真の愛国者

平中なごん

Ⅰ 耳障りの良い声

「──ええい! なんと不甲斐ない! どいつもこいつも……なぜ、わしの言う通りにできんのだ!」


「今回の大失態、誰かに責任を取らせねば示しがつきません。とりあえず総司令官を更迭しましょう……これで三人目ですが……」


 ここはR連邦大統領府の執務室。そうとうに苛立ち、忙しなく室内を歩き回る大統領に私は冷静な助言を与える。


 大統領が苛立つのも無理はない。またも我が国の軍は大敗を決し、併合したばかりの占領地を放棄して大幅な撤退を余儀なくされたのだ。


 今回のは特に酷かったが、我が軍の敗走は何もこれが初めてというわけではない……半年あまり前から始めた特別軍事作戦は、その初戦の時からうまくはいっていなかった。


 長きに渡る独裁政権が汚職と腐敗を蔓延させ、話に聞いていたような軍の近代化と最新鋭兵器の開発はなされておらず、大量にあるはずの装備品も横流しにより消え失せていたのである。


 一方、ナチス化を理由に攻め込んだ隣国は、この事態の発生を前々から予測しており、民主主義陣営の大国から専門家を招き入れると、着実に軍の改革を推し進めていた。


 結果、時代遅れの我が軍は待ち構えていた隣国軍の餌食となり、一時的に占領地を拡げはしたものの、その後は友軍戦死者の山を累々と築きながら、敗退を重ねるだけとなったのである。


 その上、この軍事作戦を非難する主要国からは経済制裁を食い、今のところ日常生活には支障をきたしていないものの、必要な資材が手に入らないために新たな兵器製造もできなくなっている。


「わかった。では、総司令官をまた変えるか。より忠誠心が強く、わしの命令を忠実に実行してくれる者を後任に当てるとしよう……」


「ですが、司令官を変えたところで事態の好転はさほど望めません。もっと抜本的な対策が必要です。ここはやはり、国民に総動員令を発し、挙国一致の戦時体制を敷くしかないでしょう」


 総司令の更迭案を飲んだ大統領に、私は愛国主義者の大統領補佐官として、我が国勝利のためのさらなる改善策を提案する。


「総動員令を!? いや、しかし、それでは世論の反発を招きはしまいか? それに〝特別軍事作戦〟とずっと言ってきた手前、戦時体制を敷くのはこれが戦争・・だと認めることになってしまう……」


 だが、さすがにこの踏み込んだ案には大統領も躊躇ためらいを見せる。確かにこれは諸刃の剣といえる苦肉の策だ。


「今やそんな悠長なことを言っている場合ではありません。まだ国民には知らせていませんが、前線では大量の死傷者を出し、兵の数が圧倒的に足りていないのが実情です。それに兵器も枯渇し始めています。輸入ができない以上、国民からの供出で賄う他ないのです」


 そんな、自身の支持率低下を恐れ、なかなか決断のできない優柔不断な大統領に、私は現状を明らかにして説得を試みる。


「なに、国民は皆、国家と大統領閣下を厚く支持しております。この国のためにならば喜んで軍事作戦に協力することでしょう。それでもご心配というのなら、動員逃がれや批判をする非国民は即刻逮捕して、反体制派の芽を摘んでしまう法令も整備するればよい……最早それ以外に、我が軍の苦境を覆す手立てはありません」


「うむ。そうだな……よし。では、今夜、緊急会見を開いてその旨を伝えよう」


 こうして私の提言に背中を押され、大統領は総動員令を発するとともに、本格的な戦時体制への移行をついに決断した。 


 だが、これが思わぬ結果をもたらすこととなる……。


 徴兵されることを嫌った大勢の国民達が、大統領会見の直後から一斉に国外逃亡を始めたのだ。


 その数、ゆうに一万人以上……徴兵を拒めば即逮捕とあって、最早、国外へ逃げるしかないと踏んだのであろう。


 他方、この動員令に反発し、逆に逮捕も恐れず堂々と政権を批判する者もチラホラと現れ始めている。


「話が違うではないか! どうするのだ!? これでは国民の支持を失うぞ!」


「大統領への責任追求がないよう、総動員令は国防大臣の発案だったことにしましょう。それにもっと締め付けが必要です。逮捕した非国民達をそのまま徴兵して、即戦地へ送り込みましょう。それを見れば、もう政権批判をする者もいなくなるはずです」


