#11


そして迎えた本番―――――――


いつも通り俺は音楽室へ向かう。


そこには既に発声をしている宮崎さんと副部長、他にもたくさんの部員の姿があった。



「失礼しまーす……」


「おお、来たか。見ての通り二・三年生全員参加だ。よかったな、期待されてるぞ」


「宮崎さん、それ嫌味ですね。わかって言ってます?」


「オーディエンスがいるの、嫌いじゃないだろ?」



いつかと同じようにニコニコとお互い煽り合っていると、1人の先輩が近づいてきた。



「へぇ、君が花宮くんか。よろしくね、俺は二年の木村拓海」


「あ、ども。これからおねがいします」



「あのポスターを書いてくれたのはこいつだよ。」


「あーあれか!すごかったっす」


「そう?褒めてくれて嬉しいよ。君の演技楽しみにしてるね」



いい笑顔で俺の肩を叩いて友人たちの元に戻っていく木村さん。


……え、なに。この部って煽り上手い人しか入れない制約でもあるの?



演技前に余計なことを考えてしまいそうになって、俺は慌てて頭を振った。



「……?よしじゃあ、あと5分したら始めようか」


「あっ、はい!」



五分でどれだけ体を整えられるかが勝負。


軽くストレッチをして温めて、発声練習をして喉を開く。



いい舞台にするには、その場をどれだけ自分のモノにできるかが大切だ。


発声する俺の様子をチラチラと見てくるけれど、気にせず自分のペースで進めていく。



「さ、そろそろ始めようか」



宮崎さんの声を皮切りに観客席と雑に区切られたスペースへ移動して行く部員の皆さん。


バラバラとなる足音を無視して、目を閉じて場面を想像する。



その時だった。


自分の中で体が軽くなり、沸き立つような熱を感じる。


敵対している相手に恋をしたことで、仲間を裏切ってしまった後悔。仲間から向けられる鋭い視線への悲しさ。


そして、何よりも愛おしいジュリエットとのひと時を思い出して、懐かしさに浸る。



「(そうだ、この感じだ)」



俺が忘れていた感覚が久しぶりに体に戻った、そんな感じ。


周りの音が全部遮断されて、自分だけの世界になる。

脳裏に広がるのは14世紀イタリアのヴェローナ。

周りに見えるのは鋭く痛い視線を寄越す仲間たち。



あぁ今この瞬間、俺はロミオになった。


そう思えるこの瞬間がたまらなく好きだったことを思い出す。



そして有難いことに最初のセリフは俺。


この雰囲気を誰にも邪魔されることなく進められる。



ただその次からは部長と副部長はロミオの親友のマーキューシオ、ベンヴォーリオが容赦なくぶつかってくるだろう。



でも。



「(楽しい時間になること間違いない)」



俺は目を見開き、口を開け言葉を紡ぎ始めた。



「【家柄なんて…どこの誰かなんて関係なかった。


どうしようもなく、彼女と恋に落ちたんだ】」



「【でもだからって!俺たちを裏切るようなことする必要はないだろ!】」


「【マーキュシオの言う通りだ。お前は、俺たちが信じていたロミオは、俺たちのことを簡単に裏切るような奴じゃない。そうだろ?】」



「【なぁ何とか言えよ!!】」


「【……勿論お前たちのことも大切だ。それに変わりはないよ。でも、大切で何にも変えられないものがもう一つできてしまったんだ】」



「【それがよりによってあのキャピュレットの嬢さんってことか。

わかったよ、俺が好きだったロミオはもういないんだな。行こう、ヴェンボーリオ】」


「【……見損なったぜ、ロミオ】」




「【俺たちは誰にも支配されない、そうだろ?……だけど、俺がモンタギューじゃなければ。


誰かを傷つけることなんてなかったのに】」

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