2 初めての魔法
翌朝、ルーカスはベッドから起きるとすぐにアオイの家に向かった。忘れ物がないか何度も確認したから、きっと大丈夫だろう。
ルーカスはアオイの家の前で彼女が出てくるのを待った。もう待ち合わせ時刻になっているが、まだアオイの姿は見えない。
が、しばらくして、慌ててアオイが飛び出してきた。
「ごめん!」
「大丈夫! 早く行こう!」
この日は校門で名乗り、昨日の検査の結果を聞くことになっていた。そして、検査の結果によっては通学を拒否されるのである。ルーカスもアオイも決して油断はできないが、検査の出来具合からすればそれほど気にかけることではなかった。
しかし、ルーカスの前に並んでいた男児が通学拒否を言い渡されていたのであるから、ルーカスは内心穏やかではなかった。
「君はね、昨日の検査の結果、学校側の通学の承認が得られていないんでね。すまんが別の学校を探してくれ。なあに、心配はいらない。あっちのカウンターでそのことの手続きをしているから、お父さんかお母さんと一緒にそっちに行ってくれ」
そうして、その男児は学校を振り返ることなく、とぼとぼと親を呼びに帰っていったのであった。
一方、ルーカスはというと、検査には全く問題がなかったので、この係員は「君は優秀だね。さあ、中へ」と言い、すぐにアオイの受付を行なった。その後、アオイもすぐにルーカスの後を追ってきた。
2人ともすぐに顔を上げた。昨日も見たが、通学許可がなされると、より大きく、そして壮大に見える校舎。レンガ造りで高く聳える本館。その横には、広大な校庭を取り囲むように配置された5階建ての講義棟や実習棟。本館前に建てられた巨大な食堂と、それらに挟まれた荘厳な噴水。すべてが4歳の彼女たちには大きかった。
2人は早速指定された講義等の一室に入った。運良く、2人とも同じ部屋だったのだ。
「今日は何するんだろうね、アオイ」
「午前中はオリエンテーション。それと魔法の基礎知識についてのお話。午後からは実際に魔法を使ってみるって」
「へえ、魔法かあ……」
ルーカスは、両親のように魔法を使う自分の姿を想像していた。アオイもまた、そうだったのだろう。コントロール系魔術をずっと使いたい、と言っていたのだから。
教室が生徒たちでいっぱいになり、ざわめきが頂点に達していたとき、いきなり入り口から爆発音が聞こえた。全員がそちらに注意を向け、室内は静かになった。
「はい、みなさん。おはようございます。このクラスの担当をいたします、スガル・ウーと申します。どうぞよろしく」
スガルが教壇に立つと、すぐに生徒たちは席に着いた。
「さて、まずは出欠をとりましょうか」
ルーカスは自分の名前が呼ばれるのを今か今かと待っていた。そして、名前が呼ばれ、誰よりも大きな声で返事をし、さらに挙手までした。クラス中が笑った。しかし、すぐにスガルは先ほどのような爆発音を出し、教室ではまた点呼を取る声だけが響いた。
ルーカスは少々恥ずかしかったが、まだ幼い彼女にはそれほど元気だったのがよかったのかもしれない。
点呼を取り終えると、次は、学校の施設の説明やこれからの授業の進み方などの説明を簡単に受けた。さらに学校での禁止事項や注意すべき場所などの説明も受けた。
魔法学校は、外からすれば「華の学校」と思われているが、実は「非常に危険の多い、そして規則や罰則の多い学校」だということがわかり、全く華ではなかった。それでも、魔法を使えない人が多数いる中で、マージとして生活できることは非常に誇りに感じられた。
◇◆◇
オリエンテーションは思っていたより短かった。それより、それがその後の授業の重たさを示唆していることにルーカスたちは気が付かなかった。20分間の休憩を挟み、同じ教室で早速基礎教育が始められた。
引き続きスガルが教室に来た。
「それでは、みなさん。早速ですが、魔法に関する基礎知識の問題をしましょう。まず1問目。一定期間の魔法の運用方針を決定するのは誰? わかる人は?」
皆顔を見合わせて相談していた。しかし、ルーカスは違った。
「はい! 世界皇帝です!」
「そのとおり。よく予習をしていますね。これは予習範囲外ですのに」
生徒たちは「えー」と不平を漏らした。
予習範囲とは、入学試験をパスした者が課されるもので、合格発表後すぐに購入させられる教科書の最初数ページをあらかじめ読んでおく、というものであった。ルーカスは家系全員がマージだということもあり、基礎の教科書の内容はほとんど知っていた。おそらく、そんな生徒は他のクラスも含め何人かいただろうが、このクラスにはルーカスただ1人だったのか。