 思惑が外れ、またも情緒不安定になる大統領を、私はそう言って教え諭す。


「う、うむ。そうだな。早々に対応を頼む」


「なあに、これで我が軍の人員不足は解消されました。今後は反対攻勢に出れるはずです。そうだ! 向こうが勢いづかないよう、投入は早ければ早い方がいい。訓練など現地で行えばいいのですから、集めた順にすぐさま向かわせましょう」


 私は真の愛国主義者として、大統領が弱気にならないよう、そんな楽天的な言葉で彼を勇気づけてみたのだが、国内の政権批判は表向き沈静化したものの、国外逃亡者の数は以前増加の一途をたどっていった。


 それに反比例して、前線に大規模投入した新兵達はまったく役には立たず、戦死するどころか敵前逃亡する者までが相次ぎ、せっかく取った占領地は日に日に狭まってゆく一方だ。


 また、どこから漏れ聞こえたのか? 極秘にしていた新兵の戦死が国内へも伝わると、政権への批判もまた再燃し始める。


「大統領! このままでは我が国が立ち行かなくなります! 国民の一斉放棄だって起こりかねません!」


「世界からも孤立し、兵器製造する材料も手に入らない有様……残念ながら、特別軍事作戦はすぐにでも終了すべきです!」


 さすがにこうなると、政権内部からも大統領の決定に異を唱える者が現れ始める……私に言わせれば、なんとも忠誠心の足りない軟弱者達だ。


「大丈夫ですよ、大統領。そんな反国家的な思想を持った輩は、騒ぎを起こす前に率先して最前線へ送り出せばいい。弾除けとして使うのにはおあつらえ向きです」


 そんな、要らぬことを吹き込もうとする不忠者達を、私は正面切って論破してゆく。


「それに孤立などしていませんよ。さすがに兵器供与まではしてくれませんが、以前C国とI国、T国の大国三つが我が国側にいます。今後、物資の供出が進めば、兵器を造る材料に困ることもなくなるでしょう……我が国の兵器が枯渇するなど、民主主義陣営の流したプロパガンダです!」


 そして、不安な面持ちを浮かべる我が大統領を、またも楽天的な言葉で叱咤激励する。


「そのような弱気な発言をするとは……もしや、あなた達は敵方と内通しているのではありませんか?」


「なに! それは真か!? 衛兵! こやつらの身柄を拘束し、直ちに情報局へ連行しろ!」


 さらにはその疑惑を大統領に伝え、諫言する者を周囲から遠ざけると自宅軟禁に処してもらった。これ以上、大統領の心を惑わされては何かとやりづらくて溜まらない。


「軍のやり方は生温い! より強力な挙国一致体制を構築し、いかなる手段を以てしても敵兵を殲滅すべきだ!」


 一方、まったく逆の立場から、中途半端な政府の方針を批判する者達もいる……こうした輩は、優柔不断な大統領を支えるのに大変心強い味方だ。


「大統領、彼らこそ真の愛国者です! 軟弱者の非国民に代わり、彼らを政権運営に加えるべきです!」


 そこで私は彼らを率先して推挙し、大統領の周りを過激な戦争支持者達で固めた。これでより大胆な作戦を断行することができるだろう。


 慎重な大統領も、さすがに彼らの言葉を受け入れざるを得ない……なぜならば、ますます我が軍は敗走につぐ敗走を続けていたからだ。


 無理もない。兵士の大半は戦闘経験のないど素人であり、いくら物資の供出を国民に強いたところで最新鋭の兵器が作れるわけでもなく、前線に補充される装備すらおぼつかない状況なのだ。倉庫の奥から引っ張り出してきた、旧式の骨董品が与えられるのならばまだいい方である。

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