Ⅱ 悪手スパイラル
「ここはやはり伝統に則り、〝冬将軍〟に頼るしかありますまい。敵国のインフラを攻撃し、極寒と暗闇で士気を低下させるのです」
季節は厳しい冬を迎えようとしている……かつて、攻め込んできた大国を真冬の厳しさが撃退した故事にちなみ、過激派らの立案したこの作戦に起死回生の望みを託すこととなった。
国際法で民間施設への攻撃は禁止されているが、最早、なりふり構っている場合ではない。
「うむ。神がこの土地に与えたもうた〝冬将軍〟は、偉大なる我が国にきっと味方してくれよう」
最早、精密誘導弾は国防に最低限の数しか残っておらず、通常のミサイルも底を尽きつつあったが、そのなけなしのミサイルを大量に発射して、我が軍は敵国のインフラ施設破壊を全力で試みた。
まあ、これはそれなりの戦果をもたらした。敵国のインフラは大規模なダメージを被り、深刻な電力不足に陥ったのである。
ただし、当初想定していたほどの大成功というわけでもない……やはり精密誘導ができないために的を外すものも多く、また、民主主義陣営の提供した防空システムにより、ミサイルの半分以上が撃ち落とされてしまったのだ。
それだけのわずかな戦果で、なけなしなミサイルを使い果たしたことはかなり痛い。再びの作戦遂行は無理であろう。
そして、もっと想定外だったことは、〝冬将軍〟が我が軍にではなく、むしろ敵軍に味方したことだ。
電力不足で確かに暖房器具の稼働には苦労したようであるが、向こうには地の利があるし、民主主義陣営からの手厚い支援物資もある……民間人はもちろんのこと、前線の兵士達も士気を低下させることはなかったのだ。
逆に装備もろくに支給されず、前線に送り込まれた新兵達は惨憺たるものだった……充分な防寒着のない兵達からは膨大な凍死者を出し、また、戦線が膠着するかと思われたこの厳冬期、カチカチに硬くなった凍土を利用して、雪原をものともせずにまさかの敵軍戦車大隊が総攻撃を仕掛けてきたのである。
寒さで小銃の引鉄すら引けなくなっている中、降り注ぐ砲弾に兵達は蹂躙された。
この冬の戦闘だけで、これまでの戦死者を足し合わせても足りないくらいの甚大な被害を出すことになってしまったのだ。
インターネットの発達したこの時代、いくら情報統制をしたところで、ここまで大規模な被害を隠し切れるものではなく、国内では一気に政権批判が活発化し始めた。
特に子供を戦場へ送っていた父母の怒りはそうとうなものだ。国民の一斉放棄もあながち絵空事ではなくなってきている。
「こうなれば、アレを使うしかありません……小型の戦術核を使って、我が軍の優位性を取り戻すのです!」
まさに内憂外患。度重なる作戦の失敗に追い詰められ、最早、他に打つ手なしとなったこの状況下で、ついにその禁断の兵器使用を強硬化の者達が求め始める。
「い、いや、しかし、さすがにそれをしては他国の参戦を招きかねん。それに核の応酬になってはそれこそ人類が滅びるぞ?」
追い詰められたとはいえ、まだ多少の理性は残っているのか? さすがに大統領もその使用には腰がひけている。
「おそらくは大丈夫かと。こちらには撃てても臆病な民主主義陣営が使うことはできないでしょう。それに参戦を臭わすのもハッタリです。なに、敵の殲滅が目的ではありません。小規模な爆発で我々の本気度を見せれば、敵は必ず講和に乗ってきます。後はこちらに優位な条件で停戦に持ち込めば、国内に向けても一応の勝利宣言ができるかと」
そこで私も強硬派の意見に便乗し、この危機的状況を覆すことのできる、最後に残されたカードを切るよう大統領に提案した。
「うむ……最早、残された手はそれしかないか……ただし慎重にやるのだぞ? まずは敵軍が使おうとしていると偽情報を流し、表向きは向こうが使ったことにしよう。さすれば、一枚岩ではない各国の世論を分断し、全世界からの批判も回避できるだろう」
強硬派と私の説得に、大統領も偽旗作戦の条件付きで、いよいよその禁断の一手にGOサインを出した。
数日後、敵軍の核攻撃準備への懸念を主要各国に伝えた後、敵が奪還を試みていた占領地の要衝へ、前線には秘密にして小型戦術核弾頭搭載ミサイルを撃ち込んだ。
だが、結果から言えば、当然のことながらそれは最低最悪の悪手だった……。
戦果はわずかに、前線にいた小規模部隊を我が軍の兵士道連れに壊滅させたのみ。無論、これまで嘘ばかりついてきた我が国の偽情報など誰一人として信じる者はおらず、この切り札で得られたものといえば、人類史上最も恥ずべき国家という嘆かわしい汚名ばかりであった。
いや、そればかりか以前から警告されていた通り、欧米を中心とする多国籍軍が一挙に戦地へと押し寄せ、一日とかからずに我が国の軍は文字通りに壊滅させられた。
また、国連においてもほぼ全会一致で非難決議がなされ、さすがに今回はC、I、Tの三国も我が国を庇うことはなかった。
これに対して強硬派は即時の核攻撃による報復を訴えるが、時を同じくして我が国の内部ではある噂が流れ始める……。
万が一、再びの核兵器使用を意図した場合、そのミサイル基地並びに搭載潜水艦に対して、民主主義陣営による先制核攻撃が行われる準備がすでに整っているというものだ。
また、そうでなくても占領地を奪還した多国籍軍は、一両日中には我が国内への進軍を開始するという……。
それを回避するための条件はただ一つ。現政権を国民自らが否定し、大統領とその取り巻き連中を戦争犯罪者として引き渡すことだ。
情報統制が厳しい我が国にあっても、なぜかこの噂は瞬く間に国の隅々にまで行き渡った。
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