#3

「(お、あった。第一音楽室。結構大きいんだな)」



音符やら何やらが彩られてる木彫りのプレートには大きく音楽室と書いてある。


チラリとドアの窓から覗けば、中には数名の部員。

……ん?音響室って、なんだ。そんなの普通高校にあるか?


そっちの少し暗い部屋にも部員がいて、何やら難しそうに話し込んでいるようだ。



それに、部屋の真ん中あたりで掛け合いか何かを練習している人たちの前にはスタンドマイクがある。



なるほど、声劇部と言っても、中身はどちらかというと朗読劇に近そうだ。


声劇というのは、どちらかというとラジオドラマとかボイスドラマが当てはまる。



一方の朗読劇は、マイクの前で演者が台本を持って感情の赴くままに演技をする。

最近じゃそこに効果音がついて、派手な照明がついて、作品に合わせた衣装や舞台セットなんかもある音楽劇というのも流行っているらしい。


以前テレビでそう紹介されていた。


すこーし、ほんのちょっとだけ興味が湧いて、その番組を見てしまったのを覚えてる。



まぁ朗読劇部よりも声劇部の方が語呂はいいし、あまり興味ない人にとってはどっちでも、というか何でも良い話だろうしな。



そういやポスターにも"リーディングセッション体験"って書いてあったっけ。


……別にやるつもりないけど。



「(ん?何か聞こえる、)」



少し前まで静かだった部屋の空気がいきなり動き始めたのを感じる。


ただ流石は音楽室。中の声はあまりよく聞こえない

………けど、これはレミゼだ!聞き馴染みのあるセリフがぼんやりと流れてきている。



「(あーそうそう!そこで、マリウスとコゼットがなぁ………って、違う。今日は偵察に来たんだろ、聞き惚れてる場合じゃないっての)」



ぺちっと頬を叩いて、もう一度音楽室の中を見る。

中に入る勇気は、ちょっと持ち合わせていない。


色んな声が聞こえる音楽室を外から少しだけ覗いてみる。



すると……



「花宮くん!!」



バレた。


ガラガラッと大きな音を立てて開けられた扉からはこないだの穏やか先輩が出てきていた。



鬼ごっこ二回戦ってこと⁈冗談キツイって……


というか俺の名前なんで知ってんの⁈



いや、今はそんなことどうでもいいか。

捕まったら、なんやかんやで声劇部に入部させられるに決まってる!!



「あーえっと……さようなら!」


「あ、逃げた!待て待て!」



うお、真面目先輩の方も出てきちゃったよ

……やっぱり、足めちゃくちゃ速いな。なんで運動部入らなかったんだ?特に穏やか先輩。



くっそ、ポスターなんて気にせず帰ればよかった。

あぁもう!!俺はこの間から何度後悔してるんだ、馬鹿野郎!



