3 新しい友達

 初めて魔法を使ったときからおよそ5年が経過した。ようやく中等部になるときだ。


 これまでの5年間で、ルーカスは実に多くの人と知り合った。一緒に遊ぶ友達や、昼食を共に食べる友達もできた。


 ルーカス自身も大きく変わった。まず、身長は前よりずっと高くなった。顔も少しだけ大人になった。勉強面では、魔法に関する知識が増えたし、使える魔法もずっと多くなった。成績は常に上位にいて、クラスでは周りの生徒の鏡だった。


 アオイもまた、大きく変わった。彼女の魔法属性がそうだ。アオイはもともとコントロール系魔術を専攻したがっていたが、本人の能力や教員からの勧めを考えて、結局は医療魔法を専攻することになった。そのコントロール系魔術はというと、ルーカスが専攻している。


 2人は大きく成長した。まだ9歳とはいえ、この世界では早い段階で自立することが求められている。というより、できるだけ早く自立しないといけないのだ。なぜなら、各地で小さな魔法の紛争が起こっているからである。彼女たちの住む地域、アールベスト地方ではまだ争いはほとんどないが、隣のリラ地方では、毎日のように争いが勃発している。その大きな原因は、カクリス魔法学校の教育方針によるものである。


 ダラン総合魔法学校では、オームの校内への立ち入りを禁じているものの、それ自体を迫害するようなことはない。対して、カクリス魔法学校はマージ主義の教育方針だ。具体的に言うならば、リラの街からオームを追い出そうとしているのである。


 しかし、その思想に反対する親オーム派のマージもおり、彼らは反オーム派の人々が政策をやめないことに憤りを感じ、力尽くでも止めようとしているのである。結果、リラの街では争いが勃発しているのである。それがアールベストまで広がってきたときのために、子どもたちは一刻も早く自立し、自らの考えを持ち、自らで行動できるようになることを求められているのである。


 魔法戦争に巻き込まれるのは、マージだけではない。時にオームもまたその対象となりうるのである。現に、リラではそうだ。何人ものオームが迫害され、魔法による死因が1位となっている。


 ダラン総合魔法学校では、魔法の勉強に並行してオームの生活なども勉強する。生徒が望むながら、アールベスト北西部のイッサール一般学校やアールベストの南側に位置するプラル地方北部のホール一般学校などに研修や留学に行くこともできる。よって、ダラン総合魔法学校卒業生及びアールベスト地方の住民はオームに対する理解がある。




    ◇◆◇




 中等部最初の授業は実習室で行われた。それまでの授業で習ったことの総復習を行うのである。


 ルーカスは、初等部の後半、どの学年においてもアオイと違うクラスだったが、中等部最初の1年はアオイと一緒のクラスになり、彼女は素直に嬉しかった。


 教員が部屋に入ってきた。あの顔、もしかして……。


「おはようございます。ヘルベルト・アーノルドです。早速ですが、これまでの魔法のおさらいを行いますね。まずは、入学してから1番最初に習ったメリーサです。覚えていますか?」


 生徒たちは皆一斉に魔法のおさらいを始めた。ほとんど全員ができていた。当時まだ全くできていなかったアオイも、難なくできるようになっていた。


 それから、いくつかの共通魔法の演習を行った。


「それではみなさん、20分の休憩の後、各自割り当てられた教室に入ってください。これからは、各属性に分かれて、それぞれの魔法の基礎を学んでいってもらいます。くれぐれも遅れることにないように。それでは、解散!」


