第17話 再潜入

 テリーが暗知の事務所に戻る頃には、すっかり日は落ちていた。

「あれ?鍵が掛かってる‥‥」

 合鍵で事務所に入ると、真っ暗な暗知の事務所は隠れ家のようにひっそりとしていた。


 テリーが携帯電話をチェックすると暗知からメールが入っていた。


「えーっと。《今日は、三輪と一杯行ってきます》なんだそれは!事件は!?」


 テリーはメールを読み終えると、暗知に電話をしたが、呼び出し音は無常に繰り返された。

「助手はお呼びでないということですか?」

 テリーは乱暴に携帯電話をスカートのポケットにしまうと、意識を集中させた。


「はぁー‥!」

シュッ、スーッ シュッシュッ!


「ティリャー!!」

 テリーは空手の『型』を一節演じた。薄暗い事務所にテリーの声がこだますると、不思議と気分が落ち着いた。


「明日は、根掘り葉掘り聞かせてもらいますからね」

 誰も座っていない暗知のデスクにそう言い放つと、テリーは事務所ドアに施錠をして帰宅した。


‥‥‥

‥‥‥‥


 次の日、テリーは午前中に学校を早退し、暗知の事務所に向かった。しかし、昼を過ぎても暗知は現れなかった。

(一体、何をしているんですか、暗知さん)


 電話もメールも応答が無い。昨日の夕方から暗知は音信不通になっていた。


 暗知を待つ間、テリーは三輪からの提供資料を丸テーブルに広げ、事件を考察した。


 意を決して『中村里美』の実家に電話をすると、彼女の母親が電話に出た。


 悲しみに打ちひしがれ、今でも里美の死を受け入れられず、葬儀の準備もままならないようだ。テリーは自らを里美の友人と称して、哀悼の言葉を伝えた。


 気がつくと、夕暮の明かりがブラインドをすり抜け、かすかに事務所内を照らしていた。


 テリーは資料を片付け始めると、決心した。

(よし、やれるだけやってみよう!)


 事務所のドアに施錠し、外の通りに出た。表に出るとオフィス街に位置する為、人通りは多い。すぐにタクシーを拾えた。


「『青坂pallet』まで、お願いします」

 テリーは運転手に行き先を告げた。


‥‥‥

‥‥‥‥


 この日は『パラレルロックFes』の開演日。

 エミリの居場所がわかるのは、この日が最後だ。タクシーはスムーズに目的地に到着した。


 テリーは会場入り口で夏菜子と待ち合わせをしていたが、面識のない夏菜子の友人たちもいた。


 夏菜子がテリーに気付き、手を振りながら近づいてきた。

「おーす!テリー!今日は早退するなんて、暴れる気マンマンだねー!」


「まぁね、この日を待ちわびていたよ」

 テリーが薄ら笑いを浮かべながら手のひらを差し出すと、夏菜子はその手目掛けて、力強くチケットを叩きつけた。


「代金はツケで良いよ!転売屋から仕入れたから二倍の金額だけどね〜」

 夏菜子は小声で伝えると、無邪気に笑った。


 テリーは意地悪そうに笑うと、夏菜子たちを置いて先に入場受付を済ませた。


「かーっ!カッコいいなぁテリーさんわぁー!」

 テリーの勇ましい後ろ姿を見て、夏菜子は友人とケタケタ笑っていた。


 転売チケットで入場したテリーはスタッフの動線を観察した。

(こっちか‥‥)

