百合歩き
少覚ハジメ
第1話
高校の入学式、正面玄関を入った先にクラス分けが貼り出されていて、制服のブレザーにあふれる中に紛れて、自分の名前を探す。渡部岬。私の名前は1-Cのところにあった。中学が同じだった人の名前もチラホラあって、けれどそれほど親しはなかった人の名前ばかりで、友達づくりから始めるのかと思うと、少しめんどくさいような気がしたけれど、どんな人たちに会えるのだろうという、期待もなくはなかった。
教室に向かって歩き出すと、階段を上ったところで左右に人が別れ、私は右側すぐの教室に入る。黒板には席順が貼られていて、どうやら出席番号順になっているらしいとわかる。私は渡部だから、こういう時はだいたい後のほう。もっと言えば「わをん」しかないので、たいていは最後尾になるし、実際そうだった。
私は席に座って、教室の一番後ろから、もうすでに席についている人、これから席につく人をながめやる。これからの学校生活で一番近しくなる人たちの候補だ。いや、できるよね、友達、とじゃっかん不安にならないでもないが、別に私は、そこそこ人に合わせられる方だし、そこそこに普通だし、まあそこそこうまくやれるだろう。
ちょっと時間がたって、そろそろ席も埋まり始めた頃、入ってきたひとりの生徒が私の目を引いた。まず目に飛び込んできたのは、ちょっと小柄で細身の身体に乗っている、小さくてバランスの良い白皙の顔と、少し眠そうな、けれど大きな目。唇はつややかで、ちょっと小さくて、ツンとしていて、少し不機嫌そうに見えなくもない。髪も瞳も高級そうな黒で少し紫がかっているようにも見える。
その子は、まっすぐこちらに歩いてきて、私の隣の席を確認して、ついでに私の方もちらっと見て、よし、というふうにイスを引いて座る。座るとちょっと机に身を預ける感じて前屈みになって、今にも眠りそうな姿勢になった。
なるほど、この子が古田さん。古田卯月。席順表で確認済みの、隣の席の人。こんなかわいい子が隣にくるとは思わなかったので、少しへえ、って思う。きれいと言ってもいい気がするけれど、眠そうな目が、どちらかというと小動物っぽくてかわいい。保護欲をかき立てられる。私は、すっかり気分が良くなって、この子とは絶対仲良くなろうと心に決める。人に興味もつのは、ささいな理由からだ。古田さんは、外見と仕草がかわいい。それだけで十分だろう。
そのうち、担任らしき女性が教室に入ってきて、挨拶と自己紹介を始める。その間も、私は横目で古田さんを盗み見している。彼女は聞き流しているような感じで、担任の方をしっかりと見ているわけでもなくて、じゃっかん姿勢は正したものの、私と同じく早く終わらないかなという感じだ。
入学式というのは心が躍る反面、退屈な行事でもあり、不安でもある。不安の方は古田さんのおかげでだいぶ解消されていて、私は早くも友達になったかのような気分になる。一言も話していないのに。だけど、仲良くしたいと思うきっかけなんて、本当につまらないことが多くて、雰囲気が良いから友達になりたいなんて、まだ動機がしっかりしている方じゃないだろうか。
入学式はつつがなく終わり、色んな、どうでも良い人たちから祝福されて、胸に花をつけたまま教室に戻ってきたころには、クラス中に開放感があふれていた。私も開放感を味わっているひとりで、古田さんは伸びをしている。
「古田さん、きれいな髪だね。どこ中?」
私は、前後のつながらない言葉をかける。
「本町中。渡部さんは?」
名前は把握していたらしい。一応、誰が隣かくらいは覚えているようだ。本町ということは、街のほうの人なんだ。
「私は川澄」
「遠いね。自転車?」
「そう、自転車。徒歩組がうらやましいよ」
川澄は隣町との境に近い。おそらく川が流れているので川澄。澄はどこからきたか知らないけれど。
「まあ、私もそんなに近くはないんだけど。ギリギリ自転車登校できないくらいのところ」
じゃあ、もしかしたら帰り道は同じ方向かも知れない。古田さんは、自転車登校を心底うらやましがっているようで、なんだかおもしろい。ギリギリと言うことは、だいたい1kmは歩くんだろうか。それはちょっとだるいなって思う。
「うしろ、乗せてあげようか?」
「初日からそういう目立つのはどうかな」
もちろん、言ってみただけ。でも私もそう思うし、初対面の人の自転車でいきなり二人乗りしたいっていわれたら、むしろ本気だろうかと思うだろう。話をふったのは私だけれど。
やがて担任が弛緩しきった空気の中で、本日はこれで終了です、と告げる。明日は一日ホームルームの時間だそうだ。
下駄箱まで古田さんと一緒に歩いて、また明日と別れた私は駐輪場に向かう。今日のことを反芻して、まずまずのできだったのではと自分に及第点を付ける。
自転車のカギを外していたら、「ねえ」と声をかけられた。
「古田と一緒にいたでしょ?」
あまり友好的ではない口調だ。いきなりなんだろう?
「あの子、中学で私にひどいことしたの」
なんだ、一方的に。おもしろくないから、牽制の意味を込めて「あなたは?」と名前を聞いてみた。
「中三の時、同じクラスだった飯島」
「なにをされたの?」
気にはなる。古田さんとひどいことが繋がらない。
「それは、あなたがこれからも一緒にいるならわかると思うけど…。あの子おかしいから、あんまり関わらない方がいいよ。何人か被害にあってるし」
飯島さんは、これ以上いいたくないというか、いうべきことはいったというか、とにかく話はここまでという感じで、苛々しているようだ。
私は、今日一日にケチをつけられたみたいで、とても不快だった。
明日、聞いてみようか。そう思ったけれど、なんだか聞かない方がいいような気もした。
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