 解散、の言葉と同時に生徒たちはざわめきだした。ルーカスとアオイも周囲と同じように雑談していると、そこに2人の男子生徒がやってきた。


「なあ、君、ルーカス・ダランだっけ? あの成績優秀の」と、チョコレートをルーカスとアオイに手渡しながら、少し派手な方が言ってきた。

「そうだけど。あなたは?」

「俺はベン・フリードフ。火炎魔法を専攻している」

「僕はユー・セガール。空間系魔術の専攻です」


 なるほど、派手なのがベンで、おとなしいのがユーか。ルーカスはそう記憶した。


「あなたたちは移動しなくていいの? もうみんな移動し始めているけど」

「もう行くよ。……で、そっちは?」


 ベンがアオイの方を指差して言った。


「私はアオイ・エールよ。よろしくね」

「やめて、アオイのこと指差さないで。マージは手の平で相手を指す、でしょ?」


 ルーカスはベンの指を手の包み込むようにして言った。


「悪かったよ」


 ベンはそう言い捨てて移動を始めた。ユーはそれを追うように後に続いたが、行ってしまう前にアオイの方を振り返り、「ごめんね」と言い残して去っていった。


「ほんと、授業中寝てたのかしら。……苦っ」


 ルーカスはベンから受け取ったチョコレートを食べたが、その苦味に頭が冴え渡り、顔を顰めていた。


 その様子を見て、アオイが上目遣いで言った。


「ルウ、最近なんか変わった?」

「変わってないよ。前からこんな感じ」と答えると立ち上がった。

「じゃあ、そろそろ行くね」


 2人は別々の方向へ向かっていった。




 数日後の昼休憩、ルーカスとアオイが昼食を食べているところに、ベンとユーが現れた。


「よっ、ルーカスとアオイ」


 無闇に馴れ馴れしい挨拶に、ルーカスは無視して食事を続けていた。アオイは少々戸惑っている様子だった。


「まあまあ、ベンくん」


 ユーはベンを引き下がらせようとした。そのとき、ようやくルーカスは口を開いた。


「ベン、だっけ? 何か用なの?」

「高嶺の花は返事が遅いってこういうことか。いや、用はないんだけど、挨拶ってやつ」

「そう。おはよう。じゃあね」


 ルーカスは突っぱねた態度だった。それにベンは怒りを覚えた。スプーンでスープをすくっているルーカスの肩を掴み、いきなり自分の方に向けた。


「……ちょっと、スープこぼしちゃったじゃない」


 目線の先で、スカートにシミができていた。


「すまないな。たださ、その突っぱねた態度、なんとかならないのか?」

「突っぱねる? そんなの、あなたが勝手にそう解釈しているんでしょ。私はただあなたに帰ってほしいだけなんだけど」

「そうかい。じゃあ、どうしたら俺のこと相手にするようになるんだ? ……そうだな、魔法対決、といこうか」

「ちょっと、ベンくん。そんなことしちゃ校則違反に……」

「ユー、これは大事な勝負なんだ。ここはすまんが黙っていてくれ」


 ルーカスはスプーンをテーブルに置き、ベンを睨みつけて言った。


「無理よ、引き受けない。そもそも、あなたが勝手にこの現状を作り出したのに、どうしてそんなに上から目線なの。信じられない」


 ルーカスはそう言い放つと立ち上がった。


「アオイ、もう行きましょ」

「え、うん……」


 アオイもルーカスを追って行こうとした。ただ、すぐに立ち止まり、ユーの方を見て「ごめんね」とだけ残すと、急ぎ足でルーカスを追っていった。


「ねえ、ルウ。あれでよかったの? なんだか不穏な空気が……」

「だって、勝手にあんなことされちゃ、気分が乗らないでしょ?」

「そうだろうけど……」


 ルーカスは無意識に早歩きになっていた。その横を、アオイが追いかけるように歩く。


「そうだ、昼からの授業なんだっけ?」


 アオイは新しい話題を持ち出した。


「実技よ。ペアになって、基礎魔法を使って実用的な方法を考えるの」

「ああ、そうだった!」


 そうして、2人は実習室に入った。


 まだ時間的に早かったからか、ほとんど生徒はいなかった。2人は実習室の中央付近に位置する席に座った。


 アオイがルーカスのスカートのシミを見て言った。


「それ、どうするの?」

「ああ、でもどうしようもないし、あいつに洗濯してって言うのも嫌だし……。家に帰ったら洗濯するわ」


 そっか、とアオイはにこりと笑みを浮かべた。ルーカスはその笑顔を見ると、少々気持ちが落ち着いた。やっぱり昔からの友達はいいな、と心から思ったのである。




 午後からの授業が始まる直前、いつものように教室中がざわめきに包まれていた。そこに教員が入ってきた。


「こんにちは。昼はよく食べましたか? 昼からは非常に体力の使う授業ですよ。それでは、まず、席の移動からです。この指定された席に移動してください」


 この授業の先生は、空間系魔術のアンディ・シャンソンだった。とても優しい母親的存在として生徒たちから慕われている。


 アンディは空気中に文字を書く魔法「リーテ」で座席表を書き始めた。それを見ていると、ルーカスの席は1番教卓から離れた後ろの窓側席だった。ルーカスがそこに行くと、すでにペアの相方が座っていた。