 マコが選んでくれた黒Tシャツとデニムパンツはスタッフの服装と上手く溶け込み、テリーは観客誘導レーンから外れた。


 慌ただしくスタッフが行き違う中、テリーは記憶を頼りにeimyの控室を見つけた。


 ドアの横には『eimy様へ』と貼り紙がされたケースが置かれている。


「さて‥‥とっ!」

 テリーは差し入れと思われるケースを持ち上げると、躊躇なくケースの角でノブを捻り、足でドアを蹴り開け、控室に入っていった。


「り、理恵!?」

「理恵ちゃん!?」

部屋の中にはエミリと倉田マネージャー、三輪、暗知がいた。


「ーーえ!?」テリーは驚いて差し入れのケースを地面に落としてしまった。

 フルーツサンドが一つ、床に飛び出した。


「はぁ~連絡せずに、すまなかった理恵‥‥」

 三輪は溜息をつくとテリーの肩に手を置き、暗知に目配せした。


「供述の途中だけと、エミリさんは『中村里美』の死に関与していた」

 暗知はパイプイスに座り、パソコンを開いていた。


「最近暴れてる窃盗犯だが、そいつとエミリは繋がっていたと見ている」

 三輪はパイプ椅子に置かれた資料を手に取った。


「え?解決済みですか‥‥‥?」

 テリーは三輪からエミリへと視線をスライドした。


 三輪は手に持った資料を読み上げ始めた。

「中村里美は9月22日未明。自宅にて鎮静剤を過剰摂取し、昏睡状態になった。その場を共にしていた藤城エミリは翌日朝9時、里美宅を出た」


「同日10時、あらかじめ開けておいた玄関ドアから共犯者Aが侵入」


「共犯者Aは昏睡状態の中村里美に塩化カリウム製剤を注射し、心停止におとしいれた」


「塩化カリウム?‥‥塩ですか?」

テリーは携帯電話で検索を始めた。


「身近なもので言うと、そうかもしれないね。使い方を誤ると心機能に異常をきたす薬品さ、安楽死を目的に使われる事もあるみたいだ」

 暗知はテリーの携帯電話よりも早く回答した。


「これが里美の家に侵入した共犯者A『ミハエル・シュベンコフ』35歳だ」

 三輪が共犯者Aの写真をテリーに見せた。

 

「外国人‥‥?」

 テリーは目を見開き、写真を確認した。ミハエルの曲がった鷲鼻と目の下のクマが印象的だった。


「藤城エミリはミハエルとは別の共犯者Bに自分を奇襲させ、アリバイ作りをした」


「ミハエルは9月22日13時頃、警官に職質されたところ、逃亡を図り捕縛された。その場で所持品を確認すると、違法薬物を持っていた」


「麻薬所持の容疑により、その場でミハエルを現行犯逮捕。ミハエルの家からは様々な違法薬物と、窃盗品と思われる代物が数点見つかった」


「さらに取調べを進めると、履いていた靴が『中村里美』の家で発見された足跡と一致した」


「ミハエルを問い詰めると、エミリから里美宅に侵入し、彼女を殺害するよう依頼されたと供述した。ミハエルの携帯にはエミリとの通話履歴も残っている。エミリがひったくり事件に遭う時間帯の履歴だ」


「21日未明、もしくは22日の朝から、エミリは里美と一緒にいたという事実を認めている。共犯者Bが里美の自転車を使用したのが裏目に出たと言う事だな」

 三輪は暗知と目を合わせた。


「なぜエミリさんは共犯者Bに里美さんの自転車を使わせたのでしょうか、事件の早期発見に繋がる事ですよね?」

 テリーは三輪を見た。


「それを今、本人に聞いていた所だ‥‥」

 三輪はエミリを見た。


「刑事さん、私は里美に殺意があった訳ではありません。自殺は『里美の意思』でした。私はなるべく彼女が苦しまないよう、ミハエルに介錯を依頼をしましたが、自分の首を締めるようなアリバイ作りはしていません」

 エミリはステージ衣装であるワンピースの裾を強く握った。


「となると‥‥殺人とは一言では言えないし、窃盗犯と今回の里美さんの件は、無関係になるね」

 暗知は小さく声に出して事件を考察した。


「事件に遭い、病院で目を覚ました時、私は『裁かれるべき人間』なんだと、自覚しました‥‥」

 エミリは口を震わせながら、控室の天井を見上げた。


「‥‥詳しくは署で聞きましょう。藤城エミリさん、ご同行願います」

 三輪が手を差し出した。


「待って下さい、そんな‥‥これからLiveが‥‥たくさんの人が『eimy』の歌声を待っているのに」

 倉田マネージャーが唇を震わせながら三輪の前に立ちはだかった。


「そうは問屋が卸さないんだ!」

 三輪が倉田を一喝した。


「‥‥エミリさん!!!」

 テリーが声を張り上げた。

 腹の底から振り絞られたような呼び声に、控室にいる全員がテリーに注目した。

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