#5

「すみません、宮崎さんいらっしゃいますか?」



約束通り、俺は次の日に入部届を出しに三年の階へ。


入部届けって普通、担任に提出するもんだと思ってたんだけど。

まぁあまり担任好きじゃないし、他の一年の分も纏めて出すみたいだから感謝感謝。



「お、花宮か。待ってたよ」


そのままパッと俺の手から入部届を引き抜いて、ちゃんと記入されてるか確認している。



「よし、大丈夫そうだな。入部届、確かに受け取った。……にしても本当にウチに来てくれるなんてなぁ」


「いやいや、何言ってるんすか。どう考えても先輩方、俺を確実に入部させようとしてましたよね?」



「……まぁ躍起になってたところはあるよ。お前が頷くまで声を掛けに行こうとしてたし。


でも、正直言って五分五分な気持ちでいたんだよ。これはほぼ賭けだ。それもかなり無謀な」



ははっと高らかに笑う宮崎さん。

いや嘘でしょ……あの時の勢い凄かったぞ、ちょっと怖かったし。



「賭けって、そんなふうには見えなかったですけど」


「ほら、俺はお前が表舞台から姿を消した理由を詳しくは知らないし、それに涼太と違って俺はお前が今も演劇を好きなのかどうかはわからなかった。


だけど、俺は……俺たちはお前が欲しかった。

子役時代、周りの空気を一変してしまうほど役を自分のものにしてしまう花宮瑞貴がいれば、俺たちの桜は満開になる。


そう信じて疑わなかったんだよ。だからあそこまで張り切ってたんだ」



「……そんなの、買い被りすぎっす」



今になって、こう面と向かって言われると、なんか小っ恥ずかしいな


照れくさいし、何よりも宮崎さんの目が真っ直ぐすぎて、俺は顔を背けることしか出来ずにいた。




「ははっ、花宮もそういう可愛いとこあるんだな。俺は買い被ってなんかないしな。全部本当のことだ、そうだろ?それに…………「ふたりとも!なーに難しい話してんの?」



「うわ、副部長!いつの間に!!」



へへーんと子供みたく笑う副部長。



「せっかく俺がいいこと言おうと思ったのに……何か用か?涼太」


「あ、そうそう。昨日花宮くんに伝え忘れてたんだけど。初めての部活の日に何か得意なこと披露してもらうから!よろしく〜」


「へ?得意なこと、すか?」


「花宮くんならいっぱいあるでしょ?まぁ、そんな気張らなくていいよ。歓迎会の一つでやるだけだし!


というか、僕のことも桜木さんとか、桜木先輩って呼んでくれていいんだよ?」



そう言ってウィンクをかましてくる副部長。


そういうの女子にやってやれよ。キャーキャー言ってくれんだろ。


俺、男だし。なんとも思わないっつーか、むしろ寒気がするっていうか……


なんか、宮崎さんとの落差がすごい。



「いやぁ……多分、俺、副部長のことはずっと副部長って呼ぶと思います」


「えっ、なんで⁈」



「いい判断だ、花宮。こいつは名前で呼び始めたら調子のるからな」


「ですよね、宮崎さん。俺の思考回路は正常だったようで助かりました」



「ちょっと春人まで!!……いいし、別に!でも僕は花宮くんって愛を込めて呼ぶから!」



なんだろう、この人。すごくペースが乱される。



「まぁ、いつかは桜木さんって呼んでくれるかもだし。そんないじけんなよ、涼太」


「別にいじけてないですよーだ。絶対いつか呼ばせてやるから!」



いじけてんじゃん……子供かよ。


どっか行ったし。



「あ、そうだ。花宮、お前の今の演技力を知りたいからこれ歓迎会の前に少し早く来てほしいんだけど大丈夫か?」


「あ、はい。大丈夫っす」


「じゃあこれ、よろしくな」



サラリと渡されたルーズリーフにはいくつかセリフが書いてある。


どれもこれも見覚えのある『ロミオとジュリエット』のセリフだ。




「えっと……確認ですけど、宮崎さんにだけ見せるやつですか?」



それなら……いや、副部長は来そうだけど、まぁいいか。



「いや、可能なら今いる部員にも見せたい。子役上がりのお前の演技をな」


「ちょっと待ってくださいよ!俺が昨日言ったこと忘れたんですか?」



刹那、ニヤァと悪そうな笑みを浮かべる宮崎さん。


あ、嫌な予感。口滑らしたな、これ。



「忘れてないぞ?……そんだけ言うってことはあの時と変わらない演技が今もできるってことだな?」



やっぱり……。宮崎さんって実は腹黒い、っていうか計算高い人なんだ。

常識人だと思っていた数分前の俺を殴りたい。


だって、これどうせ俺に残された選択肢は「実行」しかないんだろ?


なんだかこの人たちのペースにいいように乗せられてる気しかしない……。



「先輩、いい性格してますね」


「ははっ、急に褒められると照れるな」



いや、褒めてねぇ。


まぁ台本は俺が最も得意とする悲しい系の物語だから、いいか。



しかも渡された部分はロミオがジュリエットと結婚式を挙げたことが仲間にバレてしまったところ。


信じてた仲間に裏切られた悔しさとジュリエットに抱いた恋情との間で葛藤するロミオの部分だ。



「どうだ?もし嫌だったら台本変えるけど」


「いや。大丈夫っす。俺、こういう作品すげぇ得意なんで」



久しぶりに燃えてきた。本番が楽しみだ。



「そうか。じゃあよろしくな。本番は1週間後、楽しみにしてるよ」



1週間ね。十分、十分。なんなら多いくらい。


つーか、俺。面白いこと考えちゃった……



「あの、宮崎さん。お願いがあるんですけど……」


「なんだ?」



「1週間の準備期間があるなら先輩方も参加してくださいよ。

俺がロミオなら先輩方、ロミオの仲間側で。


宮崎さんと副部長で十分ですけど……もし他にやりたい方いたら参加してもらっても平気です。どうすか?」



俺だけ演技を見せるなんてそんなのフェアじゃない。


俺だって声劇部がどのくらいのレベルなのかしっかり見ておきたいし。



そんな思いでチラリと宮崎さんを見ても、渋い顔で唸っている。


きっと一緒にやるんじゃなくて、あくまで見たい気持ちが強いんだろう。



でもこれからも一緒に演劇していくんだから、空気感とか雰囲気とか掴みたい。



「先輩なら二つ返事で乗ってくれると思ったんだけどなぁ。もしかして乗ってくれないのかなぁ。残念だなぁ」


ここまで言っときゃ、イイ性格の宮崎さんなら……



「……わかったよ。俺らも参加する」


「おっしゃ!」



ほらね。乗ってくれると思った!


よしよし、これでフェアだな。あとは全力で臨むだけ。



「無事に承諾して頂けて光栄です〜、もしかしたら断られるかなってヒヤヒヤしてたんですよ〜」


「ははは、お前もなかなかイイ性格してるよ。ま、そこまで言うなら俺らにも先輩の意地というものがあるし、全力で演じさせてもらおうか」



「もちろんっすよ。俺も手は抜きませんから」


「言うねぇ、花宮」



肘でこづかれ、俺も笑い返す。



「じゃあまた1週間後な」



いじけた涼太、回収してくると言って去っていく宮崎さんを一瞥して、俺もHRに戻る。



1週間無駄にしないようにしなきゃな。


ロミオか………楽しみだ。


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