7 ヘルロンの洞窟 ③
4人はこの話を整理した。まず、大蛇は、元々は普通の蛇、もしかすると、元からそれなりに大きかったのかもしれないが、何者かの魔法により巨大化させられた。そして、その何者かは常にこの蛇の行動を監視している。
噂によるこの蛇が危険だというのは嘘だ。この蛇自身がそのように危険なのではなく、それを操る危険な者が背後に隠れているのだ。
それに気付いた、ないしは知っていたある人は、この蛇を退治したいが自分の力では及ばないかもしれないと考えた。そして、その人物はルーカスたちを利用した。
どうしてこの蛇を倒す必要があるか。それは、この蛇を残しておけばいつか爆発し、前世が消え去るから。ということは、ルーカスたちを利用したのは前世にいる人物。そう、ほぼ間違いなく井戸の奥にいたヘッセル・バンだ。どうして彼がこの蛇のことを知っているのかは不明だが、この時点において、ルーカスたちには彼しか思い浮かばなかった。
これまでも何人かがここに来たのだろうが、この操られた蛇が意外にも強力なため、誰も生還していない。だから超危険生物に認定されたのだろう。
もっとも、哀れな蛇であることは間違いない。マージに魔法で操られ、その力だけが有名になった。
この蛇自身の境遇を知っている者はほとんどいないだろう。そのために、この蛇は何度も戦わざるを得なくなった。
「ここでこの蛇と戦うのは私たちの本意じゃないわ。入ってきた道を探して、一旦洞窟を出よう」
ルーカスの言葉で4人が来た方向に振り向いた直後、足元に巨大な影があることに気が付いた。
「ちょっと待ちなよ、君たち。帰るなんて、そんな面白くないことしないよね?」
明らかに先ほどの口調とは違ったが、すぐにあの大蛇の声だとわかった。
「あなたは誰? どうして蛇にわざわざ魔法なんてかけたの?」
ルーカスは振り返った。他の3人もそれに続いた。
「現代魔法研究所に来るとなれば、南側からとすれば大抵の人間がこのヘルロンの洞窟を通るルートで来る。そこでだ、面倒なやつは研究所に来るまでに消してしまおう、っていう策だ。ついでに、前世の時限爆弾の設置もしておいた、ってところだ」
「現代魔法研究所……。どこにあるの?」
「あ? そんなこと教えてあげないよ。お前らはここで死ぬ運命なんだから」
すると、突然大蛇が口から青い炎を吹きつけた。
「この炎、熱くないぞ?」
ベンは炎を身軽に躱したが、地面で燃えている炎を見つめながら言った。
「気を付けて、ベンくん。これを見て」
ユーが自分のローブの裾を見せた。炎が付いて燃えた部分は、跡形もなく消えていた。
「一度火が付いたら、そこの部分が消えるまで燃えるみたいだよ。燃え広がりはしないみたいだけど、かなり危険だ」
そう言っている間にも大蛇は炎を吹き出し続けていた。
このままだと、逃げるのに精一杯で、疲れた頃に全滅するだろうと、ルーカスは内心穏やかではなかった。
現状において、炎に当たらないように逃げることはできていたが、体力を消耗する。長くは続かないだろう。
ベンがフィーレを蛇に向かって何重にも繰り出した。しかし、大蛇はそれに気が付くと、すぐに青い炎を吹き返した。瞬く間に、赤い炎は完全に青い炎に呑まれてしまった。
次に彼はアテールを青い炎に被せた。しかし、アテールは生活を対象にした魔法だ。全力で使っても、青い炎は消える素振りも見せなかった。
「このままだと全く歯が立たねえ」ベンが叫んだ。
「そうね。来ない方がよかったかも」
ルーカスが炎を避けながら答えた。彼女のいた場所の地面は、燃えて空洞になっていた。
「だったらどうするんだよ。タイミングを見計らって逃げるか?」
「うまく行くかな……」
「けど、だからってどうする? 炎に当たらないように逃げているだけで精一杯だぞ」
「待って」
ユーが突然声を上げた。
「それはつまり、この蛇を殺してしまう、ということ?」
「気は進まないけど、そうする以外どうするの?」
「わからない……。けど、きっと何か他の方法があるんじゃないかな」
「じゃあ半殺し?」
そう言ってルーカスは、フォトンで1本のナイフを蛇の目に向けて飛ばした。
ナイフは蛇の目玉に突き刺さり、巨大な雄叫びが洞窟中を響き渡った。それが致命傷にはならないだろうが、動きを封じる手段となる。
「やった。あとはもう片方を……」
「ちょっと待ってよ、ルーカスちゃん。本当にそれでいいの? さっきは戦わない、って言ってたじゃん」
「でも、今の敵は単なる蛇じゃない。ユー、あなたは他の策を持っているの?」
「ないけど……」とユーは俯いた。
「だったら、仕方がないからこれで決まりよ。なんとかしないと、私たち自身がやられてしまう。裏にいる誰かのせいで、確かに気の毒ではあるけど、放ってはおけない」
ルーカスは残り2本のうちの1本のナイフを取り出した。
「ルーカス! 俺がこいつの気を引くから、その間に右目もやってくれ! 両目を奪えば、俺たちの勝ちも同然だ!」
ベンが大蛇に向かって炎を放ったが、蛇はそれを軽々と避けてしまった。ただし、それはそれでよかった。蛇がそちらに気を取られている隙に、ルーカスの飛ばしたナイフが目の前にあった。