その後もいくつか簡単なクイズを行なった後、本格的な授業に入った。
魔法学校の授業カリキュラムは非常にシンプルである。4歳から8歳までは初等部で、基礎知識の習得が中心となる。講義が全授業の約8割を占める。残りが実技だ。9歳から12歳の中等部では、基礎魔法の実技が多くなり、全授業の半分が実技の授業となる。13歳から16歳の高等部では、高等魔法の習得の実技が中心で、全授業の8割が実技の授業となる。
前半の授業が終わった。生徒たちは皆食堂に駆け込む。一刻も早く自分の席を確保したいのだ。食堂は決して狭くはない。しかし、窓側の席、入り口に近い席、ビュッフェボードに近い席などがあり、各々が好きな席を確保したいのだ。
ルーカスもアオイと共に食堂に向かった。少し後から行くと列が短くなっており、立っている生徒も少ないため、空いている席を見つけやすくなる。特に席の好みがない2人は、ビュッフェボードから遠く壁側の隅の席についた。
ビュッフェボードの上にはたくさんの料理が並んでいた。生徒たちは自分の食べたいものを取っていく。銀食器を色鮮やかに飾る食事にルーカスは目を丸くしていた。ふと厨房を見ると、髪をオールバックにした料理人の男と目が合った。ルーカスがウインクすると、男は魔法で炎の輪を作り応えた。
ルーカスとアオイはその日の授業について話し合った。楽しかったことや、わからなかったことを共有していたのだ。
1時間後、2人は実習棟へと急いだ。
「やばい、遅れる!」
アオイはそう言ってかなり焦っていた。ルーカスもアオイの後を追った。
実習棟に着くと、もうほとんどの生徒は揃っていたが、まだ担当教員はいなかった。
「よかった、ギリギリセーフ!」
2人が教室の一番前の席に着くと、すぐに教員がやってきた。
「こんにちは。実技担当のヘルベルト・アーノルドです。これからがあなたたちにとって最初の魔法を使う時間となります。いくつか注意点があるので、よく聞いておくように」
アオイはルーカスの肩をトントンと叩いた。
「ルウ、この先生、ヘルベルト先生だよ。コントロール系魔術専門の。ラッキーだよ、私たち」
アオイは隣で非常に興奮していた。
その後、ヘルベルトは魔法を外で安易に使ってはいけないことや、魔法を使うと血液を消費するから使いすぎてはいけないことなどを説明した。
「ということで、まずはどの属性でも使える基本魔法、メリーサをしましょう」
ああ、手の平の向きに風を発生させる魔法だ、とルーカスは理解した。
ヘルベルトは白紙の紙を教卓の上に置き、その方向に腕を伸ばした。
「まずは、手の平を前に向けます。そしてメリーサと唱えます。そのまま手の平に力を入れておくと、風が吹く。いいですか? まずは見本を見せましょう。……メリーサ」
すると、紙が風に吹かれ、教卓の前に舞い落ちた。
「こんな感じです。それではみなさん、机の上に紙を置いて、早速やってみましょう。くれぐれも、人に向けてしないように」
皆「メリーサ! メリーサ!」と繰り返し唱え、成功する者や全く風を起こせない者がいた。
ルーカスも紙に向かって唱えた。すると、紙が2メートルほど向こうまで飛んでいった。それを見ていたヘルベルトはすぐにルーカスの方に歩み寄ってきた。
「すごいですね。一発でここまでできるとは。さすが、ダラン学長の娘さんとだけあるのでしょうか」
ルーカスは満面の笑みを浮かべて紙を取りに向かった。しかし、「ダラン」と突然呼ばれたことに対し、内心どこか落ち着かない様子もあった。
その隣では、アオイが何度も呪文を唱えていた。
「メリーサ! メリーサ!」
アオイの紙は全く動いていなかった。ヘルベルトはその様子を見ていた。
「焦らなくていいよ。きっとできるようになるから、今は何度も試してみて」
ヘルベルトが他の生徒のことを見回りに行ってから、アオイはルーカスに満足そうな顔をして話しかけた。
「先生に声かけられちゃった。嬉しいからがんばる!」
アオイはそう言って再び呪文を唱え出した。
ルーカスはふと自分の足元を見て気が付いた。多数の血痕の上に、まだ新鮮な血が落ちている。流れ出す瞬間は気が付かなかったが、血が確実に流れ出していたのだ。
もう一度紙を飛ばしてみた。すると、手の平から血が1滴落ちていくのを見た。ああ、やっと私は初めて魔法を使ったんだ、とこのとき初めて実感した。
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