デッサン
私は一度断ったのだが、彼女の熱意と真っ直ぐな目に圧されて頷いてしまった。
そして、私と彼女の奇妙な関係が始まった。放課後になったら真っ先に美術室に向かって、彼女に手を凝視される。時折触れられて、私の手の形を確かめられる。彼女は、さらさらとスケッチブックに絵を描いている。しゃ、しゃ、しゃ、と、彼女の鉛筆の音だけが、美術室に響いていた。
彼女の手は小さくて、柔らかくて、温かかった。可愛らしい手だと私は思った。
でも、触れられるのは少し気恥ずかしかった。
『……あのさ、仲島さん』
どうしてもくすぐったい……というか居心地の悪かった私は、耐えられずに尋ねた。
『んー?』
『……どうして私の手なの?』
彼女は黒髪を耳にかけながら、くすりと笑った。
『だってわたし、
『……え』
その言葉が、私の心の何かをしっかりと掴んだ。
『六花ちゃんの手って、綺麗だよねえ。わたし、ずっと描きたいって思ってたの』
彼女はそう続けた。
彼女にとっては、何気なく発した一言だったのだろう。でも、私は違った。
心臓が、急速に高鳴っていった。
ありがとう、嬉しいな。そう言う選択肢もあった。
でも私は、『……そんなことないよ』と言ってしまった。『私の手、汚いから』と言ってしまった。
……間違いではない。当時の私は手のケアに力を入れている方ではなくて、乾燥する季節でもなかったのにあちこち皮が剥けていた。
でも、彼女は首を振った。
『六花ちゃんの手は、綺麗だよ。もう、切り取って保管しちゃいたいくらい』
『え』
『冗談だよ、冗談』
彼女は絵に目線を戻した。
その会話はそれっきりで、後から口に出すこともなかった。再び聞くのも、怖かったのかもしれない。
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