7 ヘルロンの洞窟 ①

 巨大な岩に近付くにつれ、その岩はまるで4人に覆い被さるように感じられた。動物の気配などどこにもない。それはただ単に後世に落ちてこなかったのか、食べ物がなく飢えて死んでしまったのか、あるいは他の生物が逃げてしまうほどの危険なものがこの中にいるのか。


 海側に人一人分ほどの大きさの、小さな洞窟への入り口があった。


 先頭にルーカスが、その次にベンが、そしてアオイ、最後にユーが並んで入っていった。それぞれが自分の周りをフィーレで照らしていたが、それでも洞窟の内部は非常に暗かった。


 振り返っても入ってきた穴は見えなくなっていた。4人は暗闇の中を息を殺しながら歩いた。


 ルーカスが歩みを止めた。それに続き他の3人も歩くのを止めた。


「どうした?」


 すぐ後ろからベンの声がした。


「前から何か音がする。静かにして」


 4人は耳を澄まして、前方から聞こえてくる音に耳を傾けた。


 何かはわからないが、水の滴る音がする。そして、それに紛れて何かが動き回るような音がする。大蛇ではないようだ。


 ルーカスは慎重に奥へと進んでいった。


 彼女が右足を前に出すと、突然、何者かがその足にくっついた。


「きゃっ!」


 彼女の悲鳴を聞いて、ベンが後ろから彼女を引っ張った。そのおかげで、「何者か」は彼女の足からいなくなった。


「どうした、ルーカス」

「私の足に、何かがくっついた。何かはわからないわ。でも、なんだか、ぬめっとした感じ……」

「芋虫みたいな?」


 アオイが言った。全く聞きたくなかった言葉だった。


「うん。それに冷たかった……」

「なるほどな。その得体の知れないのがいるなら、安易に入っていけないな」


 ベンはそう言いながらルーカスの足元にフィーレを近付けてみると、足の一部が腫れていることがわかった。彼がすぐに後ろから引き上げたからか大事には至っていなかったが、もう少し遅れていたらどうなっていただろうか。


「たぶん、血を吸われたんだろう」


 ベンの言葉に、アオイとユーは唾を飲み込んだ。


「どうやって進む?」ユーはか弱い声になっていた。

「がんばって進む、しかないだろう。もうかなり中に入ってきてしまったし、俺たちがここにいることは大蛇に気付かれているかもしれない。とにかく、足元には要注意だ。何かくっついたと思えば、すぐに足を振って落とすんだ」

「ルウは大丈夫?」


 アオイはルーカスの足を気遣ったが、彼女は無口で頷いた。


 4人は足元に警戒しながら歩き進めた。




 今もあちこちで何かの動く音がしている。本当に警戒すべき相手は、大蛇だけではないのかもしれない。


 ユーが後ろから、何か恐ろしいものに対面したかのような声を出した。


「ベンくん、背中にいっぱいくっついている……」


 アオイが続いた。


「私も見える。さっきのものが、たくさん……。ユーくん、私には?」

「付いてないよ。僕には? 僕には付いてない?」


 後ろで何かが起こっている。ルーカスが振り返ると、そこには背中にたくさんの芋虫のようなものがついたベンの姿があった。


「ベン! ローブを脱いで!」


 ベンは周りの焦り様を見て、慌ててローブを脱いだ。


「おいおいおい、なんだこれ!」


 彼は叫び、ローブを力強く振った。そうしたものだから、他の3人のところへ芋虫のようなものが飛んでいき、それぞれ払い落とした。


「どこでこんなについた?」

「わからない。でも、あちこちにアレがいてるってことかな——」


 ルーカスは顔を上げた。この空間はドーム状になっているようだ。


 フィーレで恐る恐る天井を照らすと、そこには芋虫のようなものが何匹も群がっていた。それらは平均して30センチメートルはありそうな大きさで、身体は丸く膨れ上がり、背中に赤い丸がたくさん描かれたような模様をしていた。


「ここから出ないと……」


 他の3人も天井の悪魔にやっと気が付いた。


「早く出よう。どっちから入ってきたっけ?」

「もうわからない。それに、暗くて全く先が見えない」

「でもなんとか」

「とにかく、天井の奴らを消す。フィーレ!」


 ベンは天井に向かって巨大な炎の塊を飛ばした。


 フィーレの炎が天井に当たると、周りに燃え広がった。次々と虫が焼かれていくのが見えた。


「これで大丈夫だろう」


 ベンの言葉を聞いて、一行は急いでその場を離れた。


 上から多数の芋虫のようなものが降ってきた。4人はそれらを躱し、走り回って出口を探した。


「あそこに、大きな穴がある!」


 ルーカスは叫び、その穴に一目散に走っていった。


 後ろから他の3人も続く。しかし、芋虫のような生物が何匹も彼女らの行手を遮った。


「退け、ルーカス! フィーレ!」

「待って、そんなに燃やしたら私たちも危ない! 私がやる!」


 ルーカスはベンにそう告げると、レッグホルスターからナイフを取り出した。


「フォトン!」


 彼女はナイフを芋虫に向かって投げた。そして、それを指先の動きで制御する。


「いいぞ、ルーカス!」ベンが背後から歓声を上げた。


 ルーカスはその魔法で、前方にいたすべての芋虫をナイフで刺し殺した。


 4人は大きな穴に駆け込んだ。後ろからさらに多くの芋虫が恐るべき速さで追ってきた。


「僕がなんとかするよ」


 背後で陰の中にいるユーはそう呟くと、彼らとドーム状の空間との間に、新たな空間を作った。


「何をしたんだ?」


 ベンが尋ねた。


「今作った空間は、物質的に完全に飽和した空間なんだ。つまり、それ以上その空間には何も入ることができないんだよ。壁みたいなもの」

「そんなすごいことできるんだな。俺なんか全然ダメだわ……」

「そんなことない。さっきのは本当にすごかった。結局止めちゃったけど」


 ルーカスがベンを慰めたことで彼は顔を上げた。


「ありがとう!」

「じゃあ、早く先に進みましょう」


 ルーカス、アオイ、そしてユーはすぐに先へと進んだが、ベンは少し遅れて後を追った。

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