第14話 潜入!青坂pallet

 暗知とテリーを乗せた車は20分程でLive会場である青坂pallet付近に辿り着いた。

 暗知は会場と隣接する広々とした駐車場に車を停めた。


 会場周辺には、警備員が各所に配置されているのが見える。

「私はトイレで着替えてくるから、理恵ちゃんは車内で着替えちゃってね」

 暗知はマコから受け取った服を持って公衆トイレへ向かった。


「もうちょっと大きい車なら良かったな」

 テリーは窮屈そうに着替えを進めた。暗知の車は小さいが小回りの利く『ミニクーパー』だった。

 しばらく暗知を待っていると、会場の裏手に車が停車したのが見えた。テリーは車の収納ケースから双眼鏡を取り出し、観察した。

「あれは『eimy』だ!‥‥多分!」

 テリーは興奮を出来る限り抑え込んだ。


 eimyらしき女性は男性と二人で、会場裏手から入場していった。


「さて、行こうか」

 丁度、着替えを終えた暗知が車に戻ってきた。肩には必要最小限の荷物を入れるためのポーチを掛けている。


「暗知さん、おそらく標的は今さっき会場に入りました」

 テリーは暗知に報告すると、ブリーフケースを持ち、車を出た。

 

 『スタッフ出入り口』と看板が置かれている、大きなゲートまで来たところで、暗知はテリーの肩を小さく叩いた。二人は立ち止まると、ゆっくりと出入り口を背にした。


「これは、簡単には入れないね‥‥」

「はい‥‥」


 開かれたゲートの先には警備員が2人立っていて、中に入る関係者の入場証を確認していた。


「暗知さん、あれ‥‥」

 テリーが最小限のジェスチャーで指を差した方角を、暗知は目で追った。


 日雇い労働者と思われる若者たちが、群れをなして什器を運んでいるのが見えた。首には入場証をかけている。


「‥‥ちょっと彼らに借りようか」

 群れから遅れをとっていた若者に標的に絞ると、暗知は堂々と歩き出した。


「お疲れ様です!ちょっといいかな?」

 暗知は声色を作り、机を運ぶ二人組に声を掛けた。


「はい!なんでしょうか?」 

 青年2人は運んでいた机を一旦置くと、軍隊のようにピシッと姿勢を正した。


「ポニーミュージックの岩本と言います。君たちが首から下げてる入場証は昨年の物だね。今年のロゴは青じゃなくて、赤なんだよ~?」

 暗知が言い掛かりをつけると、青年2人は顔を見合わせた。

「すみません、みなさん同じ物を付けていると思ってました!リーダーに連絡します!」


 携帯電話を取り出した青年を、暗知は制止した。

「私が正しい入場証を持ってくるから、そこの木陰で休んでていいよ。誰かに尋ねられても『ポニーミュージックの岩本からの指示です』と答えればOK」

 そういうと暗知は二人から入場証を受け取ると、代わりに小銭を渡した。


「あそこの自販機で飲み物を買うといい」

 暗知はニッコリと青年二人に笑いかけた。


「あ、ありがとうございます!!」


 青年二人の無垢な表情を見て、暗知は少し胸が苦しくなりながらも、テリーの元に戻った。

テリーは暗知から入場証を受け取ると、控えめに暗知とグータッチをした。


 難なく会場に潜入した二人は、出演者の控室を探した。何となくアーティストらしきオーラを放つ人の後をつけると『eimy様』と表示がされた部屋の前にたどり着いた。


 ドアの横には『eimy様へ』と貼り紙がされたケースが置かれている。暗知はケースの中身を確認すると、両手で持ち上げた。

「よーし‥‥理恵ちゃん、いけるかい?」

 暗知はテリー控室に入るよう、目で合図をした。


 コンコン‥‥ッ 

 テリーはがドアをノックをすると

「どうぞー」中から女性の声がした。


「失礼しまーす!」

 テリーはドアを引いて開けると暗知を先に部屋に入れた。

「お疲れ様でーす!差し入れでーす!」

 暗知は本職を忘れてしまったかのような声色で控室に入って行った。テリーも暗知に続くと、素早くドアを閉めた。


 控室には藤城エミリと、身体の大きい男がいた。


「ありがとうございます、適当に置いといて下さい」

 男が暗知に指示を出した。


「よいしょっと‥‥」

 暗知は辺りを観察するように、ゆっくりと差し入れのケースを床に置いた。