蛇は顔を振って避けようとしたが、その必要はなかった。
ナイフがいきなり進路を変えると、蛇の顔を掠めることもなくずっと遠くまで飛んでいったのだ。
「えっ?」
ルーカスは無力になったナイフの軌道を目で追っていた。
「ごめん、やっぱり違うと思うんだ」
ユーが空間を切り取っていた。
問題はその後すぐに起きた。両目を失うことを免れた蛇が炎をルーカスに吹きかけたのである。そのとき彼女は自分のナイフが別方向に飛んでいったことに気を取られていて、蛇の動きに全く気が付いていなかった。すぐにベンが叫んだが、逃げるのが遅れてしまった。
彼女の右足の膝から下にかけて、青い炎が上がっていた。彼女は気が動転してその場に倒れ込み、立ち上がれなくなった。
すぐにベンとアオイはルーカスの元に走っていき、アオイは彼女を抱き抱え大蛇から離れた。
「どうしてあんなことをした? お前があんなことしなかったら……」
しかし、彼らとは離れたところに立つユー自身も気が動転していて声が出ずにいた。しかし、ベンがそれを許すはずがなかった。
「おい! なんとか言えよ! お前があんなことしなかったら……。せっかくここまで来て、多少は後世へも近付いてきたかもしれないっていうのに、やめてくれよ――俺たちの努力をさあ、無駄にするなよ!」
ベンの目からは無意識かもしれないが、涙が溢れていた。
「ごめん……」
ユーは小さく呟いたが、ベンの気持ちは変わらなかった。
蛇がこちらを向いて今にも炎を吹き出しそうだったが、彼は動かなかった。
「――そんなに後世に行きたくないのなら、ここで死ねよ」
ベンが歩み寄り、ユーの肩を掴んだ。
「や、やめてよ」
「お前、ルーカスが足を失ったことを理解していないのか? 陽気な奴だな。俺は全くもって冷静でいられないんだけどな」
「ベンくん、逃げて!」
アオイの叫び声が聞こえ、ベンは炎が自分に近付いていることに気が付き、その場から離れた。ユーもそれに合わせて炎を躱し、付近にあった細い洞窟に向かって走っていった。
「ここを進むと外に繋がっているかも。ごめん、君たちがその気なら、……僕はここから出るよ」
「ちょっと待てよ!」
ベンは叫んだが、ユーの姿はすでになかった。
「ルーカス、大丈夫か?」
ベンはルーカスの元に駆け寄った。
「大丈夫、ではないわ。燃えてしまった部分は、きっともうすぐ消えてしまうだろうし……」
ルーカスの目は黒曜石のようになっていた。
アオイはただ彼女を抱き抱えるだけだった。
「もし、足を失ったらどうしたらいいんだろう……。私は後世に行けないかな……。2人は行ってね……」
「大丈夫だ、なんとしてでも後世に行こう。大丈夫だ」
ベンは微笑みかけたが、彼女に笑みは通じなかった。
「医療魔法に復活させる、とかないのか?」
「ううん、ない。でも、もしかすると特殊魔法であるかもしれないけど」
「そうだ、それだよ。特殊魔法にあったはずだ」
ルーカスは顔色を変えなかった。
「とにかく、俺がこの蛇をどうにかするから、アオイ、ルーカスを頼んだぞ」
そう言い残して彼は立ち上がったが、ルーカスはすでに最後のナイフを袖口から滑り出し、手に持っていた。
「フォトン。……私がやるから」
ナイフが宙に浮かんだ。彼女の手から血が流れ出す。
「おい、本当かよ」
だが、彼の言葉は虚しく、次の瞬間、彼女のナイフは蛇の右目を仕留めていた。
「おい……」
彼は、目を失い炎を吹いて暴れまわる蛇を見た。
「あいつがあの状態のうちに、早いところここから出よう」
ベンはルーカスの方を見た。彼女の足はつま先からゆっくりと消え始めていた。
「すまない、俺があいつを止められなかったせいで……」
ベンは俯いた。しかし、ルーカスは彼のローブの袖を掴んで言った。
「ベン、あなたのせいじゃない。とにかく、今は早くここから出ましょう。また炎に当たったら次は死んでしまうかもしれない」
ベンは「そうだな」と呟き、彼女を抱き上げた。
「さあ、アオイも。早く出よう」
3人は暴れている大蛇を後にして、ユーが出ていった方向とは別の方向にある小さな穴からその場を去った。
狭い洞窟を進んでいくと、大蛇の姿は見えなくなった。
「ユーの奴め。次会ったときには……」
「やめて、ベン」
ベンは驚いてルーカスの方を向いた。
「必要なら私が自分でするから」
「お、おう……」
そういうことか、と心の中で思いつつも、彼は彼女の言うことを素直に聞き入れた。
気持ちはわからなくもない。きっとルーカス自身も何か思うことがあるのだろう。などと、彼は勝手に理解していた。
気が付けば、彼女の右足は膝まで消えていた。炎はもうなかったが、それと同時に彼女の足もなくなったのだ。ただ、驚くことに、血は全く出ておらず、傷も見当たらなかった。膝から下が本当に消えただけのようだった。
暗く、細い洞窟だったが、3人は誰もフィーレを使わなかった。暗さに目が慣れてきたとき、アオイとベンはルーカスの状態を知った。わざわざフィーレを使う必要などなかった。
暗闇の中で、時間は静かに流れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます