第16話 突然の呼び出し
所変わって、ここは自由の国。
そびえ立つビルの群の中心に、大きな国立公園が広がっている。日本と違い、この国の広大な土地は人々の多様性を育んでいた。
お昼時、その公園は人々の憩いの場となっている、男は高層ビルの一室から見下ろし、オフィスを訪れていた女性と会話を始めた。
「進捗はどう?」
女は来客用ソファーに浅く腰掛けた。
「お久しぶりです。ご依頼頂いた人探しですが、有力な情報は未だ無く、申し訳ございません」
男はバーボンをグラスに注いだ。
「教えて頂いた後任の方とはコンタクトを取らせて頂きました。情報ありがとうございます」
「まだ正式に就任している訳ではないので、この事はくれぐれも内密に頼むよ?話が漏れたとあらば、制裁だけでは済まないからね」
女は小さく溜息をついた。
「わかりました。御社の関係者以外に知られるような事はいたしません、《約束》します」
男はバーボンが入ったグラスにゴルフボールのような氷を落とした。
「他に何か役に立てる事は無いかしら」
女の小言を耳に挟むと、男は一息でグラスを空け、口を開いた。
「もう十分、有益な情報を頂きました。後は我々にお任せください」
「私はまだ何も役割を果たせていない」
女の鋭い眼光を目の当たりにし、男は畏敬の念に駆られた。
女は思い出したようにペンを取り出し、手紙をしたためると、男に渡した。
「これを私の後輩に渡してくれるかしら」
そう言うと立ち上がり、部屋を出ていった。
男は女をエレベーターホールまで見送り終えると、携帯電話を手に取り、折り返しの電話を掛けた。
《もしもし》
「すまなかった。来客中でな」
《暗知が尾行されたようだ、例の組織かもしれん》
「『ペイストリー』か、被害は?」
電話の相手は日本人だった。
《被害は無い。ただ、理恵は暗知の事務所に頻繁に出入りしている、最悪の事態は避けたい》
「もし、その追跡者が米国の手の者だったら問題だ」
男は通話しながら、自分のオフィスへ向かって歩き出した。
《移転を考えるべきだろうか》
「そうだなぁ、伊地知さんに頼める余地はあるかな?」
フロア内には多くの企業がテナントとして入居している。男はその中でも一際、ひっそりとした区画を借りていた。
カードキーでオフィスの施錠を解除すると、自動ドアが開き、男を飲み込みこんだ。
ドアにはワンポイントで『竜』を象ったロゴがマーキングされている。
‥‥‥
‥‥
私立汐見高校では朝のホームルームが終わったところだった。テリーは珍しく自分から夏菜子の席に向かった。
「『eimy』の新曲良かったよ。5thアルバムも!」
テリーの感想を聞くと、夏菜子は目を輝かせて喜んだ。
「でしょでしょーー!?来月6thアルバム出るからね!楽しみなんだよー!なんせ‥‥」
夏菜子はよくわからない音楽業界用語を並べ、語り出した。テリーはなんとか話しを合わせたが、勉強不足を痛感した。
‥‥
‥‥‥
その日の授業が終わると、テリーは暗知の事務所で『中村里美』が勤めている会社:リトルホースについて調べていた。
「『中村里美さんは養子縁組された』とレジュメにありますが、なぜでしょうかね?」
テリーはインターネットでリトルホースの代表取締役である『中村ヨウジ』について調べたが、特に平凡な男性のように思えた。
「家庭内の捜査は難しいね」
暗知は藤城エミリの父『藤城カイ』について調べていた。
テリーに着信があった、三輪からだ。
「三輪さんの方で、分かった事があるみたいです」
テリーは電話を切ると、これから三輪が来ることを暗知に伝えた。一方で、暗知は携帯のメールを見ていた。
「人間模様って難しいですね‥‥」
テリーはソファに座ると『中村里美』の資料を広げた。
「三輪からの依頼内容は『中村里美の身辺調査』だよ。事件を解決するのは警察に任せればいいさ」
暗知は立ち上がると、コーヒーを入れる準備を始めた。
事務所のドアが力強く開いた。
「すまない、遅くなった」
三輪が事務所にやってきた。
「お疲れ様、まぁ一息ついたら?」
暗知は三輪に座るよう促すと、丸テーブルにコーヒーを置いた。
