アガパンサスの押し花

アガパンサスの押し花―1

 この連休は、浅尾さんのことばかり考えていた。

 どうして一方的に自分のIDを教えるだけにしたんだろう。私が連絡しなかったら、それで終わりになっちゃうのに。

 連絡来る自信がある?それとも、来なくてもいいって思っている?

 頭の中でずっとグルグルしていて、結局連絡は出来ていない。

 口説かれているのは私だったはずなのに、何故かこっちが追いかけなければいけないような状況になっている気がする。

 浅尾さんが何を考えているのか、本当はどういうつもりで私を誘って連絡先を教えてきたのかが、まったく分からない。

 また今度。浅尾さんが何度も言った言葉が、ずっと頭の中を巡っている。

 目を閉じると浅尾さんの顔が浮かんできて、なかなか眠れなくて。若干寝不足のまま大学へ行った。どうしてこういう日に限って、1限から授業があるんだろう。


「愛茉、おはよー」


 講義室に入ると、七海が明るく声をかけてきた。朝から元気で羨ましい。

 七海とは履修している授業がほぼ同じだから、大学ではいつも一緒に行動している。今日も、私たちの定位置になりつつある窓際の席をとっていてくれた。


「おはよう、七海」

「大丈夫?顔色悪いけど、まだ生理痛?」

 

 そうだった。生理って嘘ついていたんだった。

 でもやっぱり後ろめたいし、あとあと面倒になるのも嫌だから、七海にはちゃんと話しておこう。

 

「今日は、ただの寝不足。本当は生理って嘘だったの。実は合コン抜けた後、浅尾さんと会ってて……」


 怒るかと思いきや、七海の顔がパッと明るくなった。

 

「マジで?やっぱり~!そういう気はしてたんだよね」

「ごめん、嘘ついて……」

「いいよ、いいよ。そうじゃないかなって思ってたからさぁ。あんなにかっこいい人が、何もなく帰るわけないだろうなって。そっかぁ、やっぱり浅尾さんの狙いは愛茉だったか」


 七海のさっぱりとした性格が羨ましい。裏表がないから、私も気楽に付き合える。ただ、言いたいことを何でもかんでも言ってしまうところは、玉にきずだけど……。

 

「で、どうだった?浅尾さん」

「どうって、何が?」

「エッチしたんでしょ?やっぱり良かった?」

「しっ、してないよ!」


 ついつい大きな声が出てしまい、周りの目が一斉にこちらへと向く。

 七海は顔を寄せて、小声で話しはじめた。

 

「エッチしてないって、じゃあ何しに抜け出したの?」

「ラーメン食べて……それで終わり」

「えぇ~?浅尾さん、あんなにフェロモンがダダ漏れなのに、何もなしだったわけ?」


 フェロモン……まぁ確かに、浅尾さんってやたらと色気があるもんね……。


「何もないよ、ラーメン屋に誘われただけで」

「ふ~ん。案外、愛茉に本気なのかな?遊びならすぐ誘って、すぐヤッちゃえばいいわけだし」

「浅尾さんって、遊んでそうに見える?」

「だって、あの見た目にあの色気はやばいでしょ。絶対、いろんな女を知ってるって」


 七海は高校時代にかなり派手に遊んでいたらしくて、ある意味で男を見る目が肥えている。

 男性経験が一切なくて、漫画や雑誌とかの知識しかない私とは違う。やっぱり“リアル”を知っているんだなぁって思うことが、よくあった。


「浅尾さんってさ、合コン来てるのに、女に対する必死さがまったくなかったじゃん?何となく一歩引いた目で周りを見てたっていうか。だから遊び相手探してるだけなのかなぁって思ってさ」


 それは、私も少し思っていた。だから他の3人とは異質な感じがしたというか。服装が独特だからってだけじゃなく……。


「結衣と葵も、浅尾さんのことは気に入ってたみたいだけどさ」


 合コンに参加した、七海の友達。2人とも高校の時は何人かと付き合っていたみたいだし、私より男性経験があるのは間違いない。


「でも、彼氏にしたいタイプではないって言ってたよ。なんていうの、危ない魅力って感じ?私もそう思ったしさ。でも見た目いいしエッチが上手そうだから、思い出づくりで1回だけとかセフレなら全然アリだけど。むしろ、こっちからお願いしたいぐらい」


 こういう明け透けなところは、ある意味で尊敬する。

 遊びでエッチするなんて、そんなの私には無理。好きでもない人に触られるなんて、気持ち悪すぎるんだけど。

 

「浅尾さん、意外と誠実で優しい感じはしたけどな……」

「ヤリモクの男って、最初はめちゃくちゃ優しいからね。ただ、ヤッたあとは急に冷たくなるよ」


 いきなり処女に手を出すほど、鬼畜ではない。

 浅尾さんはそう言ったけれど、もし私が処女じゃなければ手を出す、つまり遊んでたってことなのかな。

 

「ホテルとか、全然誘われなかったの?」

「うん。口説いてるとは言われたけど」

「うわぁ、やば。あんなかっこいい人にそう言われて落ちないなんて、さすが愛茉だね」


 落ちなかった……とも言えない。すごくドキドキしたし、休みの間も頭から離れなかったわけだし。浅尾さんの笑った顔を思い浮かべるだけで、今でも心がざわざわする。

 ただ、深く知らない人と付き合うのは、やっぱり怖い。

 

「連絡先は交換したの?」

「向こうのID教えてもらったけど……」

「交換はしてないんだ。本気なのか遊びなのか、分かんないね。連絡してみた?」

「してない」

「なんで?」

「だって……なんて送ればいいの?」

「ラーメン奢ってもらったんでしょ?とりあえず、この前はありがとうございました~みたいなのでいいじゃん」


 もし返ってこなかったらどうしよう。そんなことばっかり考えちゃって、連絡できなかったんだもん。七海みたいに気楽になんてできない。

 

「ほら、送りなよ」

「え、今?」

「善は急げよ。浅尾さんみたいな人はすぐつかまえないと、あっという間にどっか飛んで行っちゃうよ」


 それは確かにありそうだけど……。


「ほら、LINE開く!」


 七海に促されてLINEを開き、浅尾さんが手帳に書いてくれたIDを入力する。

 “桔平”という名前のアカウントが出てきた。アイコンは、何だかとても綺麗な風景画。


「はい追加!」


 七海が横から、友達追加のボタンをタップした。


「はいトーク画面開く!早くしないと、授業始まるよ」


 七海のプレッシャーを受けながら、浅尾さんへのメッセージを入力する。

 

『おはようございます、愛茉です。この前はありがとうございました。ラーメン美味しかったです』


 ……こ、こんな感じで良いのかな。

 だから何?って思われない?あ、敬語苦手って言ってたっけ。でも初めてLINEするのに馴れ馴れしいのも……って悩んでいたら、七海に送信ボタンを押された。うう、容赦ない。


「よし、あとは待つのみ。返事来たら教えてね」


 七海は妙に嬉しそう。……面白がってない?

 授業が始まるまでの数分間、チラチラ画面を確認したけれど、既読がつくことはなくて。授業中はスマホをバッグにしまっておかないといけないから、気になって仕方がなかった。

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