4 アイザック教会群遺跡 ①

 アイザック教会群遺跡とは、旧魔法暦230年代まで栄えた、アールベストとプラルの境にある教会群である。今では崩れてきている建物も多数あり、すでに盗賊に荒らされ破壊されてしまったものもある。


 ルーカスたちの考えでは、ここに大きなヒントがあるはずだ。なぜなら、ここは第3代世界皇帝のハワード・セリウスがよく訪れた場所とされているからだ。


 彼がなぜここを何度も訪れたのかは定かではないが、世界皇帝がセリウス家からルードビッヒ家に変わった理由がわかるかもしれない。彼女たちには非常に有益な情報だ。


 それだけではない。ここの教会はすべてアーム教のものである。アーム教とは、発祥については諸説があるが、旧魔法暦の時代に少しずつ縮小していったものだ。


 アーム教が今の魔法の成り立ちを物語る書物を所有していたという記録もある。すなわち、今ルーカスたちが使っている魔法がなぜあるのか、それはどのような経緯を辿ってきたのかが調べられるかもしれないのである。そして、それがわかれば、マージによるものであろうこの分かれた世界が創り出された理由も、わかるかもしれない。


 しかし、書物の表題が「魔法創世記」ということはわかっている一方で、どのような言語で書かれているのか、どのような表紙なのか、この遺跡群のどこにあるのかなど、わからないことが多かった。もしかすると、盗賊に持ち去られ、ここにはすでにないのかもしれないし、最初からここにはない可能性もある。


 ルーカスたちは、アイザック教会群遺跡の前に現れた。


「4人同時に移動するのは、かなり大変だわ……」


 そう言った彼女の手の平からは、かなりの量の血が流れ出ていた。


「休んでおけよ。俺たちが先に見て回ってくるから。ほら、そこにいい場所があるぞ」


 ベンの指の先には、教会の崩れた壁の一部が積み上がった小さな山があった。


「あんな目立つところにいとけって?」

「仕方がないだろ。こんなに荒れ果てた場所なんだから、何かの陰にいても気付かない。俺たちが道に迷うこともあり得るからな。あそこだと、何かあってもすぐに気が付くだろ」


 彼の言うとおりだ。


 もはや、学校の図書館で調べたときに見た、荘厳な教会が並んでいる様子とは全く違った。数多くの教会群はほとんど破壊され、破壊を免れたわずかな教会たちも入り口を残骸で閉ざされていた。盗賊による破壊に、グレート・トレンブルの影響が加わったのだろう。


