#2 

「なー瑞貴、こないだの話」


「んだよ」


「演劇好きじゃないなんて、ホントは嘘なんだろ?勧誘、受けないの?」



熱烈な勧誘を受けた日から数日経って、そろそろ部活登録の締切が近づいている。

帰りのSHRも終わって、累の体験入部が始まるまであと20分。


あれから色んな部活を見に行ったけど、なかなかしっくり来るものがなくて流石に焦っていた。



最近仲良くなった奴らも、剣道部とか、バレー部とか、水泳部とか、しっかり忙しい運動部に所属を決めたようだ。



さよなら俺のキラキラ青春放課後……



目の前の累も見慣れた練習着に着替えていて、なんとなく視線を合わせづらい。



「演劇を、見るのは好きだよ。今は、その、機会がなくて行けてないけど」


「はい、嘘。見るのも演るのも好きなんでしょ?なんで嫌いになったなんて言うんだよ。ほら、お前小学生の頃は学校休んででも仕事してたじゃんか」


「……色々あったんだよ」



「色々って?」



そろそろ正直ちょっとウザい。



子役の時のことは掘り返されたくないし、話したくもない。


楽しいことも嬉しいことも沢山あったけど、俺にとっては苦い思い出の方が大きいんだ。


誰にだって、そういうの一つや二つあんだろ。

察してくれよ。



新品のスパイクなんだろう、ツヤっとしていて、まるで俺の心とは正反対。

履いて、床に数回打ち付ける累の姿は中学生の頃よりも何だか様になっている。



どうやら準備が終わったようで、前の椅子を少し乱雑に引き出して跨いで座った。

……そのままさっさと仮入行けば良かったのに。



「なに、なんか言いたいことでもあんの?」


「あっ良くないんだ〜そういうツンケンした言い方!

少なくとも俺はさ、瑞貴が演技してるところもう一回見たいって思ってるんだよ。

ほら、小4の時にお前が主役だった舞台、チケット貰って見に行ってさぁ……こう、ブワァって鳥肌がたったんだよ。すげぇ感動したの、今でも覚えてる。


またそれが見れるのかなって、ちょっと期待してんだよね。ウゼェかもしんねーけど。

まぁとにかくさ、体験入部だけでも声劇部行ってみなよ」



「だから、行かねーって」


「行けよ。そこは、そうだね!俺行ってくる!って嘘でも言うところだろ、馬鹿」



なんだその真似、全然似てねーんだけど。

思わず深いため息をついてしまう。



あと10分


教室にいるクラスメイトも段々少なくなってきて、俺たちの声がやけに大きく聞こえる。


俺と累の間には少しピリついた空気が流れていた。




「なぁ、どうしてそこまで俺に干渉すんだよ」



「そっれは、…………瑞貴が変わったから。中学生になって、なんか気だるげっていうか、諦めて見えるっていうか。こう、なんつーかな、昔のお前はもっと「うるさいな」……え?」



「お前に言われなくたって、俺も、昔の俺のほうが……ッ!」



突然声を荒げた俺に驚いたのか累は静かに口をつぐんだ。



累の言ってることは全部当たり。



どれだけ努力したって、頑張ったって、報われないことも叶えられないことも多くある。

何かを犠牲にしなきゃいけないことだってあるし、諦めなきゃいけない時もある。



俺はそれを、同年代の奴らより少し、いや大分早く知った。


ただそれだけだ。



「ごめん。……じゃ、俺体験入部行くわ」


「……ん」



「あ、瑞貴!言い訳してんじゃねーぞ!!明日ジュース奢りな!」



ババッと言いたいことだけ言って、中学の時と変わらず元気に駆け出していく累が少し羨ましい。


どうしてあんなにも全力になれるんだ?

桜川がサッカーの強豪とは聞いたこともない。どちらかというとバスケ部の方が強かったはずだ。


グラウンドだってそんなに広いわけじゃないし、部員もめちゃくちゃ多いわけじゃないだろう。あんまりよく知らないけど。



多分それを累に言えば、ただサッカーが好きだからって真っ直ぐな目で言ってくるんだろうな。

容易に想像ができて、少し笑えた。



反面、俺は別にものすごく部活がしたいとか、そういうわけじゃない。


けど、なんつーか、こう無意識の内に自分の小さい頃と重ね合わせてるだと思う。



俺も子役の頃は、そうだったっから。



目にするもの、耳にするもの、教えてもらうもの全てが真新しくて楽しくて、夢中になっていた。


誰よりも早くスタジオに行って練習して、誰も受けたがらないような役だとしても、一生懸命に努力して勝ち取ってきた。



『瑞貴が変わったから』


累の言う通り。俺は、変わったのかもしれない。


でもそれは普通のことだって、年齢が上がる度に思ってきた。

それが大人になるってことだって。






…………今のは、単に俺の八つ当たりだ。

図星を突かれて、何も知らないくせにって悔しくて、何事にもずっと全力でいられる累が羨ましくて。


それで、いきなり怒るなんてよっぽど子供だわ、俺。




とりあえず帰ろ、今日はゲームの新作発売日だし。



そう思ってスクバの中からいらない教科書を取り出した時。



ひらり



昨日押し付けられた声劇部のポスターが音もなく落ちてきた。



「(そういや捨てるの忘れてたな)」



拾ったままにじーっと眺めてみれば、見覚えのある作品名が〈過去の演目〉と書かれた下に連なっている。


俺が過去に演じさせてもらったものもあって、懐かしさやら何やらが混じった想いが込み上げてきて。



「第一音楽室……一つ上の階か」



時間余ってるから、少し覗いてみるだけ。



別に入部すると決めたわけじゃない。

別に、累に背中を押されたとかそんなのじゃない。



ただこのまま行かないのは、なんとなく心が落ち着かねーし、先輩にも失礼だから、足を運ぶだけ。



自分にそう言い聞かせて俺は教室を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る