4 アイザック教会群遺跡 ②

 魔法創世記はまだ手に入れることができていない。この男をどうにかして説得する必要がある。


「ほう、魔法はそんなこともできるんだったなあ」


 男はまた少しずつ3人に近付いてきた。


「とりあえず引くか?」ベンがアオイに耳打ちした。

「そうね、あの人も今は応戦体制に入っていると思う。下手な動きは命取りになる」


 3人は1歩ずつ引き下がった。


「どうした、これはいらないのか?」

「……あんたと戦う気はない」

「そうかそうか。ということは、こいつも見捨てるんだな」


 そう言って、男は後ろの瓦礫の陰からロープで手足を縛ったルーカスを引き摺り出してきた。


「ルーカス! お前、何をした?」

「お前たちがここに来たときから、お前たちのことを見ていた。その後、お前たちはここに来たが、この娘は瓦礫の上で寝始めた。だから捕まえておいたんだよ」

「……返してもらおうか」


 ベンが落ち着きを失っていることにアオイは気が付き、ベンの肩を軽く叩いた。


「その子から離れて」


 アオイが言った。


「どうしようかなあ」


 男はにやつきながら、マントからナイフを取り出した。


「おい、やめろ!」


 ベンは叫んだが、男は笑って返した。


「わしも生活をしなければいけないんだよ。……肉は最高の食事になる」


 とうとうベンは我慢ができず、駆け出した。


「フィーレ! お前を焼き尽くしてやる!」


 ベンがそう叫ぶと、天井まで届く炎の柱が男の目の前に現れた。


「また、余計なことを」


 男はすぐにフィーレを躱そうとしたが、ユーは炎の柱と男の間の空間を切り取った。すると、炎と男の距離はわずかとなった。


「2度も同じ魔法に引っかかるほど老いぼれてはいなんだなあ」と言いながら、男は軽々炎を躱した。

「もう一発!」


 すると、男の足下から、もう1つの炎の柱が立ち上がってきた。


 男の足は少しだけ焼けた。しかし、それでもこの男を仕留めるには全く不十分だった。


「そんなことじゃ俺は倒せんぞ」男は笑った。

「じゃあこうすれば?」


 どこからかルーカスの声が聞こえ、男は驚いた様子だった。


「お前か! どこにいる!」

「私はここよ。どうやら、3人が動ける状態だったことを把握できていなかったようね」


 ルーカスはいつの間にか教会の入り口付近に立っていた。その横にはアオイもいた。ベンとユーが目をやると、アオイはピースして見せた。


「フォトン!」


 ルーカスはベンの作り出した炎の柱を男の方に滑らせた。フォトンは、触れたものを操作することができる、コントロール系魔術の基本的な魔法だ。なお、生命のあるものを動かすことはできない。


「おっと、危ない。……おおお!」


 ユーがまた炎と男の間の空間を切り取った。そこにルーカスの魔法で動く炎の柱があったのだから、まるで炎が歩いたようにも見えた。


「燃える! ああ!」


 男は叫んだ。


 ベンは男に少しだけ炎が燃え移ったところで魔法を止めた。この男を殺すことが目的ではないためだ。


「それじゃあ、魔法創世記を渡してもらおうか」


 ベンが男に歩み寄った。男は火傷した足を両手で撫でている。


「お前たちはそれで何をする?」

「私たちは後世に行きたいのよ。それで、事件……グレート・トレンブルの元凶を探っている。その一端として、その本があれば、歴史の駆け出しを知ることができるんじゃないかって思うの。あなたの目的とは完全に一致しなくても、少なくともあなたに不利益を被ることはしないわ。……素直にそれを渡してくれたらね」


 ルーカスが答えた。男は少々迷っていた。


「そもそも、あなたはなぜそれを持っているの?」


 ルーカスは次に質問した。


「わしがこれを持っているのは……、いろいろあったんだ。ある森で見つけたんだ。中は読めない。今とは違う言語で書かれているからだ」男は早口に答えた。

「……ちょっと見せて」


 ルーカスは男に近寄った。


 男はマントの中から本を出して見せた。ルーカスはそれをしばらく見つめたが、本を男に返すと他の3人に言った。


「もう行きましょう」

「ちょっと待てよ、魔法創世記はいらないのか?」


 ベンがそう言ったのはもっともであった。それを求めて戦ったのだから。


「いや、これは偽物よ。そもそも、魔法創世記って言葉を読めるだけでもおかしいもの。旧魔法暦の時代の書物で、中身は読めないのに外だけ読めるのはおかしいわ」

「確かに、そうだな……」

「それに、たまたま森で見つけたっていうこともおかしいわ。魔法創世記ともあろう書物がそんなところで放置されているなんて、ありえないもの。何か嘘をついているに違いない。けど、とにかく、もう用事は済んだ。早く次に行きましょう」




