2 前世の生活と噂 ①

 翌朝、といっても明るいわけではないのだが、ほとんどの生徒がフィーレで部屋中を照らし出した頃、ルーカスとアオイは目を覚ました。それと同時に、1人の教員が部屋に入ってきた。


「生徒の皆さん、これからの学校生活について総合指揮官のベル・シュタインバーズ先生より、お言葉があります。これから1時間後に、中央講堂に集まってください」


 ルーカスはほとんど寝ぼけていたが、アオイがきっちり話を聞いていたので、2人は遅れることなく中央講堂に向かった。


 中央講堂は全校生徒が入れるほどの大きさはあるが、決してゆとりがあるわけではなかった。したがって、講堂内は非常に混乱していた。


「あー、参ったね。ベンとユーは見つけられそうにないな……」


 ルーカスの呟きと同時に、2人は講堂内後方の空いていた席に並んで座った。


 そしてすぐに、総合指揮官のベル・シュタインバーズが講堂に入ってきた。学生たちは拍手で出迎えた。


「これからの学校生活についての話をします。まず、夜の時間帯は昨日と同じ部屋割とします。それから、授業については、これまでと同じように行います。なお、教科書がなくても心配しないでください。教科書を使わないように授業を行います。また、競技場がなくなったので、競技場を使う実習の授業、及び、本校伝統の祭典のスプラティーラは実施いたしません」


 スプラティーラとはダラン総合魔法学校の伝統行事で、年末に行われる祭典である。個人やチームで見栄えの良い魔法を使ったパフォーマンスをしたり、高度な魔法を使った模擬戦闘を行なったりする。基本的には高等部の生徒が参加するものであり、ルーカスはもちろん参加したことがなかったが、いつかそこで素晴らしいパフォーマンスを披露したいと夢見ていた。それなのになくなってしまうとは、仕方がないことではあるが残念に感じていた。


「現状について、学長よりお話を頂戴する」


 ベルが引き下がると、イールスが出てきた。いつにも増して鬼気迫る表情をしている。


「生徒諸君、現状は昨日と何も変わっていないと言ってもよい。しかし、我々は陽の光を浴びずとも生き延びる方法を考えている。その1つが、オームとの協力だ。我々が魔法で水や火をオームに提供する代わりに、食料などをいただく。アールベストでは、我々はこの方法で生き抜く。さらに、魔法学校を持たないリラ地方の南側に位置するペール地方やアールベストの北部に、数名を派遣することも予想される。これを踏まえて、ダランでは基礎共通魔法を使える者は5、6人のグループを組み、各グループが交代でこの仕事をする。最初の仕事は明日だ。今日中にグループを組んでおいてほしい。そして、できたグループはすぐに教員に知らせてほしい。そこから、明日派遣のグループを選出する。私たちマージも、オームの力あっての生活をしている。今、その恩返しをするときだ。多大なる諸君の協力を期待する」


 イールスは引き下がった。その後、ベルから再び授業に関する説明があり、集会は解散となった。




 すぐに生徒たちが相談し始めたのは、イールスが示唆していたグループの組み方である。ルーカスとアオイとベンとユー、だとすると、あと1人か2人が必要となる。しかし誰が来るのか。逆に、ルーカスとアオイが3人または4人のグループに入っていった方が良いのか。


 ルーカスとアオイが相談していると、そこに4人の男子生徒のグループがやってきた。


「君ら、まだグループ組めてないでしょ? 一緒にどう?」


 2人は顔を見合わせたが、確かに組めていない。断る理由もないし、2人はあっさり承諾した。


「俺はヤン・カイル。ヤンって呼んでくれ」

「スピルだ。よろしく」

「エールス・スミスだよ。エーちゃんって呼んで!」

「クリス」

「私はルーカスよ。それで、こっちがアオイ。よろしくね」


 お互いが自己紹介を終えると、アオイがルーカスの腕を引っ張り、ボソボソと話しかけた。


「私、4人とも見たことないわ。ルウは知ってるの?」

「うん、みんな一応コントロール系魔術専攻だから。名前は知らなかったけど」


 アオイは「そうなんだ」と言いながら4人の方を見た。グループ長みたいな人、ベンのような人、ユーみたいな人、無口な人。なんとも色彩豊かなメンバーである。


「ルーカスちゃんはコントロール系魔術専攻でしょ? アオイちゃんは?」ヤンだ。

「私は医療魔法。元々はコントロール系魔術がよかったんだけど、魔法使うの下手だからこっちになっちゃった」


 苦笑してアオイは言ったが、ヤンは全く笑わなかった。それどころか、目を輝かせていた。


「そんなことないよ。みんなそれぞれ個性があるんだから。アオイちゃんが医療魔法っていうのはすごい似合っていると思うし、医療もコントロールと違うところですごく難しいと思う」

「そう? ありがとう」


 なんだかいい感じの2人をルーカスが横目で眺めていると、エールスが話しかけてきた。


「ルーカスちゃんはさあ、すごく成績いいんだよね。尊敬しちゃうなあ」

「ありがとう、エーちゃん。……でも、魔法を使うのはまだ得意じゃないわ」


 1歩近付いてきたエールスから、ルーカスは半歩遠ざかった。


「いやいや、2人とも謙虚だね。そんなときは、ありがとう、って言ってしまったらいいんだよ」


 エールスはそう言うと、スピルが後ろで笑っていた。ルーカスもそれに釣られて小さく笑っていた。


「そういえば……」


 無口のクリスがようやく口を開いた。


「この暗闇の世界、やっぱり内側みたいだな」

「なんだよ、いきなり」


 突然重たい話を掲げられたエールスは不満そうだったが、無口のクリスはさらに一言付け加えた。


「ここを『前世』、表側を『後世』と呼んでいる人もいるみたいだ」


 一瞬沈黙が生まれたが、すぐにヤンが顔色を変えてクリスに問いただした。


「どこで聞いた?」

「昨日の晩だよ。学校からこっそり抜け出してイッサールの近くまで行ってみたんだ。そしたら、その道中そう言っている人がたくさんいた」

「確かに、空を見上げても暗闇しかない。まるで何かに蓋をされているような……」


 ヤンの言うとおりだ。この世界はまるで何かに蓋をされたかのように、どこを見上げても暗闇だ。今は何人かのマージがフィーレで外を照らしているからある程度は明るいものの、それ以外の光は皆無と言ってもいいほどだ。


「後世には戻れないの?」


 今度はルーカスだ。しかし、クリスは首を捻るだけであった。


 グループ結成の報告を教員に届けると、明日の仕事に赴いてほしい、とのことだった。アリル海付近で、リラとの境に当たる部分だ。

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