崩壊
『……できたあ……!』
それから一週間も経たずに、彼女は作品を完成させた。
『六花ちゃん、見て!』
作品を完成させたばかりの彼女は、興奮して私をキャンバスの前に立たせた。
『わ……!』
私は思わずため息をついた。
モデルになったのが、私の手だとは思えなかった。指にあったささくれも、皮の剥けた跡も、彼女はそのまま描いていた。それなのに、美しかった。私の手が自然な姿で、でもうんと美しい姿で、そこに存在していた。
『すごい、すごいよ仲島さん……!』
『えへへ、でしょー? 六花ちゃんのおかげだよー』
彼女はキャンバスに手をかけ、私を見て微笑んだ。あの可愛いらしい手に、色とりどりの絵の具がついていた。放課後の美術室に射し込む夕日が、絵の具と彼女の横顔を照らして、何よりも綺麗だった。
『……好き』
『ん?』
口が滑ってしまって出た言葉を、彼女は逃さなかった。
『何が?』
『……』
しん、と静寂が包む。美術室には二人っきりだから、逃れようがない。
私は覚悟を決めた。
『……私、仲島さんが好き。友達じゃなくて、……恋愛的な方で、好きなの』
一度言ってしまうと止まらなくて、その後は勝手に言葉が溢れた。
『絵描いてる仲島さんが、すっごく好き。絵の話してる時、嬉しそうな仲島さんが好き。私の名前を呼んでくれる仲島さんが好き。……仲島さんの笑った顔が、大好き』
『六花ちゃん、泣かないで』
六花ちゃん。……その声が、今まででいちばん弱々しかった。
彼女は戸惑っているようだった。私が、私も知らない間に泣いていたからだ。
『私……』
『六花ちゃん、……』
彼女は大きな目を潤ませて、言った。
『ありがとう』
『え……』
彼女は笑っていた。
『ありがとう。わたし、そんな風に褒められたの初めてなの』
私は呆然として、ただ涙を落とすだけだった。
『でも、……ごめんね』
彼女は、泣いていた。
『わたし、六花ちゃんのことはそういう目で見られない』
『そう、だよね……』
彼女の返事は、予想できた。それはそうだ。私と彼女は、ただの『モデルと絵描き』なのだから。
『ごめんね』
『仲島さんが謝ることないよ。分かってたから』
はっきり言われるとすっきりとして、私は笑った。でも彼女は笑っていなかったから、きっと歪んだ顔をしていたのだろう。
その後は覚えていない。彼女は美術室に残ると言ったので、私は一人で帰宅した記憶がある。
さらさらと、まるで川が流れていくように、私の恋が崩れていったことは確かだった。
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