「ルーカスと一緒か」

「え?」


 顔をよく見ると、そこに座っていたのは、幸か不幸か、あのベンだった。反射的にルーカスの足が止まった。


「多分、席間違えているんじゃない?」

「いいや、俺はここだ。ルーカスこそ、間違っているんじゃないのか?」


 ルーカスはそう言われて、焦って教卓の方を振り返った。しかし、そこにはやはり彼女の席がここであることが書かれていた。


「えっと、……わかった。私がついていなかったのね」


 ルーカスは渋々その席に座った。


「それでは、まず、アテールから。この魔法で出せる水を、どのように使えば生活の役に立ちますか?」


 誰かが、野菜を育てるのに役立つ、と言った。アンディはそれに同意したが、もっと自分の役に立つことがある、と他の生徒にも回答を求めた。


 ベンはルーカスにコソコソと話しかけた。


「俺わかったよ。顔を洗うのに役に立つんだな」


 そう言って、ベンはルーカスの顔にアテールを使って水をかけた。


「……あんたね……」


 ルーカスはそう言って、ベンの頭から水をぶっかけ返した。顔はおろか、服もズボンもびしょ濡れだった。


 そんなことをしていて、2人はアテールの日常での使い方を全く聞いていなかった。したがって、目の前にあるコップを何に使うのか、結局最後まで2人は知らなかった。


 いくつかの魔法の説明の後、火を手の平に発生させる魔法「フィーレ」の実習があった。基礎的な魔法であるが、危険の伴う魔法であるため、火炎魔法専攻生以外の実習は中等部からとなっている。


「俺は火炎魔法専攻だから、こんなの簡単!」


 ルーカスが苦労している横で、ベンが手の平に顔のサイズほどの炎を作り出していた。


 そのとき、前方の席から叫び声が上がった。どうした、と思いルーカスが顔を上げると、前方から炎が飛んできた。


 まずい、このままだと……、と避けようとしたとき、横からもう1つの炎が飛んできて、その炎を吹き飛ばした。


「危ないもんだ」


 そう言ったのはベンだった。


「ありがとう……」


 ルーカスは照れを隠すように言った。それを見てベンは机の上に身を乗り出して、ルーカスの顔を覗き込んだ。


「見直した? 俺のこと見直した? ベン様って呼んでくれてもいいんだぜ」

「……見直したけど、そうは呼ばない」


 ルーカスはベンの視線を躱すようにして答えた。




    ◇◆◇




 その日の下校時、ルーカスとアオイの前に再びベンが現れた。


「どうしてあなたは、そう何度も私の前に現れるわけ?」

「そんなこと言わずにさ。ルーカスだって俺に助けられたんだし」

「そうだけど……」


 いきなりアオイがルーカスの手を持って、歩くのを止めた。


「そうだ、ベンくんは学校慣れた?」

「慣れたよ。ってか、もうなんだかんだ6年目だし。慣れないのは教員ぐらいかな。アオイは?」

「私も慣れたよ。ルウもきっと! ね?」

「うん、慣れたよ」


 ルーカスはまだ浮かない顔だった。アオイが続けた。


「明日、お昼一緒に食べよ? 今日はあんなことになっちゃったけど、きっと明日はそんなことにはならないから!」

「え、ちょっと……」


 ルーカスは止めたが無駄だった。ベンは同意した。ユーもきっと来る、と言っていた。




 翌日、ルーカスにとっては最悪の日になるかと思ったが、そんなことはなかった。いろいろと話してみれば、ベンやユーと気が合うこともあったし、決して悪い人たちではなかった。


 ベンは少し強気だし偉そうだったが、話してみれば楽しかった。アオイはユーと馬が合っているようだった。


 それぞれがそれぞれを理解し合い、それまでの不穏な空気は次第に感じられなくなっていった。

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