第15話 名物と事件
「フルーツサンドですか?」
暗知は眼鏡の位置を直した。
「あぁフルーツサンドも入ってるよ。それがどうしたと言うんだ」
倉田は腕時計を見ると、足のかかとで苛立ちを
「確かフルーツサンドは『eimy』さんの好物でしたね?一昨日も頂いたのですか?」
暗知はエミリに視線を戻すと、資料の中から何かを抜き取った。
「はい、いつも関係者ファンのご好意に甘えてしまっています」
エミリは差し入れのケースを見つめた。
「『黒田屋のフルーツサンド』ですか。私も一つ頂いても良いですか?」
暗知はエミリに微笑みかけた。
「え?はい、どうぞ」
「ありがとうございます、理恵ちゃん」
エミリが承諾すると、暗知はテリーに差し入れのフルーツサンドを持ってくるように指示をした。
「実は里美さんの平家アパートに『青いバッグ』が見つかっていまして、バッグの中にはフルーツサンドが入っていました」
暗知は里美宅で見つかったフルーツサンドの写真をエミリに見せた。包装には『黒田屋』と書かれている。
「フルーツサンドの賞味期限は非常に短いです。もって1日半程度でしょう。写真のフルーツサンドは賞味期限が昨日の物でした」
暗知はフルーツサンドの食品表示ラベルを拡大した写真を取り出して見せた。
「エミリさんが昨日、もしくは一昨日、里美さんに差し上げた物ではないですか?」
暗知は写真に写るフルーツサンドと、テリーから受け取ったフルーツサンドの実物を並べて見せた。誰がどう見ても、包装と形まで同じ物だった。
黙り込んだエミリの顔が青ざめていくのを暗知は見逃さなかった。
「だったらなんだって言うん、!」
「まだ質問の最中です!」
割って入ろうとする倉田をテリーが制止した。大きな化粧鏡の中に、いがみ合う両者が映し出された。
暗知は質問を変えた。
「エミリさんが病院で検査をしている間に、里美さんは亡くなったとされています。警察の調べでは他殺の可能性が浮上しています。里美さんへ恨みを持つような人物など、心当たりございませんか?」
「いいえ、わかりません‥‥」
エミリは静かに目を閉じた。
「もういいだろ!これから『eimy』はリハーサルなんだ!邪魔しないでくれ!」
倉田がたまらず割って入った。
「現場には男性と思われる足跡が見つかっています。倉田さんの足のサイズを測らせていただけますか?」
テリーが計測メジャーを取り出した。
「おいおい、まさか、おれを疑ってるのか?」
倉田は口元を歪ませながら笑った。
「日本人男性の靴の平均サイズは25.5~26.5です。ただ倉田さんは体型からして肉厚なので、おまけして27センチと読みました」
テリーは口元を歪ませながら笑った。
「そんな屁理屈が通るか!警備を呼ぶぞ!」
倉田はどこかに電話をかけ始めた。
「最後にもう一度聞きます。昨日、もしくは一昨日、エミリさんは里美さんと会っていましたね?」
暗知は質問しながら手早く資料をブリーフケースに片付け始めた。
「‥‥はい」
エミリは暗知を見据え、静かに答えた。
「お忙しい中、ありがとうございました。理恵ちゃん!行こう!」
「え?あ、はい!」
暗知はデニムパンツの右ポケットからボイスレコーダーを取り出すと、録音停止ボタンを押す様をエミリに見せつけた。
「失礼しましたー!」
テリーが大声を上げ控室を出る時に、エミリは項垂れた様子だった。
連絡通路で警備員が走ってくるのが見えた。二人は物陰に隠れ、その場をやり過ごすと、早歩きで会場をあとにした。
「危なかったですね!」
テリーは手に隠し持っていたピンクのハンカチをポリ袋に入れた。
「危なかった、私たちが捕まったら困る人がいるしね!」
暗知の視線の先には、木陰で青年二人がひっそりと休んでいた。
「すみません、お待たせしました!」
暗知が駆け寄ると、青年二人はピンと背筋を伸ばし整列した。
「この入場証で、特に問題なかったです。私の勘違いだったみたいだ。お返ししますね!」
暗知は入場証を返すと、テリーと駐車場へ向かった。青年二人は顔を見合わせ、呆然と立ちすくんでいた。
「さっきの尋問鋭かったですね。エミリさんは里美さんが死亡した日、一緒にいた可能性があるということですね?」
テリーは車の助手席に乗り込んだ。
「そうなるね。エミリさんは否定する事もできたはずなんだけど‥‥すんなりと認めた」
暗知はシートベルトをつけた。
「きっとエミリさんは里美さんの『死の真相』を知っているんですよ!三輪さんとも共有しましょう!」
テリーは三輪にメールを送った。
「自殺なのか他殺なのか‥‥いずれにせよ、何か事情を知っているのかもしれない」
暗知はブリーフケースを後部座席に投げ置くと、車を走らせた。
車中の二人は沈黙していた。ほんのりと空がオレンジ色に染まってきている。
「エミリさん、多分泣いてたよね?」
暗知は赤信号を見て、車を止めた。見晴らしのいい片側二車線の道路だった。
「はい‥‥ボクにはエミリさんが殺人に関与するような人には見えませんが‥‥」
テリーは何気なく隣で停止している車を見た。窓にスモーク加工が施されたシルバーのセダンが横並びになっていた。
‥‥ブン‥ブン‥ブォーーワン!
