8 ウラノン城(一) ①
結局、ルーカスたちはヘルロンの洞窟で何をしたのか。
何も悪くない、ただ魔法によって巨大化させられた大蛇と戦い、ルーカスは右足の一部を失い、ユーはどこかに去ってしまった。
何もいいことはなかった。
どうしてこんなことになってしまったのか。
まずは、ヘルベルト・ルイスの書斎で出会ったあの男、ヘッセル・バンだ。あの男はなぜ彼女たちにあの大蛇と戦うよう言ったのか。
ヘッセルは、あの蛇がいつか前世を破壊するとわかっていた。そして、現代魔法研究所に操られているということもわかっていた。
前世に落ちてきた彼は、その蛇により自分自身も危険であることはわかっていた。だが、現代魔法研究所という組織を敵に回すことを躊躇った。そこで、たまたま通りすがりの彼女たちに処理させた、というところだ。
したがって、彼女たちは、知らぬ間にあの男のコマとなっていたわけだ。
しかし、すべてが悪かったわけでもないかもしれない。
「ここ、どこ?」
何度も寝て歩いてを繰り返してきたところで、アオイが歩き回りながら言った。一方で、ベンが怪訝な顔をしたのは、ここしばらく全く景色は変わっていなかったからだ——常に暗闇だったのだ。
「どこって、洞窟の中だろ」
「そうなんだけど。なんだか……」
アオイは歩いて暗闇の中に消えたかと思えば、何かを叩き始めた。
「なるほどな。ずっと同じ洞窟の中を歩いていたかと思えば、実は別の場所に来てしまったわけか」
話し声が遠くまで響いた。もうあの大蛇の唸り声が聞こえないことを考えると、ずいぶん遠くまで来たようだ。
「とにかく、先に進んでみるか。どこに繋がっているのか気になるし」
ベンの提案に2人は頷いた。引き続き、ルーカスはベンが背負った。
「しかし、ここの外はどの辺りなんだろうな。全く検討がつかない……」
ベンに対して、アオイは少し先を歩きながら答えた。
「心配することはなさそう。耳を澄ませてみて」
アオイの言うとおりに、ベンは歩くのを止め耳を澄ませた。
遠くから、何やら軽快な音が聞こえてきた。祭りだろうか。人々の声も聞こえる。酒を飲んでいるような雰囲気だ。
「何かありそうだ。行ってみよう」
そうして、再びしばらく歩いた後、上部からわずかながら光の差し込む場所があった。先ほどの軽快な音が最も大きく聞こえる場所でもあった。
そこから顔を出して外を見てみると、あちこちにたくさんの人の姿があった。酒を飲み、歌を歌う者もいれば、カードゲームをしている者もいる。何かの宴だろうか。
洞窟に戻った3人は、顔を見合わせた。
「ここに紛れ込めば、食料は確保できそうだな」
「そうね。でも、どうやって入る? ここからじゃ、すぐに気付かれちゃう」
「とりあえず、もう少し歩いてみるか。そうすれば別の出口があるかもしれない。こんな場所からじゃなくて、きっちりとした入口から入る方がずっといいからな」
そうして、一行はまた歩みを再開した。
少し進むと、再び上から光の差し込む場所があった。
「ここならどうだ?」
そう言って、ベンは外を見た。
「さっきの建物の外だな。ちょうどあっちに建物が見える。……城のようだな。とりあえずここから出て、あそこに行ってみるか」
そうして、この狭い穴から3人は外に出た。
「……ここはどこなんだろうな」
「随分歩いてきたね」
アオイはもう疲れ果てた様子だった。
「俺が中の様子を見てくるから、ここで待っていてくれ」
そう言ってベンは立ち上がり、城と繋がっていて宴が催されている建物の方へ歩いていった。
窓から中を覗き込むと、ざっと見積もって30人程度の人々が酒を飲んでいた。壁際の足元には、先ほど彼らがいたのであろう穴が、多数の大きな壺の間に垣間見える。——なるほど、あそこなら床の穴に気付くのは困難だろう。
次に彼は、隣に繋がる城の周囲を回ってみることにした。見上げるほど巨大で、ところどころ護衛兵が立っている。小さな丘にはなっているが、これほど開けた場所に城を建てるというのは珍しく、前世に落ちてきてそうなってしまったのかもしれない。実際のところわからないのだが。
彼はアオイたちのところに戻った。
「間違いなく、さっき見た場所だったよ。とりあえず、まずはしばらくこの辺りで休んだ方がよさそうだな。疲れた顔してるぞ。俺も……随分疲れた」
3人は再び洞窟に戻った。
ベンがアオイの横に寝転がった。
「おやすみ」
眠気に加え、アオイが横から甘い声で言ったものだから、すぐにベンはその声に誘われて寝てしまった。
◇◆◇
次にベンが目覚めたとき、ルーカスは寝ていたがアオイは起きていた。
「すまん、先に寝てしまった。アオイも寝るか?」
「ううん、さっき少し寝たから大丈夫。それより、さっきの穴にちょっとだけ行ってみたけど、随分静かになっていたわ。きっと、宴が終わったのよ」
「本当か? 部屋の様子を見てくる」
ベンは立ち上がり、歩き出そうとした。
「あ、そうだ。もし本当に宴が終わっていたら、城の中に入ってみよう。城となれば、もしかしたらルーカスの足を取り戻せるかもしれない」
「そうかも。お願いしていい?」
ベンは再び先ほどの部屋の様子を見に行った。
そっと部屋の内部を覗き込むと、すでに部屋には誰もいなかった。アオイの予想どおり、宴は終わったようだ。
ベンは次に城の周りを歩き回った。兵士の目に入らぬよう、気を付けながら進んだ。
やっと彼が見つけたのが、パラスの裏側にある狭い裏口だった。そこだけ誰も見張っていなかったのだ。いずれにせよ、彼らが通ってきたあの地下の洞窟は異例だ。過去に何者かがここに来るために掘ったものだろうと考えられる。
彼は2人のいる場所へ戻った。ルーカスが起きていた。
「少し歩いたところに、1箇所だけ見張りのいない通用口があった。そこから入ろう」
「どうして? 普通に表から入ってもいいんじゃないの? この状況を見たら助けてくれそうだけど」とアオイ。
「いや、ダメだ。世界が分かれてから、きっとこの城でも厳重に警備されているはずだ。特に魔法学校の人間ともなればな。いくら正面切っていったって、きっと止められて尋問されるだろうな。そうなると、命は取られなくとも、単に面倒だ」
「そう……。ルウ、行ける?」
「私は大丈夫。休憩しながらなら、自力でも」
「そうか。でも、俺が背負ってやるよ。途中で転けられても困るしな」
ベンはそう言って、ルーカスの前にしゃがみ込んだ。
「乗って」
「えっ、……うん」
先ほどのようにルーカスを背負い、ベンは歩き始めた。アオイもそれに続く。
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