#7

練習5日目。


本番まで残り僅か。そろそろ大詰めだ。

先輩とも合わせをしたいところだけど、多分一発本番でやらされることだろう。


望美さんから貰ったアドバイスを元に詰めていきたいところ。



「あれ?」


いつも通り鍵を回すけど、なんか軽い。

今日使っちゃいけないとかあったっけ?……いや、言われないよな。



「すみませーん、どなたかいらっしゃいますかー?」


「はーい…………って、あぁ!貴方が花宮瑞貴くんね、待ってたわ!」


部屋から出てきた女性らしいシルエットの人に声をかけられる。



「あ、はい!声劇部の方、ですか?」



「そうよ〜私はミシェル。ミシェル・グレイ。涼太から新入部員の子が1人来るから鍵番をって頼まれていたの。


あぁでも鍵持ってたのね、なぁんだ帰っちゃえばよかった」


「なんかすみません……宮崎さんから貰ってたんですけど」


「あの二人の会話が噛み合ってなかったのね、謝ることないわ。私のことは気にしないで、練習どうぞ〜」



椅子に座って、足組んでるのにこの長さ……スタイルいいな、羨ましい。

ミシェルってことはハーフだろうし、見た目も中性的な感じですごく美人。


女性です、って言われても納得しそうだ。

ただ桜川は男子校だから勿論男子生徒なんだけど。


性格はちょっとクセがありそう。でも、多分いい人だ。



「聞いたわ、春人と涼太と一緒にロミジュリの読み合わせをするんでしょう?私今からすごく楽しみなの!」


「はは……そんなに期待しないでください」


「するわよ〜期待の大型新人だもの!それにやっぱり華がある。


私衣装担当なんだけど、貴方に似合う衣装がきっと沢山あるから、そっちも楽しみよ!絶対役を勝ち取って、私の衣装でステージに立って頂戴!」



ま、眩しい〜


そう言って貰えるのは嬉しいけど、今の俺にはちょーっと多すぎる期待だ。

予想通り、いや予想以上って思われるように練習頑張らないと。



既視感のあるキラキラした目から逸らして、苦笑いしながら音楽室の中に入る。


あ、でもせっかくあの二人以外の先輩にあったんだから、ちょっと話を聞きたいな。

主にこのトロフィーについて。


前は強かったのだろうか、トロフィーに刻まれている日付は数年前のもあれば、かなり前のものもある。

というか、結構大会の数あるんだな。



「それね、過去に私たちの何個か上の先輩方が獲ったものなの。


だけどそこ、4年前の大会で止まっているでしょう?そこから桜川は優勝どころか3位にも入れなくなったの。


"枯れた桜"とか、そんなひねりもなんともない渾名ばかりつけられて、色んなことを言われたわ。

特に私達が入ってからは、もう本当に成績が振るわなくてね。OBに合わせる顔がないのよ。


卒業する前に絶対に優勝しなくちゃ。


…………ってこんな話、新入部員にする話じゃないわね」



じゃあ、ここ好きに使っていいから!と足速にいなくなったミシェルさん。



「(枯れた桜……ねぇ)」



ミシェルさんがしてくれた話が気になるけれど、まずは練習だ。



【家柄なんて、どこの誰かなんて関係なかった。

どうしようもなく彼女と恋に落ちたんだ】



「とりあえず、悲しい感情とジュリエットに向ける愛しいって感情だよな……」



あ、あ、と軽く発声してからセリフを言ってみる。



「なんか違うな。もう一回……」



抑揚とか速度を色々変えて見るけど、どうもしっくりこない。


「これも違うな、うーん……」



他にもセリフは二つあって、これだけにかかりきりにもなれないのに。


仕方ない。気分転換に次へいこう。



【……勿論お前たちのことも大切だ。それに変わりはないよ。だけど、それ以上に大切で愛おしくて、何にも変えられないものができたんだ】



ここはさっきよりももう少し愛おしさを強調して、寂しげにしよう。



「でも、愛おしさってなんだ……?」



生まれてこの方愛おしいなどという感情が芽生えたことはあるか、と聞かれれば多分ない。


恋人がいたこともないし、家族は親父だけでペットを飼っているわけでもない。



いや、わかるわけないんだよなぁ……はぁ。


でも、そこを伝えなきゃ行けないのが演劇。そしてこの声劇の面白い所なんだろう。



ここは要検討だな。


大きく青いペンでグルっと丸をつけて、ページを捲った。



さて、最後。


【俺たちは誰にも支配されない、そうだろ?……だけど、俺がモンタギューじゃなければ】


……これ、セリフ付け足してもいいかな。

最後に【誰も傷付けなくて済んだのに】って入れたい。


というかその方が言いやすいし、感情も込めやすい。


悔しさ、悲しさ、後悔、それに足らない負の感情全部。自嘲してもいいな。



「……ま、いい感じか」


あまり納得は出来てるわけじゃないけど、もう少し詰めればこれはいい出来になるはず。


悲哀系が得意なのは子役の時から変わってないみたいだ。よかった。



トントン



「っはい!」


「練習中ごめんなさいね。お疲れ様、もう少しで時間だからそろそろ切り上げてほしくて」



もう一度最初のセリフに戻ろうとした時、ノック音が響いたかと思えばミシェルさんが立っていて。


眉毛がこまったように下がったミシェルさんは優しく俺を労って、ジュースをくれた。



「初めましてなのに……ありがとうございます!」


「いいのよ〜頑張ってたのは知ってるからね。先輩から貰えるもんはありがたくもらっておきなさい〜」


「はい!」



この缶ジュース、久しぶりだなぁ。子役の時はよく飲んでたっけ。懐かしい、、



「あ!」


「ん⁈どうしたの、いきなり大きな声出して」


「……【家柄なんて、どこの誰かなんて関係なかった。

どうしようもなく彼女と恋に落ちたんだ】


これだ!」



これだ。この懐かしいって感情。

きっとこれを言ったロミオはジュリエットのことを思い出してるに違いない。


恋に落ちた瞬間を思い出して、懐かしんで、愛情にふれているこの感情。



「ミシェルさんのおかげで、上手くいきそうです!」


「え、あぁ、それならよかったわ……」


「はい!ありがとうございました!ジュースもゴチです!失礼します!」



これ以上は一人で詰めたい。


今言ったセリフの調整点をメモして……よし、いける。



この感覚を忘れないためにも、俺は走って家に帰った。



「なんなの、あの子……」



ミシェルさんがこんなつぶやきを残しているとは知らずに。

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