2 前世の生活と噂 ②
翌朝、ルーカスたちは、グループのメンバーが揃うと、目的の場所に向かって歩き始めた。
「それにしては、遠いよなあ。アープでも使えればいいのに」
ヤンが呟くと、アオイが尋ねた。
「アープって?」
「コントロール系魔術の高等魔法の1つで、自分とそれに接した人が瞬間的に移動できる魔法だよ。けど、結構重たい魔法でさ」
「しかし、このままだと、着くのが夜になりそうだ」
スピルが付け加えた。
「確かに。1回試してみる?」
ルーカスの提案に皆が賛成した。そして、ルーカスはアオイと手を繋いだ。
「アープ!」
すると、先ほどまでそこにあったルーカスの姿は、瞬きにも及ぶ速さで消えてしまった。
「……先に行っちゃった。俺らも急ぐぞ! アープ!」
そうして目的地に着いたのは、クリス以外の5人だった。
「あー、クリスは偉いんだ。口数も少ないだろ? だから社長出勤だな。……まあ、それまでできることはやっておこうか。ってか、意外とアープって簡単だな」とヤンが言った。
「だって、高等魔法の最初に習うんだよ」
エールスの答えにヤンは聞こえないふりをしていた。
アオイはルーカスの大量の出血に気が付いた。
「ルウ、大丈夫? かなり血が……」
「うん、帰りは歩こう……」
ルーカスの出血にはエールスも気が付いていた。彼はルーカスの元に歩み寄ってくると口を開いた。
「大丈夫、帰りは僕が送るよ」
それを聞いたヤンは、アオイの元にやってきた。
「じゃあ、アオイちゃんは俺が送ろう」
そう言ってヤンはアオイの手を取ったものだから、ルーカスの冷たい視線を浴びることになった。
オームの家を回って水で満たしたバケツを渡したり、火で手元を照らしたりしていると、さまざまな話を聞いた。
あるオームの家に行ったとき、このような話を聞いた。
「ここはリラとの境にあるから、よくリラからマージが来るんだよ。多分、反マージ主義の人だと思うんだけどね。彼らはよく言った。『マージはオームがいるから生きていける。それなのに、マージ主義とはおかしい』ってね。私はそれに賛成だよ、オームなんだから。しかしね、世の中そう言う人は少なくなってきた。なぜかって、魔法で食料を供給しよう、っていう動きがあるんだから。私たちのように毎日野菜の面倒を見なくてもいいように、魔法を使うんだよ。私たちの育て方を観察して、それを元に新たな魔法を生み出す。そうやって世の中を変えていくんだろうよ。私がこれから子どもを産むなら、なんとしてでもマージを産みたいね。そう思う世の中になってきたってことなんだよ」オームの老婆はそう話した。
オームとして生まれたことが、生きることに支障をもたらす。マージとして生まれたから世の中を渡り歩ける。そういう差別がある世の中で、一体魔法運用協議会は何をしているのか。それとも、これがその企みなのだろうか。
――私はマージとして生まれた。そして、父親もマージだ。母親もそうだし、家系すべてがマージだ。マージ同士の両親の子はマージだが、それに対してマージとオームの両親、またはオーム同士の両親の子は、マージかもしれないしオームかもしれない。そのため、次第に世の中からオームは減ってきており、それに伴いオームの立場は弱くなってきている。
それでも、各地にオームは存在している。カクリス魔法学校がどれだけマージ主義の教育を進めたとしても、オームはどこかに存在する……。
ルーカスは手元の炎を眺めながら、そう考えていた。
暗闇で行われる仕事。2度と空を仰ぐこともできないのか、と思えるような事件。きっとこの事件の元凶はマージに違いない。そのマージは一体どこにいるのか。何が目的なのか。
よりリラ地方に近付いたところで、小さな集落を見つけた。
「きっとここが最後だ!」
ヤンが疲れを吹き飛ばすように言った。
