5 ヘルベルト・ルイスの書斎 ①
ルーカスたち4人は、さらなる情報を入手すべく、プラル地方にあるホール一般学校へ向かった。アイザック教会群遺跡から最も近いそこの図書館に行き、次に向かうべき場所の手がかりを探すのだ。
4人はダラン総合魔法学校のマントを羽織っていた。したがって、ホール一般学校に着くと、ほとんどの生徒が彼女たちを物珍しそうに見ていた。
ベンがいきなり語り出した。
「実は、プラルは俺の故郷なんだ。もともと両親は俺をホール一般学校に行かせようとしたんだが、俺がダランに行きたいって何度もお願いしたから、とうとう親も呆れて俺をダランに行かせてくれた。実はここにも何度か来たことがあるから、少し懐かしい思いだな。……かなり崩れてしまってはいるが」
彼の故郷がプラルであるということは初めて聞いた。これまで彼自身の昔の話をすることはあったが、故郷のことについては聞いたことがなかった。
「どうしてダランに行きたかったの?」
ルーカスが尋ねた。
「俺の両親は共にオームだった。けど俺はマージで生まれた。だから俺は自分の人生に挑戦したかったんだ。特に、ここプラルでは多くのオームが暮らしているが、それでもマージは立場が強い。俺はグレート・トレンブルが起こるまでのプラルの街を知っている。それがいかに差別的かを見てきた。だから、俺はそれを止めたいんだ。いつか必ず、オームもマージも対等な立場にいる世界を作りたい」
ベンは天井をぼんやりと眺めていた。
一方で、そんな彼の様子を、ルーカスは横目で眺めていた。彼女の家系はずっと以前からマージで続いており、オームだから、といった理由で差別などを受けたことがない。むしろ、逆に恨まれる側の人である。
そんな彼女でも彼に同感だ。マージがオームのおかげで生活できている面もあることを忘れてはいけない。ルーカスはそういった教育を本当に幼い頃から受けてきた。
4人はしばらく無言のまま歩みを進めた。
歩き進めるうちに、4人はようやく図書館の入り口の前に到着した。ホール一般学校はダランに及ぶほど大きいようだ。または、それ以上かもしれない。
生徒たちで賑わう入り口のそばに、小さなカウンターがあった。4人はそこで周囲を見回している、明らかにここの職員らしき人物に声をかけた。
「すみません、私たちはダラン総合魔法学校から来た者です。この図書館を利用できますか?」
ルーカスが尋ねた。すると、この人は数歩後退りして怯えたように答えた。
「……何をするのですか? まさか、私たちを魔法でどうにかしようと……」
「そんなことしませんよ。第一、それならわざわざダランから来たことを言いません」
ルーカスは笑顔で答えたが、それが逆効果だったようだ。
「カクリスから来たことを隠しているのではないですよね?」
この男……特徴を挙げるならば、この小太りの男はよほど怯えているようだ。
「そんなことありません。それに、このローブはダランのものです。……大丈夫ですよ、本当に何もしませんから」
そして4人とも笑顔を作った。
「もしかして、ダランの生徒のローブを奪ってきて……」
「これ見てくれよ。俺がここで何かすると思うか?」
ベンがそう言って、首にかけていた桔梗の花が象られた首飾りを見せた。それは、その人がどこの居住者かを示すものだ。もちろんベンのそれからはプラル出身であることがわかる。
それを見た男はすぐに笑顔になり、「失礼しました。どうぞ、お入りください」と4人を通した。
「初めからそれ使ってよ」
ルーカスがベンに文句を言ったが、ベンも首飾りで通れるとは思っていなかったようだ。
図書館は本当に大きかった。4人は手分けして、アイザック教会群に関する本や、ヘルベルト・ルイスに関する本、ハワード・セリウスに関する本を集めた。集めるだけにはそれほど時間がかからなかったが、そこから必要な情報を収集するには何時間かかったかわからなかった。
気が付けば閉館時間となっており、先ほどの男に退館を求められ、4人はホール一般学校を後にした。
「何かわかった?」
ルーカスは一同に尋ねた。
「うん、わかったというかなんというかだけど、ハワード・セリウスがオームかマージかについては、どこにも書かれていなかったよ。もしかすると、出版前に検閲されていたのかもしれない」
ユーが答えた。
「ヘルベルト・ルイスについては?」
「それは俺が見つけたよ。彼はオームで、歴史学者だったようだ。彼はハワード・セリウスの行動を不審に思い、密かに動向を探っていたようだ。その記述はほとんどが残っていなかったが。それと、彼の書斎がホールの南東部にあるようだ。ペール地方に近いところだ。行く価値はある」
「なるほど。私もベンに賛成よ。彼の書斎へ行きましょう」
4人はホール一般学校を後にし、ベンが本から破り取ってきた1枚の古い地図を携え、ヘルベルト・ルイスの書斎へと向かった。
道中、こんな話をした。
「ところでルウ。ルウはエールスくんから告白された?」
そう切り出したのはアオイだった。
「えっ……、いきなり何よ」
「だって、いい感じだったもん」
「おい待て、エールスって誰だ?」
ベンが後ろから身を乗り出してきた。その顔は小さなフィーレに照らされていただけだったが、それ以上に暗かった。
「そっか、ベンたちは知らないんだ。以前、学校で5、6人のチームを作って、地方にボランティアに行くっていうのがあったよね? それで一緒のメンバーになった人たちで……」
ルーカスが説明した。
「それで、どうなんだ?」
「いや、何もなかったわ。結局彼は学校に引きこもっているみたい。……アオイは? ヤンからは何かあったの?」
「私も何もなかったよ。だって、彼、すぐに行っちゃったじゃん。あれから一度も見てないわ」
確かにそうだった。ヤンは修行に出ると言って、それ以来ルーカス自身も見たことがない。
4人は沈黙の中、足取りを重くしながら歩いていた。日光に当たらないことがこんなにも辛いものとは想像もしていなかった。
途中、アオイがつまづいて転けてしまった。
「大丈夫、アオイ?」
ルーカスが駆け寄った。それに気が付いたベンとユーも彼女の元に駆け寄った。
「ごめん、大丈夫。だけど、少し休みたい。喉が渇いてきて……」
アオイは喉の奥から声を絞り出した。その表情は闇に溶けていた。
「わかったわ、ここで休憩にしよう。近くに大きな岩や木がないか探そう。5分後、ここに集合で」
アオイを除く3人は別々の方向に歩き出した。アオイが眺めていた3人の影は、すぐに闇の中に消えてしまった。
アオイは上を向き、その口に右の手の平をかざした。そしてアテールで水を飲み始めた。左手から血が流れていく。
本当は魔法を使わない方がよいのだが、このときアオイは周囲に水がないかを探す余裕すらなかったため、やむを得ないということだった。
しばらくして他の3人が戻ってきた。ユーが探してきた方向に少し歩けば、大きな岩がいくつか並んでいる場所があるとのことで、その場にすぐに移動した。
アオイはその場でずっと寝ていたが、他の3人は交代で見張りをすることにした。
しばらく4人は休憩を取っていたが、いよいよ各自7時間は寝たであろうとき、その場を動くことにした。そのときはアオイも体調が回復していた。
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