「エミリさん、少しだけお時間いいですか」

テリーは座っているエミリと距離を詰めようとした。


「なんだ君は、今‥‥『エミリ』って言ったか!?」

 金髪でどっしりとした体格の男は二重顎を震わせ、テリーの前に立ち塞がった。


「倉田さん、その人は私の恩人です」

エミリの言葉で男の動きが止まった。


「この前はありがとうございました。しっかりお礼を言いたいと思っていました」

 エミリは男の手を引くと、テリーに深々と頭を下げた。


「この前って、この子が助けてくれたのか?」

 体の大きい金髪の男がテリーを見た。


「すみません、大きい声を出して‥‥『eimy』のマネージャー、倉田と言います。この節はありがとうございました」

 倉田がテリーにお辞儀をすると、ピチピチに張ったTシャツが鏡餅のような二段腹を抱えこんだ。


「まさか、あなたがここのスタッフだったなんて驚きました!」

 エミリは目を大きく見開くと、眉尻を下げて笑った。


「いえ、そういうわけでは‥‥」

 テリーが話し出そうとすると、暗知が割って入った。


「ちょっとエミリさんに話を伺いたくて、青年スタッフの力を借りて来ました。探偵の暗知と言います。こちらは助手です」

 暗知は礼儀正しく名刺を渡すと、テリーの事は適当な紹介で済ませた。


「探偵‥だと‥?」

 倉田の目付きが変わった。


「探偵が何の御用でしょうか?これからeimyは、」「いいのよ、倉田さん。話しを聞きます」

 エミリは倉田を制止した。


「ありがとうございます。ちょっと腰掛けても良いですか?」

 暗知が壁に寄りかかるパイプ椅子を指さすと、エミリは小さく頷いた。

 テリーはパイプ椅子を一つ手に取ると、暗知の前に置いてあげた。


「中村里美さんが昨日お亡くなりになったのはご存知でしょうか?」

 暗知はデニムパンツの右ポケットをまさぐりながら、ゆっくりとエミリの前に座った。


「‥‥はい、昨晩、母から聞きました」

 エミリは手に持っていたピンクのハンカチを化粧前スペースに置いた。

 大きな鏡は艶やかな黒髪女性の横顔と、銀縁の丸メガネをかけた男性を写していた。


「お悔やみ申し上げます。エミリさんと里美さんが、姉妹だという事は、私も知っています」


 エミリは表情を変えず、暗知を見定めているようだった。


「最後に里美さんと話したのはいつですか?」

 暗知はポーチからメモ帳とペンを取り出すと、膝の上に置いた。


「一昨日です。電話で、ですが‥‥」

 エミリは控室の隅を見ながら答えた。


「現在、里美さんは休職されてるようですが、どこで何をされてましたか?気になる点などありましたら教えて頂きたいです」

 暗知はメモ書きを走らせた。


「在宅で音楽評論レビューを書いていると言っていました。復帰に向けて徐々に慣らしていくと‥‥」

 エミリは暗知の目を見た。


「それでは里美さんは、日頃自宅で過ごされていたのですね?」

 暗知はテリーにブリーフケースからレジュメを出すよう指示した。


「はい、私の知る限りでは」

 そう言うと、エミリは目を伏せた。


「昨日の朝、エミリさんがひったくりにあった場所ですが、里美さんの家から近いですよね」

 暗知はテリーからレジュメを受け取ると、現場の地図をエミリに見せた。


「私の家と里美の家は近いんです、だいたい‥‥この辺りです」

 エミリは地図を指さし、自宅の場所を暗知に示した。


「ありがとうございます。因みに一昨日はどちらにいらっしゃいましたか?」


「一昨日は‥‥ここで打ち合わせとリハーサルをしていました」


「そうですか。私が先ほど持ち込んだケースですが、控室に外に置いてあった物です。中身は『差し入れ』の品物ですかね?」

 暗知は控室に置かれたケースを指さした。


「はい、おそらく軽食だと思います。事務所のスタッフやバンドのサポートメンバーにもお配りしています」

 エミリが倉田を横目で見た。


「あぁ、スポンサーからの差し入れだ。リハーサルの後、いつも配っている」

 倉田は下唇を突き出し暗知に答えた。


 テリーは差し入れが何なのか、当てる自信があった。

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