「それじゃあ、俺たちは見て回ってくる。すぐに帰ってくるから、待っていてくれ」


 3人は瓦礫の山を越えて奥に行ってしまった。ルーカスは仕方がなく、先ほどベンが言っていた小山の上に座り込んだ。


 彼女はすぐに激しい眠気に襲われた。


 最近しっかり寝てないからな……。


 彼女はそう思い、その場で身体を倒して空を見上げた。


 ……真っ暗。


 うっすら光の感じられる空であったが、それは幾分か地上の夜より暗く感じられた。


 彼女はそのまま眠りについてしまった。




    ◇◆◇




 ベンたち3人は崩れた教会に挟まれて歩いていた。手元の炎の光では、教会や瓦礫が邪魔で遠くまで照らすことはできなかった。


「図書館で見た本、何年発行だったっけ?」

「確か、セリウス時代20年ぐらいだったと思う。でもどうして?」


 アオイだ。


「いや、ハワード・セリウスが来たときはどんな状態だったんだろうって思って」

「もしかすると、ハワード・セリウスが何度もここを訪れていたことと、ここが崩壊しきっていることに、なんらかの繋がりがあるのかもしれない」

「確かに……」


 ユーは答えると、目の前の教会を見つめた。他の教会よりずっと大きく立派だ。


「入って調べてみよう」


 3人はその崩れかかった教会へと足を踏み入れた。


 そのとき、アオイは後ろから奇妙な足音が3人を追ってきていることに気が付いた。


「待って、2人とも。誰か来てる」

「ああ、その様子だな」ベンも気付いていたようだ。


 3人は開けた場所を探そうとしたが、そこは崩れかかった教会の内部。開けた場所などない。しかし、これ以上距離を詰められると危険だ。


 仕方がなく、その場でベンは振り返った。


「誰だ、そこにいるのは」

「ああ、バレちゃったか」


 そう言って出てきたのは、見知らぬ男。真っ黒なマントで手も足もほとんど隠れている。


「誰だ?」


 ベンは繰り返し問う。しかし、男は笑うだけで質問には答えなかった。


「焼かれたいのか?」


 ベンはなお問うが答えがなく、手の平に炎を出した。


「もう一度だけ聞く。誰だ?」

「いやあ、最近の若い魔法使いは怖いね。すぐにそうやって魔法で脅そうとする」

「なっ、オームか?」


 ベンは面食らったようだ。


「そうだよ。しかし、少しだけすごいオームだ」


 男はなお笑って答えた。


「名前は? どこから来た? なぜここにいる?」

「おいおい、そんな質問攻めはよしてくれよ。で、名前? そんなの覚えてないよ。君たちこそ、どうしてここに来た?」

「アーム教と魔法の関係を……」

「つまり、魔法創世記がほしいのかな?」

「そうだ、そういうことだ」


 ベンは手元の炎を弱めた。


「そうか、読みたいか。しかし、それは無理だなあ」

「どうして?」


 今度はアオイだ。


「私の大事なものだからだ」

「……なら、第3代世界皇帝のハワード・セリウスを知らない?」


 彼女が男に尋ねると、男は血相を変えて答えた。


「さあ、知らないな」

「……この男、何か知っている。それに不明とされていたハワード・セリウスは、すでに死んでいて、そのことを彼は知っている」

「確かに、死因も死亡場所も不明とされていて、失踪とされていたね。ってことは、一体誰が?」


 ユーだ。


「きっとあの男よ。だって、世界皇帝護衛軍も知らないことを知っているのよ?」

「確かに」


 ベンは続けた。


「しかし、それはあの男が本当のことを話していた場合のことだ。名前を忘れたと言うような奴が、本当のことを話すと思うか?」

「わからない。けど、あの男がオームであることは確かだろうし、信じられる部分はあると思うわ」

「マージかもしれない」


 ベンは言ったが、ユーはアオイのそう確信した理由を悟っていた。


「いや、きっとオームだよ。僕たちに見つかったのに、何も魔法を使わないのは不自然だ。それに、こんな真っ暗な中だったら、フィーレやアテールの痕跡がここに来るまでにあってもよかった。けど、それがなかったんだ。魔法を使った痕跡がなかったんだ」

「わかった、オームなんだな。それで、どうする?」

「安易に手出しはできないわ。世界皇帝を殺めた人に勝てる気がしないもの。とにかく、1つでも多く喋ってもらわないと」

「そうだね、魔法創世記も見つけないと」


 ユーの言葉で思い出し、ベンは男に尋ねた。


「魔法創世記を本当に持っているのか? アーム教の大事な本を、単なるオームのお前が持っているとは思えない」

「これを見たらどう思う?」


 男はマントの中から初めて手を出した。その手には「魔法創世記」と題された本が握られていた。


「それをくれないか?」

「ダメだと言っただろう。奴らの……俺の大事なものなんだ。お前は人の話を聞いているのか?」男はそう言って笑った。


 どう見ても、ただのオームである。この男が本当に世界皇帝を暗殺したのだろうか。


「どうしたらその本をくれる?」

「どうしても渡さない。もしそんなにほしいなら、俺を殺してみろ。まあ無理だろうがな」


 男の目の色が変わった。それに釣られてベンの目の色も変わった。


「ダメ、今の私たちじゃ勝てない」


 しかし、ベンはアオイの忠告を聞かずに男の方へ近付いた。


「魔法の力を知らないのか? オームだろうと手加減はしない」


 男は本をマントの中に戻した。


「ああ、お前は愚かだ。俺に勝てると思っているならば、もう1歩近付くがよい。それで、それでもなお勝てたと思うなら、さらにもう1歩近付くがよい」


 ベンは唾を飲み込んだ。そして、アオイが「ダメ!」と叫んでいることにも気付かず、1歩進んだ。


 すると、彼には到底及びそうもないような強烈なオーラが素肌を通して感じられた。それはまるで、極悪の犯罪者による最高の殺意とでも形容できようか。


 したがって、ベンはしばらくその場から動けなかった。


 さらにしばらくして、彼は後退りした。


「そうか、よかったな、若いの。正しい選択だ」


 男がそう言ったのが早かったか、ベンは巨大な炎の塊を男に投げつけた。


「油断したな!」


 炎はすべてを飲み込むかのように勢いよく燃え盛っていた。そして、男に直撃した——かと思った直後、ベンの目の前に男が現れた。そして、マントからナイフを握った手を出した。


「危ない!」アオイとユーが声を揃えて叫んだ。


 直後、男はずっと後ろまで瞬間移動してした。幸いにも、ベンが刺されることはなかった。


「よかった、間に合った」


 ユーが男の背後の空間を切り取ったのだ。それにより、ベンと男の間に隙間が生まれた。


「助かった。ありがとう、ユー」

「早く戻ってきて」


 今度は、アオイの言葉に従い、ベンは2人の元に戻った。

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