「待ってー!来てくれたってことは入ってくれるんじゃないの⁈何で逃げるんだよー!」


「待ってくれ!君に見てほしいものもあるんだ!」



うお、この声量で話しながら走るのすご。

流石声劇部というか、どうして声劇部というか……



「すみません、俺は用ないんでー!……うわっ!」


「はい花宮くん、捕まえた!!はい、これ見て!」



いや挟み撃ちはずるいじゃん。


あーあ、捕まっちゃった。



逃げられないように肩を掴まれ見せられたのは一つの動画。



暗い画面に打ち出されたのは舞台上に並んだマイク


それを照らす照明やきらびやかな衣装


舞台を盛り上げる音楽



そして……"物語る"色とりどりの声。



先輩のスマホの小さな画面から流れてくるそのどれもが、俺の心を踊らせる。



……あぁ、懐かしい。



俺が好きな世界。俺が惚れた世界。


俺が戻りたくても戻れなかった世界いばしょ



画面に映る部員の顔は晴々と自信に満ち溢れていて、それだけでこう、何というか心がソワッとする。


全身の血がふつふつと湧き立つ感じがして、目の前の小さな画面から目が離せない。



「…………ははっ、ずるいっすよ。これは」


「先輩だからね。ねぇ花宮瑞貴くん。これを見ても演劇に興味がないって言える?」


「まだ演劇好きなんだろ?」



ニヤニヤと楽しそうに俺を見据える二人。


どうやら、俺は二人の落とし穴にまんまとハマってしまったみたいだ。



「……なんでそんなに俺にこだわるんですか」



「正直なことを言うけどさ、俺らもせっかくの大物逃したくないんだよ。


君はあの花宮陸の息子だろ?」



そんなことまでバレてる……いや、バレたから声をかけられたんだよな。

今時調べれば色んなことがすぐにわかるし。



あぁ、結局俺は"花宮陸の息子"としか思われて無いみたいだ。


それともこれも、俺の負けず嫌いな性格を見抜いてのハッタリなんだろうか。



「(前にもあったな、こんな悔しい想い)」



ギリっと唇に悔しさを滲ませた俺を知ってか知らずか、先輩は話を続ける。



「でも、それだけじゃない。


君の、花宮瑞貴自身のスペシャルな演技を待ってる人がきっと沢山いる。


だから、また僕らと一緒に立ち上がってくれないかなって思ったんだよ」



「だけど無理強いするつもりはないさ。



でも……もし君が声劇部の一員になってくれるなら、俺らは喜んで歓迎する。


まぁ、もう一つ正直なことを言えば、俺達はお前に声劇部を救ってほしいと思ってるんだ。

そこには勿論お前が花宮陸の息子だからというのもある。だけど、あの年齢で多くの人を感動に包んだ実績と、演劇への深い深い情熱があるんだ。

このまま無駄にするのは勿体無いよ。



俺たちは、次の春コン……高校生全日本春の演劇コンクールで、もう一度王者に返り咲く。

だから、その景色を一緒に見よう。な?」


「……まぁ、それでもやっぱり断る、というのなら僕たちはもう来ないよ。ちゃーんと諦める」



あれだけの熱烈勧誘をしときながらのあっさりした言葉に俺は拍子を突かれた。



これが最後のチャンス、ってことかよ……



俺が花宮陸の息子ってだけじゃない、花宮瑞貴という1人の演劇者である証明ができる最後のチャンス



もう一度あの眩い世界取り戻すチャンス。



……………そんなの。そんなの、諦められる訳がないだろ。




「俺が入ることできっと沢山の迷惑がかかります」


「関係ないさ」


「皆さんが積み上げてきたものをぶっ壊すかもしれない」


「その時はもう一度一緒に積み上げようよ!

時間はたっぷりあるしね」



自信満々の笑顔で俺を見るお二人はさながら、

王者の風格があって純粋にカッコいいと思った。



「……ここなら俺ももう一度スポットライトを浴びれますか」



「あぁもちろん。俺たちがお前を引っ張りあげてやるよ」


「等身大の今の君の演技が見たいよ、花宮瑞貴くん」



あーもう。これは俺の負けだ。



「入部、します」



俺がそう言うとハイタッチを交わす先輩たち。



「やった!!僕はきっとこうなるって思ってたよ!昨日演劇に興味ないですって言ったの嘘でしょ!

目泳いでたし!


あ、僕は桜木涼太。副部長!どうぞよろしく!」


「そう言ってもらえて嬉しいよ、ありがとう。

俺は宮崎春人。声劇部の部長だ、よろしく」



「俺は、花宮瑞貴です。もう知ってると思いますけど。

それと、一つお願いがあります。いいすか」



「なになに?」



「俺が子役あがりってことと、父親のこと他の部員さんには黙っててくれませんか。もう俺の人生に父親は関係ないので」



親父の名前とか名声なんてものは関係ない。


それが俺の子役の時から、ずっと絶対に破りたくなかったこと。



もう一度、演劇界に戻るんだ。


今度こそ絶対に花宮"瑞貴"として認めさせてやる。



「いや、部員には自分で言ってくれ。

お前が腹の中に抱えてるモノをちゃんと共有した方がいいと思うぞ」


「……わかりました。じゃあ、俺はこれで」



なんか、色々疲れた。早く帰って寝たい。



「本当はいろいろ聞きたいところだけど……まいっか!また明日!」



ブンブンと元気に手を振る桜木さんとニコニコ笑顔の宮崎さんに軽く会釈してその場を後にした。




「(累にちゃんと伝えて、謝らないとだな)」



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