第2話

 翌朝、自転車のカゴにカバンを放り込んで、家を出る。昨夜は飯島さんの言ったことを少し考えてみたけれど、かわいい子にもそれなりの悩みがあって、例えば同性に嫉妬されたり、変な男に付きまとわれたり、結構生きにくいこともあって、多分そういうたぐいの何かだろうと思うことにした。

 なにより飯島さんは感じが悪かった。ぜんぶ私の想像だけれど、たぶん私は卯月ちゃんが気に入ったのだろう。すでに頭の中ではファーストネーム呼びだし。

 そんなことを考えていると、学校まではあっというまで、門からは自転車を押して駐輪場に向かう。

 まだ二日目ということもあって、慣れない場所にまごまごしてしまう。玄関でも迷って自分の下駄箱を探すのに苦労していると、おはよう、と声を人かけられた。

 顔を上げると、眠たげな顔の美少女と目があう。

「あ、卯月ちゃん、おはよう」

 と、言ってしまってから、下の名前を呼んでしまったことに気づいてあわてた。

「あ、んーと、渡部…何さんだっけ?」

「あおい。ひらがな」

 私は恥ずかしくなって、勢い込んで、名前を告げる。

「あ、そう。おはよう、あおい」

 なんという適応力かと私は思う。いや、適応かな。

「いや、ごめん、いきなり」

 私は謝るが、彼女は何のことかという顔をしている。

「私、あおいに追い抜かれたよ」

「え?」

「自転車だから、さーっと行っちゃった。声かける暇もなかった」

 卯月ちゃんのことを考えていたら、なんと本人を追い越していたらしい。気づいてたらおりて一緒に歩いたのに。でもそうすると咄嗟に名前を呼ぶこともなかった訳で、これは結果オーライなのか。

「あおい、自転車こぐのが様になってるね」

「それ褒めてるのかな?」 

 どういう意味だと、私は顔を近づける。そうしたら、なんだか卯月ちゃんの香りみたいなものが感じられて、ちょっと照れた。

「褒めるというか、うん、凛々しかった」

 ますますわけがわからないけれど、自転車というワードさえ外せば、様になってるとか凛々しいとかなので、悪口では無いだろう。

「なんていうか、後ろに乗せて欲しくなったよ」

「彼女だったら乗せてあげるんだけど?」

 彼女の感性に巻き込まれて私もついついおかしなことを口走る。でも、凛々しい彼女、欲しがらないかな?

「まだあおいのこと、よく知らないからなあ」

「え? そういうことなの?」

「いや、どうだろう」

 なんていうか、どこまで本気なのかわからない感じだ。と、そこまで話して飯島さんのことを思い出した。この感じで人を傷つけるようなことが言えるのだろうか? もしかしたら、この話し方が気に障る人もいるかも知れない。けれど、それはやや心が狭いのではないか、そんな気がした。

 卯月ちゃんに悪意や底意があるようには思えないし、こういう感じ方をする子なんだと思えば、どちらかというとおもしろいと思う。

 あの人、逆恨みかなんかしてるんじゃないのかなと少し腹立たしい気すらする。

「あおい、早くしないと」

「ああ、うん」

 我に帰って、上履きに履き替える。

 とりあえず、あの人の事は忘れよう。

 


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百合歩き 少覚ハジメ @shokaku

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