のような素晴らしさだ。


 意志の強さを表したかのような蒼い瞳は、まるでサファイア。

瞳の色を金属に混ぜたような青銀の髪は絹のような細さ。

大きくウェーブした毛先はくるくると円を描いていて、彼女の優雅さを引き立てている。

そして、その優雅さを裏付けるかのように、彼女の顔面も素晴らしかった。


 僕と並んでも見劣りしない華やかさと意志の強さを持つ彼女は、兄の婚約者として置いておくのは勿体ないくらいだ。


 正直に言うと、彼女はめちゃくちゃ僕の好みなのである。

一を言えば十を理解して言葉を返してくれる聡明さも、実は可愛いものが好きな可愛い内面も、なんで彼女があんなクソ兄の婚約者なのかと歯噛みしてしまうくらいには、彼女が好きだった。


 だけど、僕は皇族で皇太子。

そんな事を表に出す訳にもいかないし、むしろ彼女にだって迷惑だと思うから絶対に出してはならない。

幸い、僕には生まれつき『万能』が備わっている。

お陰で彼女には毛程も悟られていない。


 だから僕は兄の婚約者として、自分の気持ちなんて一切出さず、義弟として相応の振る舞いをするしかなかった。


 僕の目の前でレイン兄上が、あんな事をするまでは。───────



 

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