暗知は青信号に変わった瞬間、車を急発進した。
「‥‥イッ!暗知‥‥さん!?」
テリーは急発進によって、身体が座席に埋まる感覚を味わった。
「少しだけドライブして帰ろうか!」
暗知が音楽をかけた。車のスピーカーから軽快なイントロが鳴り、車内を揺らす。
eimyの5thアルバム『自由自棄』
1曲目の『I just wanna FUN』だった。
BPM150のバスドラム四つ打ちは、暗知の気分を高揚させたようだ。
『ブォーワーン!!』車のエンジンが唸る。
「ちょっと、飛ばしすぎじゃないですか!?」
暗知はバックミラーを何度か確認しながら郊外へ抜けると、更に速度を上げた。右手には都市を隔てる大きな川が流れていた。
「理恵ちゃん!窓を開けてごらん?」
テリーは恐る恐る窓を開けると、気持ちいい風が車内の重い空気を瞬時に入れ替えた。
「ははっ!気持ちいいです!」
テリーは窓から左手を出し、風にさらした。
二人は束の間のドライブを楽しんだ。暗知は事務所には戻らず、先にテリーを休める事にした。
「お疲れ様、着いたよ」
暗知は眠っているテリーの肩を叩いた。
「ん‥‥?‥‥家?三輪さんは?」
テリーは携帯電話を確認した。
《すまん、今日は行けそうにない。共有事項はメールを入れておいて欲しい》三輪から返信メールが入っていた。
「三輪には私から連絡しておくよ。今日はもう休むといい、疲れてるでしょ?」
そう言うと暗知は黒田屋のフルーツサンドをテリーに渡した。エミリの控室で頂いたものだった。
「嬉しいです!正直、気になっていました!」
テリーはフルーツサンドを受け取ると車を降り、暗知を見送った。
すでに太陽は落ちかけていた。テリーは携帯電話のスピーカーに耳を当てた。夏菜子からプレゼントされた『eimy』の新曲だ。
「いい曲だけど、どこか物悲しい‥‥」
軽快な三拍子に絡むストリングス。テリーはほのかに照っている薄月がeimyの新曲に合っていると思った。
曲を聴き終わると、テリーは自宅マンションの階段を上がった。
‥‥‥
‥‥‥‥
暗知の運転するミニクーパーは疲れたように、ゆっくりと郊外を走っていた。暗知はハンズフリーマイクのイヤホンを耳につけた。
「もしもし、今家まで送ったよ」
《お疲れさん》
電話の相手は三輪だった。
暗知は『青坂pallet』での一部始終を三輪に報告した。
「すんなりエミリさんは『中村里美』に会っていた事を認めたよ」
車は再び大きな川沿いの道を走っている。
《実は‥‥‥‥。‥‥‥だと思われる‥‥》
しばらく三輪の報告が続いた。
「そうか‥‥まさか『中村里美』の死が『あの組織』と関連性があるなんてね‥‥」
「エミリさんへの接触捜査の帰りに、後をつけられたと思う。おそらく奴らも会場の駐車場にいたのかも知れない」
暗知の脳裏にはシルバーのセダンが焼き付いていた。
電話越しで三輪が暗知に忠告した。
「‥‥わかった、今日は事務所には戻らないようにするよ。ただ二つ、お願いがあるんだけどいいかな?」
《何だ?簡単なことならいいが》
「3号線沿いのスピード違反探知機に私の車が写っているはずだ、上手く処理してしといて欲しいな。それと新しいナンバープレートも欲しい、車のNo.を控えられている可能性がある」
暗知は三輪の了承を得ると、今度は別の誰かに電話を掛け始めた。
「もしもし、疲れてそうだねー。大丈夫?」
《ちょっと最近、ハードでして‥‥》
相手は女性の声だった。
「忙しい時にごめん、手短に相談があるんだけど、伺っていいかな?」
《OKー‥‥ただ、1時間後でお願いします》
暗知は謎の女性と面会のアポをとりつけると、再びeimyの曲を流した。
「ほんとに、良い歌だ」
暗知は時折り口笛を曲の旋律に合わせ、都市間を繋ぐ大きな橋を渡っていった。
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