「すまんな。早速だが、『中村里美』の死因がわかった。心不全による心停止だ。鎮静剤に使われる成分も出てきた」
三輪が検査結果らしきシートを暗知に見せた。
「‥‥これは‥」
暗知は検査結果に目を通すと、眉をひそめた。
「‥‥それと、彼女は‥‥」
話の途中で、三輪は黙り込んだ。
「‥‥三輪さん?」
テリーがソファから立ち上がると携帯電話が鳴った。
「すみません、東堂さんからです」
テリーが携帯電話を見た。
「出ていいぞ、東堂が電話を掛けてくるなんて急用なんじゃないか?」
三輪の言葉にテリーは頷くと、電話に出た。
「もしもし、はい、‥‥え?タケシが?今から行きます!」
テリーは電話を切ると急いで身支度をした。
「タケシの容態が急変したと連絡がありました、すみません、病院に向かいます!」
「それは大変だ、タクシーを拾った方が早いよ!」
暗知が財布からお金を取り出したが、既にテリーは事務所を飛び出していた。
「‥‥‥」
「‥‥はっはっは!ほんとあの行動の早さは母親譲りだな!」
三輪は膝を叩いて笑った。
「理恵ちゃんには、悪いことをしたね‥‥」
暗知は溜息をついた。
「仕方ないさ‥‥」
三輪は電子タバコを一口ふかした。
「昨日電話では軽く触れたが、『中村里美』の家に侵入した男が見つかった。『例の組織』と関係があると見ている。既にトカゲの尻尾かも知れんがな‥‥」
三輪は暗知の事務所に着く前、東堂にテリーを呼び出すよう頼んでいた。そうなる事を暗知にもメールで知らせていた。テリーに聞かれたくないことがあったからだ。
「尻尾の持ち主まで、掴めそうなのかい?」
暗知が丸テーブルの前に座ると、三輪は語り出した。
‥‥
‥‥‥
秋の夕まぐれ。買い物に出かける主婦、スーツを着たサラリーマン、子どもと手を繋いで歩く母親‥‥
様々な面々とすれ違いながらテリーは住宅街を走り、黒須病院へ向かった。
病院のエスカレーターを駆け上がると、タケシの病室のドアを勢いよく開けた。
「ん?よー!どうしたテリー!!」
タケシはベッドから身体を起こしていて、傍らでは東堂が椅子に座っていた。
「え?元気そうじゃん‥‥」
テリーは汗だくのまま、萎んだ風船の様に座り込んだ。
「10分10秒‥素晴らしいタイムだ」
東堂が冷えた濡れタオルをテリーに渡した。
「これは、一体‥‥」
テリーは立ち上がると、東堂の顔を見上げた。
「‥‥最近、身体がなまってるんじゃないかと思ってな‥‥抜き打ちで理恵の体力測定を‥と思って‥‥」
東堂は苦しそうに汗をかきはじめた。
「すまん、ドッキリだ!」
東堂の髪の毛が逆立つと、反射的にテリーは東堂の溝落ちに正拳突きをお見舞いした。
東堂の巨大が一瞬浮き上がり、大の字に倒れこんだ。
「‥‥ぐぅ‥いい突きだ‥‥」
「はっはは!テリーごめん、父ちゃんの勘違いなんだ!」タケシが遅めのフォローを入れた。
「薬の副作用で咳が発作的に出るんだけど、父ちゃんテンパってテリーに電話しちゃったみたいだ!先に看護師さん呼んでくれればよかったのにさ!」
タケシは息苦しそうに笑った。
「それなら、そう言ってくれればいいのに」
テリーは我に返ると東堂に手を貸した。
「いや、面目ない‥‥腕を上げたな理恵!」
東堂は調子を取り戻し、すぐに笑った。
タケシの容態は良好だ。北村医師も日進月歩の最新医療を取り込み、創意工夫して治療を続けていた。しばらくテリーはタケシとの会話を楽しんだ。
(あっ!三輪さん!)
テリーはふと事件の事を思い出した。
「タケシ、用事思い出したから今日は帰るね!」
テリーはタケシに手を振りながら席を立った。
「東堂さん、もうこんなこと辞めて下さいね!次あったら本気で怒りますから!」
テリーは東堂にタオルを返した。
「はっはっは!すまんかった!」
東堂は病院の外までテリーについていくと、手を振って送りだした。
タケシが無事だと分かり、心の荷が降りたテリーは、暗知の事務所へ戻る事にした。
三輪の報告が(『中村里美』の詳しい死因)が気になっていたからだ。
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