Act0--裏 3年の思惑
#8
手元に集まった入部届は今のところ3枚。
正直なところ、あと二人、……欲を言えばもっと多く欲しい。
元々声劇部の人数は多くない。というか、少なくなってしまった。
三年が6人、高2は5人。裏方スタッフや演者を回すのにギリギリの人数は5人。
加えて今年は”花宮瑞貴”という得体が知れない怪物がいる。
彼が基本的に演者側に回ってくるんだとしたら、
裏方専任が一年からは2人か3人必要だ。
「これはまだまだ勧誘する必要がありそうだなぁ」
「だねぇ、春人。明日で最後だっけ、頑張らないとねぇ〜……ま、でも良かった!瑞貴くん獲得できて!」
「おう。これでまた大会でアイツらと互角に戦えるようになるよ」
待ってろよ、翠山!秋灯!冷泉!と大きな声で叫び出す涼太の顔は今までにないくらい楽しそうで、なんだか俺まで嬉しくなる。
今あげた3つの高校はそれぞれ、季節ごとに行われている大会の優勝常連校だ。
桜川と特に犬猿の仲である翠山高校は、夏の都大会王者。
最近声劇部が発足したばかりという秋灯学院は文化祭人気もさることながら、オータムカップ初出場ながらに優勝していた。
そして、高校声劇部においての絶対王者である冷泉学園。俺たちが一番倒したい相手だ。
冬の全日本高校生声劇コンクール、通称冬コンで
5年以上ずっと優勝していて、審査員側からも殿堂入りでいいのではという声が上がるほどらしい。
それどころか、かつての桜川の代名詞だった春コンでもここ数年は優勝を続けている。
何としてでもこの王冠だけは取り戻す、それが俺たちの目標であり義務だ。
そこで俺が見つけた"勝ち筋"が花宮瑞貴の勧誘。
少し前から芸能人、それも超有名俳優の花宮陸の息子が入学したらしい。という噂は回ってきていた。
俳優の息子がいれば、優勝できる!と安直に考えているわけじゃない。
彼が持っている才能とセンス、それを引き伸ばすために培ってきた努力を俺たちも学ぶ。
桜川高校声劇部自体を底上げして、全員が同じラインに立って、大会に臨む。
それが部長となった俺の目標なんだ。
もちろん花宮任せにするつもりなんてない。
こっちにだって三年間の意地とプライドがあるんだから、そうそう譲ってやる訳にはいかない。
だから、1週間後のリーディングセッションが楽しみで仕方がない。
そんなことを考えながら、今日も勧誘のために廊下を歩いていく。
グラウンドは運動部の声と勢いがすごいから、直接一年の階に行くのが吉、と先輩に教わった。
「残ってる生徒はあんまりいなさそうだな」
「ね。流石に皆どこかに決めちゃったか〜、少しでも興味を示してくれる人がいればいいのに。
こうなったら花宮くんぶら下げて歩きたいよ。あの子の演技を見たことない人、多分いないっしょ!」
「だな。
あぁ、でも。花宮陸さんと花宮瑞貴って、一時期SNSでめちゃくちゃ叩かれてそれ以来あんまり出なくなったよな?
