Ⅲ 国を憂う者
いったい、誰がこのような噂を流したのか? その犯人は考えるまでもなく明らかだ……そう。この私である。
政権中枢でプロパガンダや情報統制を仕切っていた私が流したのだから、それを拡散することなどわけのないことだ。
総動員と物資供出、それに経済制裁による景気の後退で不満の溜まっていた国民達は、この噂を聞いて一気に反体制派へと傾いた。
大統領一人の失策のために、このままでは自分達まで敵国に蹂躙される憂き目にあってしまう……各地で大規模な暴動が起こり、警察や治安維持部隊でも対処しきれないまでにそれは発展した。
また、絶えず作戦に口出しされた上、その失敗の責任をすべてなすりつけれてきた軍の高官達も大統領には味方しなかった……。
ついにはクーデターを起こし、暴徒達とともに大統領に迫ったのである。
結果、独り孤立した大統領は執務室で拳銃を咥えて自害。隣国のナチス化打倒を大義名分に掲げていた彼が、皮肉にもヒトラーと同じ末路を辿ったのだ。
取り立てられた過激派の連中は各々に逃亡を図ったが、最早、どこにも味方は存在しない。国際指名手配もされ、当局に捕まるか、でなければ暴徒化した民衆のリンチにあって、より凄惨な最期を迎える運命にあるだろう。
なんとも上手くいった。すべて、私の思い描いたシナリオ通りである……。
私は大統領補佐官ではあるものの、本当は熱烈な愛国主義者でも、ましてや大統領のシンパなどてもない。それはすべて、あえて演じていた偽りの姿である。
誰があんな無能で姑息な手段しか使えぬ、愚かな独裁者など支持するものか……。
私は幼い頃、ヤツとその仲間の汚職を暴こうとしていたジャーナリストの父母を、自動車事故に見せかけたやり方で暗殺された。諜報機関出身だったヤツにとっては、暗殺など朝飯前の常套手段だ。
独り残された私は孤児院を経て養子に入った後、猛勉強の末に最高学府を出ると、身分を隠して官僚になった。そして、大統領の熱烈な支持者を装って出世街道を邁進すると、大統領補佐官の地位にまで昇り詰めたのである。
独裁者の常として、身内の裏切りを恐れ、能力よりも自身への忠誠心で人事を行うヤツのお気に入りになることは、なりふり構わぬ私にとっていとも容易いものだった。
あのクソ野郎への復讐を果たせるのならば、プライドも何もすべてを捨て去り、完璧なまでのシンパを演じ切ってみせる!
こうして目論み通りヤツの懐へ入り込んだ私は、いよいよ復讐を開始した……いや、ただヤツ一人を殺すのではおもしろくない。ヤツとヤツに属するすべてのものを叩き潰してやるのだ。
そこで私は愛国主義者をなおも演じつつ、先ずは誇大妄想を抱く宗教家や思想家をヤツの周りにはべらせた。世界的な時代の流れから乖離させ、かつての大帝国復活を目指す夢想家になるよう、マインドコントロールを施すためである。
その一方、愚かな政策に苦言を呈してくれる、賢明なリアリスト達は反体制派と讒言して次々に遠ざけ、上層部をイエスマンと、ただ威勢がいいだけの頭の弱い過激派連中だけで固めてやった。
これでもう取り返しのつかない、愚かな一手を打ってしまう下準備は万事完成だ。
案の定、私が吹き込むまでもなく、イエスマンの取り巻き達に
耳障りのよいことしか言わない取り巻きどもに、侵攻は二、三日と要さずに成功すると信じ込まされて。
結果は、これまでの状況を見ての通りである。腐敗と汚職によって名ばかりの軍事大国となっていた我が国の軍は、真の軍事大国の支援を受けた隣国の反抗を前にして、その弱さを露呈することしかできなかった。
その実力のほどを知ると、我が国を頼りにしてきた独裁陣営の小国達もそっぽを向きはじめ、友好関係にあったC、I、Tの三国も次第に距離を取り始めた。
最早、ヤツの味方は無能なイエスマン達と、プロパガンダを鵜呑みにする無知な国民達しかいない。
私は最後の一押しにと、神経質なヤツの性格を利用して作戦に口出しさせる一方、軍の高官達に失敗の責任を取らせ、軍との信頼関係をも破壊してやった。
挙句、軍事の素人しかいないヤツと仲間達はとんでもない悪手を打ち、完全なる負け戦の末に、こうしてクーデターが起こるにまで至ったのである。
しかし、私の介在が多少なりとあったとはいえ、すべてはヤツ自身が招いたことだ。諜報機関あがりの割にはインテリジェンス能力に疎く、謀略で政敵を葬ることしか能のない不出来な小男が、分布相応な野望を抱いたが故の自然の帰結だ。
いや、自然の摂理による厳格な報いは、ヤツばかりかヤツが作り上げたこの国をも破滅の道へと突き進めた。
多くの働き手を失い、多額の戦争賠償金と経済制裁だけが残ったこの国の先行きは、なんとも暗いものになるであろう。
だが、愚かな国民達はプロパガンダを疑うこともせず、そんなヤツを支持し続けてきたのだ。そうした輩に同情してやる義理を私は持ち合わせていない。
ちなみにクーデターを起こし、次の独裁者候補となった者達の運命についても明るいものではないだろう。彼らもこの戦争に加担していたのは明白な事実。私は各国と密かに連絡をとり合い、彼らも戦争犯罪者として全員処分させる手筈を整えてある。
あとは内戦に突入するなり、小国に分かれるなり好きにするがいい……破壊なくして再生なし。腐りきったこの国には、一旦ぶっ壊さない限り未来は訪れないのだ。
さて、残るはこの私の身の振り方であるが、大統領補佐官の地位にいた以上、私もこのままこの国に留まることはできまい。祖国の行く末を見届けたい想いも少なからずあるが、復讐も果たしたことだし、あとは後進の愛国者達に任せることとしよう。
これまでの経験を踏まえ、民主主義陣営からは対独裁国家対策のオブザーバーとして雇いたいとの誘いが来ているので、とりあえずはそれに乗っかってみようと思う。
さあて、お次はおとなりのC国だ。すでに国内には、かつての私同様、密かに復讐の炎を燃やす反乱分子がそこここに潜伏している。
かの国の独裁者にも、あの大統領と同じ運命を辿ってもらおうではないか……。
(真の愛国者 了)
真の愛国者 平中なごん @HiranakaNagon
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