完成

 手のモデルにされている私は、やることがなかった。彼女が描いていたのは私の利き手だったから、何もできなかったのだ。

 私はモデルになる間、ただひたすらに彼女の顔を眺めた。

 見れば見るほど、彼女は端正な顔をしていることが分かった。長い睫毛の下の目は、絵を描いている時だけぱっちりと開かれている。それが、私が話しかけると眠そうな目に戻るのだ。

 私は、いつの間にかその瞬間が好きになっていた。それと同時に、……彼女のことも好きなのだと自覚した。

 私は彼女のことを何も知らない。私よりも彼女と仲の良い人間は山ほどいる。私と彼女は、『モデルと絵描き』という関係だ。それ以上でもそれ以下でもない。同じ班なのにクラスで喋ることも意外と少なくて、友達という関係でもなかったかもしれない。

 でも私は、友達という関係さえも飛び越えたくなってしまった。その過程を飛ばしたい、とさえ思ってしまった。

『六花ちゃん』

『ん?』

『絵さあ、あと一週間でできると思う』

 絵の具で汚れた顔を綻ばせて、彼女は誇らしげに言った。

『……そっか』

 あと一週間。

 あと一週間で、この関係も終わりだ。

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