何があったんだろう」
「調べてみるか、!」
器用に呼び込みをしながら片手でスマホをいじりだす涼太を横目に、プラカードを上げた。
若干だけど、視線を感じるんだ。入部迷ってるなら飛び込んできてくれたら嬉しいんだけど。
俺が覚えてる限りの花宮の話は、確か……7年くらい前だったはず。
小学三、四年生の時の舞台出演を最後に、毎週出演していた教育番組の卒業と制作中のアニメからの降板が相次いで、それ以来彼をみることは無くなってしまった。
全部突然のことで、楽しみにしていた彼のファンがすごく嘆いていた。
俺が好きだった漫画のアニメにも出演予定で、声色がぴったりだと思っていたのに知らない人に変わってて驚いたのを覚えている。
それと、同時に父親である陸さんも姿を消した。
というか、先に表舞台から降りたのは陸さんの方が先だったように思う。
調べてもきっと何も出てこない。
2人の引退理由は、陸さんは心身の重い不調で、花宮は学業に専念するという何ともありきたりなモノだったはずだ。
あの時は真の理由を解明しようと躍起になっている人が多かったイメージだけど……
「あーダメだ。何も出てこないよ」
「やっぱそうか……あいつが言ってた
"俺が入部したら部に迷惑がかかる"っていうのも気になってるんだけどな」
「あー確かに。いつか話してくれるといいんだけどね」
「うーん、こればかりは外野が騒ぎ立てることじゃないし。本人の口から聞けるのを待つしかないな」
昨日の様子じゃ時間かかりそうだけどなと苦笑すれば、確かにと苦笑いを返される。
本人もすごく気にしているところなんだろう、俺たちに口止めをしようとしてくるくらいだし。
誰にだって隠したいものはあるよな。
「にしても、花宮くんが入ったことで、今年はどこまで進めるかな〜」
「どこまでじゃないだろ、一番上まで行くんだよ。俺たちは今年で終わりなんだから
それに、俺たちだって頑張らないと」
「いやぁ、まぁそうだけどさ。
でも正直言って僕は花宮くんより自分が上手いとも思わないし、彼から役を勝ち取れるかって言ったら自信ないよ?
それに、今のところ俺たちの戦力って言ったら花宮くんだけじゃん?あとは他の一年生がどのくらい入ってくれるかだけどね。そろそろこの敗戦連鎖止めないとOBに会わす顔ないし」
確かに、涼太の言うことも一理ある。
俺たち、三年生が入ったときからこの桜川高校は大会で、いい成績を修めることができていなかった。
春のコンクール、桜川が優勝し続けていたが昨年ついにその座を手渡してしまった。
夏の都大会は、ここ数年の結果は4位。
秋に行われる文化祭でも声劇部に訪れてくれる客足は減ってきていて、どうやら近くにある秋灯学院の声劇部に流れてしまっているらしい。
冬のコンクールは冷泉学園が常に優勝していて、俺達は頑張っても3位。
俺たちがこんなにも弱くなったのは、うちに武器になるような戦力がいないからだ。
正しくは、いた。けれど、いつかの大会の時にプロダクションに引き抜かれ、そのまま芸能科がある高校に移ってしまったのだ。
そして、俺たちが3年になった今年の春コン。
桜川はさらに戦績を落として、ついにトップ4から陥落した。
俺たちがいかにその先輩に頼り切ってしまっていたかがわかった春コンだった。
もう二度とあんな不甲斐ない思いはしたくない。
勿論その時も、今の俺たちにも、実力がないとは言わない。というか言いたくない。
だけど、どこか部活ということで線引をしてしまっている。
俺はそんな気がしてならない。
だから花宮を獲得できたのは大きい。
あいつには起爆剤になってもらうんだ。
”葉桜”とか”散った桜”とか色々言われている俺たちを突き動かす起爆剤に。
そこに俺たち三年が追いつけば、きっと。
そのためには………よし。
「涼太、ここは先輩の意地をみせようか」
「んー?」
「花宮に歓迎会の前、ロミジュリの一場面をやってもらうことにしたんだ。あいつの本気の演技を見せてもらいたくてさ。ま、俺たち三年が出ることが交換条件なんだけど」
「お、春人くん。いつもよりやる気ですねぇ。それ僕も参加していいの?」
「ああ、もちろん。ここで俺たちが花宮の全力を引き出す。悔しいけどあいつの方が上手いと思うからさ、俺たちの演技が伊達じゃないってところ見せようぜ」
「りょーかい!湊とかにも声掛けよーっと。あと、他の一年生探しも行かなきゃね!」
ほらはやく!と走り出す涼太の背中を追いかけるうちに、俺はなんだか面白いことができそうな、そんな不思議な気分でいた。
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