    ◇◆◇




 4人は男を残して教会を出た。


「それで、どうしてハワード・セリウスはここを何度も訪れたんだ?」

「そう。それに、ここに魔法創世記があるかもしれないっていう話はどうしてできたの?」


 アオイとベンが続けてルーカスに問いを投げかけた。


「こう考えたらうまくいくわ。まず、あの男がなんらかの方法で魔法創世記を手に入れたかもしれない、ということをハワード・セリウスが耳にする。その魔法創世記を世界皇帝として保有したいと考えた彼はここを訪れる。すると、さっきの男がいた。何度か魔法創世記を渡すよう交渉を試みたが失敗に終わり、彼はあの男と争った結果負けてしまった」

「そうか、歴史的な書物を世界皇帝としてしっかり管理しようという正義の心を持って戦ったが、実力が及ばなかったんだな。残念なことだな……」

「いや、待って」


 ルーカスがベンの言葉を遮るように言った。


「あの男と魔法を使って戦ったものだと思ったけど、そもそもハワード・セリウスはマージだったの?」

「マージだったんじゃないの? だって、その父のエロール・セリウス、さらにその父のエード・セリウスもマージだったんだし」


 アオイの言うことは正しい。しかし――


「エロール・セリウス……、彼の妻はマージだったの?」

「いや、知らないけど。何が言いたいの?」


 アオイはルーカスに説明を求めた。


「さっきの仮説は、あくまでハワード・セリウスがマージだった場合の話」

「そっか、もし彼がオームだったとしたら、あの男と戦ったのかはわからないんだ」

「どう言うことだ、ユー?」とユーに尋ねたのはベンだ。

「もし彼がオームだったら、あの男と戦うのは難しそうでしょ? つまり、彼は戦いを挑んでいない可能性がある」


 ユーは唾を飲み込んでから続けた。


「それに、そもそも魔法創世記を手に入れようとする理由が違うかもしれないんだよ。さっきの男、何歳かわからないぐらいだったでしょ? もし後セリウス時代の途中で生まれていたら、後セリウス時代は68年まで、前ロマンス時代は34年まで続いているから、今は65歳とか、それ以上かもしれない。でも、その年齢であれほど強くいることができるかな」

「つまり?」

「あの男はオームだけど、なんらかの力によってほとんど不老不死のような身体を手に入れたんだよ。その時期が、後セリウス時代の末期と重なっている」

「そう」


 ルーカスがユーに続いた。


「それに気付いたハワード・セリウスもその力を手に入れようとここにきた。きっと、魔法創世記がその餌になったんでしょうね。しかし、簡単にはいかなかった。いずれにせよ、世界皇帝がこんなところに私用で来ていることが世間に気付かれないように注意しながら、行ったり来たりを繰り返した。……そうであっても、魔法創世記を彼が持っている理由はわからないままだけど」


 彼女らは、話の先にある事態を理解したようだった。


「魔法創世記を手に入れるより、あの男に聞かないといけないことがあるようだな。……急いで戻ろう」


 ベンが言った。




 4人は先ほどの教会に戻ったが、そこはすでにもぬけの殻だった。一足遅かったようだ。


「奴はどこに行ったんだ?」


 ベンは辺りを見渡した。


「あっ!」


 教会の2階からユーの声がした。3人は急いでユーのもいる場所向かうと、彼は崩れた壁の向こうを指差していた。


「あそこに、さっきの男らしき姿が……」

「追うぞ!」


 ベンはそこから飛び降りようとしたが、後ろからやってきたルーカスに腕を掴まれた。


「なんだよ、早く行かないと」

「今がむしゃらに追いかけても、この距離なら追いつけないわ。アープも使えない。今は、彼に聞く以外の方法を考えるのが先」


 その後、4人は再びこの教会群を捜索した。闇に包まれた教会群は、元の静けさを取り戻していた。


 ルーカスは1枚のメモを拾った。


 ヘルベルト・ルイス、ここで死す。


 そこにはこう書かれていた。先ほどの場所からそう遠くはないこの場所で、一体何があったのか。このメモは何を意味するのか。ヘルベルト・ルイスとは誰なのか。


 そして、このアイザック教会群が建設された真の目的は。


 ルーカスは他の3人のところへ駆け戻った。

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