集落を囲む木の1つには、「エッペルゼ」の文字が彫られていた。初等部の授業で、エッペルゼは昔アールベストから独立していたが、魔法学校の吸収と共にアールベストに属するようになったと習った。それからというもの、本当に小さな村になったのだろう。学校が建つ敷地など残されていなかった。
この合併はエッペルゼにとって必要なものだったという。元々はカクリス魔法学校に吸収されそうだったが、エッペルゼの村ではオームが大半だった。吸収されてはカクリスのマージ主義政策によって迫害される危険があると考えた結果、自らダラン総合魔法学校への合併を望んだ。村の学校がなくなるということは、村がなくなることと同義だと考えてよい。
こうして、エッペルゼはアールベスト地方の一部となったわけだ。これは決して古い話ではない。前ロマンス時代の初期の話である。
エッペルゼの領内に立ち入ると、すぐに長身の男が5人の前に現れた。
「君たちがダランから来た者か。よろしく頼む」
男に連れられていくとき、ルーカスがヤンに耳打ちした。
「クリスは大丈夫なの?」
「ああ、きっと大丈夫さ。もうすぐここに来るだろう」
ヤンはそう言ったが、実際には、クリスは先ほどまで5人がいたところを歩き回っていた。
村は閑散としていた。屋根が完全に落ちてしまった家や、塀の崩れた建物がたくさんあった。グレート・トレンブルで起きた被害は非常に甚大であった。
「今日は水だけで大丈夫なんだ」
長身の男は井戸の前で立ち止まった。
5人は承認すると、男は十数個の木製のバケツを持ってきた。
「これをすべて満タンにしてほしい。お願いできるか?」
「はい、できますよ」
5人はそれぞれアテールで水の補給を始めた。1つを満タンにするにはおよそ3分かかった。その間に、この男は彼女たちにある話をした。
「ここがリラの近くにあることは知っているだろう? 以前は、何人ものマージやオームがここに来たんだ。当時は何も困らなかった。水はアリル海に行けばいくらでも確保できた。食料は向こうの畑からたくさん採れた。……しかし、ここにいた者の多くは、あの事件後すぐに出て行った。要するに、水がなくなった上に畑だってあの有様だ。今はさすがに誰も引っ越して来ないが、私もここに住み続けることはできないだろう。今はアリル海にあるなけなしの水もいつか干上がるだろうし、野菜も陽の光がなければ育たない。いつか死ぬんだ、ここで」
「そんなことないですよ」
ヤンが答えた。遠くに見える荒れた農地を眺めるこの男は、彼の言葉に振り返った。
「特殊魔法で、ある程度の幅なら陽と同じぐらいの強い光を作ることができるんです。それをできる人はきっとたくさんいます。以前の自然系魔術の1つでしたから。きっとその魔法を使える人が助けてくれますよ」
水を入れ終わると、ヤンは他の4人に告げた。
「俺、コントロール系魔術やめるわ。それで、特殊魔法を独学でがんばる」
「学校は?」
アオイが心配そうに尋ねた。
「学校はもう行かない。大丈夫、アールベストの畑に希望をもたらすんだよ」
ヤンの目には輝きがあった。きっと、その道が彼自身の進むべき道であると考えたのだろう。
「俺はアオイちゃんをダランに送ったら、そのまま修行に出るよ。いつか後世に戻ることがあったら、俺の光と陽の光のどちらが優れているか、見てくれよ。……じゃあ、アオイちゃん、戻ろう」
ヤンはそう言って、アオイを連れてアープで消えた。他の4人もそれに続いた。
その頃、クリスは1人、他の5人はすでにダランに帰ったのではないかと思い、ダランへの道をゆっくり歩いていた。
その日の夜、ダランに戻ったルーカスはアオイと語り合っていた。
「きっと噂は本当。ここは星の内部。だけど、前世から後世に行くことができるはずよ。私だったらきっとそうするから」
アオイは強い眼差しで頷いていた。
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